140 蚊遣り火

蚊遣かやってご存じですか?」


「「「蚊遣り火?」」」


 美咲の言葉に、俺達は首を傾げた。

 涼子は知っているようで「うむ!」と頷いている。


「蚊取り線香などの虫除けグッズが普及する前は、蚊遣り火と呼ばれる方法で害虫対策を行っていました」


「具体的にはどうするんだ?」


「ヨモギ等を燃やすのだ! その時に発生する煙に虫除け効果がある!」


 何故か涼子が答える。


「厳密には〈シネオール〉という成分に虫除け効果があります」


 それを美咲が補足した。

 この二人のタンクトップは胸回りが窮屈そうで実に素晴らしい。


「つまりシネオールを含む植物を燃やせばいいわけだな」


「その通りです。代表的なのは涼子さんが仰っていたヨモギです」


「オーケー」


 こういう時に役立つのが地図タブレットだ。

 目的の植物がどこに自生しているかも調べることができる。

 さっそくヨモギを探してみたところ――。


「見つかったが……かなり遠いな」


 南東の端にあった。

 ここは北西に位置しており、今から行ける距離ではない。


「ヨモギでなくてもシネオールを含んでいれば問題ありません。例えばローズマリーやげつけいじゆなどが該当します」


「月桂樹ってたしかローリエのことだっけ?」


「はい。月桂樹の葉を乾燥させたものがローリエです」


「おー、漆田少年は物知りだな!」


「前に美咲から教わってな」


 話しながら地図タブの検索ボックスに文字を打ち込む。

 幸いなことに、月桂樹とローズマリーもこの島に自生していた。

 しかも、俺達の現在地からそう遠くない。


「さっそく調達に行くか」


「私が行ってきます」と美咲。


「分かった。由香里、美咲の護衛を頼めるか? 地図によると、月桂樹やらの自生地はイノシシの縄張りにあるんだ」


「任せて」


「私も同行してよろしいですかな? もう少し周辺を見ておきたいです!」


「オーケー。蚊遣り火のことは美咲、由香里、琴子の三人に任せるよ」


 俺は使っていない地図タブレットを琴子に渡した。


「では行ってきます」


「おう!」


 美咲は大鍋を持ち、二人を連れて森の奥へ消えていく。


「さて、三人を待っている間に俺達は……」


「もう疲れたっすよー!」


 燈花はハンモックにダイブした。


「料理の効果がないと疲労の蓄積が半端ないよなぁ」


 川で猪肉を食ったが、アビリティは発動しなかった。

 そのせいで俺達の体は悲鳴を上げていた。


「漆田少年、我々も休憩するかい?」


「んーどうしようかなぁ」


 俺は右手で顎を摘まみながら考える。

 すぐ近くでは麻衣が焚き火をこしらえていた。

 それを眺めながら涼子に答える。


「休憩の前に道具を作りたいな」


「道具とな?」


「太めの枝と適当な石を合体させて石斧せきふを作るのはどうだ? 由香里に教わったから紐の作り方は分かるし、この場にあるものでも1~2個は作れると思う」


「名案だな! 石斧は木材の切断から土の掘削、果てには武器としても使える優秀な道具だ! 是非とも作ろう!」


「たしかに便利そうだけど、使う場面なんてある?」


 尋ねてきたのは麻衣だ。


「環境を整えるのに使えると思うぜ。今後はこの付近を改良してより快適にしていく予定だし」


「そうなの? ハンモックで十分じゃない?」


「この島でサバイバル生活をするだけなら十分だよ。でも、俺達の目的はただ生き抜くだけじゃない。総合1位でフィニッシュすることだ。そのためには住居や食糧の環境をより良くすることが求められる」


「生き抜くのは最低限に過ぎないってことね」


「そういうことだ」


 ちょうどいい機会なので現在のヘルススコアを確認。

 この場にいる4人の平均スコアは74点だった。

 疲労や慣れない環境によって些か下がったが問題ない。

 むしろ思ったよりも高いくらいだ。


「では漆田少年、お姉さんと一緒に石斧を作ろうぞ!」


「おうよ!」


 麻衣と燈花がハンモックで休む中、俺は涼子と石斧の製作へ。

 細かい作り方は涼子が知っていたので教えてもらった。


「前から感じていたけど、涼子って器用だよな」


「それ私も思ったー!」と麻衣。


「ふっふっふ! お姉さんは万能なのだ!」


「マジで万能だと思うぜ。器用貧乏というより万能だ」


「よせ、あまり褒めるでない、照れるではないか、ふふ」


 涼子は冗談抜きで万能だ。

 運動神経が良く、勉強もできて、料理の腕もいい。

 知識も豊富でサバイバル技術も備えている。

 さらにはピアノも弾けて、親が美容師なのでカットも上手い。

 性格のせいで感じにくいが、実はチート級の超人だ。


「お待たせしました」


「ただいまですともー!」


 石斧の完成と時を同じくして美咲たちが帰還。

 美咲の大鍋には月桂樹やローズマリーの葉が大量に入っていた。

 俺は三人に「おかえり」と「お疲れ様」の言葉を掛けてから大鍋を見た。


「これらを燃やせばひとまずの虫除けが完了するのか」


 美咲は「はい」と笑顔で頷き、大鍋を焚き火の傍に置いた。


「次は何をしますかな!?」


 麻衣や燈花と違って元気に満ちた様子の琴子。


「質問に質問で返して悪いが、琴子は何をしたらいいと思う?」


 俺は何もしなくていいと思っている。

 むしろ作業の終わりを告げる予定だった。

「体力を温存したいので今日の活動はもう終わりでいいんじゃないか」と。


「飲み水はまだまだ余裕があるのでいいとして……薪の備蓄が物足りないように感じます! なので薪を補充してはいかがですかな!? いつの間にやら作られている石斧を使って枝を折れば苦労しないかと!」


「ではそうしよう。疲れている人は休んでいてくれ。ヘルススコアを考慮して無理のない範囲で作業をしたいからな」


 余力のある者で薪の調達をしたあと、1日目の活動を終えた。

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