139 寝床

 焼いた猪肉を食べた。

 独特の臭みはあるものの、脂が甘くて美味い。


 解体時のグロテスクさはそれほど気にならなかった。

 美咲と涼子の作業があまりにも流麗だったからだ。

 マグロの解体ショーを観ているような気分だった。


「ラップが欲しいよなぁ」


「同感です」


 食べきれなかった肉を大鍋に詰める。

 生肉のままだと腐りやすいため、焼いてから持ち運ぶことにした。


「持ち込みリストに鍋を追加したのは正解だったっすね!」


「そう言っていただけてよかったです」


 鍋は本当に活躍している。

 地図とターボライターに負けないレベルだ。

 ないとやっていけない。


「他所はどうしているんだろうな? 鍋があるのは俺達だけだろ?」


「地図タブも殆どのところが持っていないんだよね」


 他所の持ち込みリストは転移前の会話で把握している。

 最も多かったのはスマホで、次がライターだ。

 過半数のグループがこの二つをリストに入れている。

 残り一つはテントや武器が多かった。


「とりあえず移動するか。寝床を確保しよう」


「賛成ー!」と麻衣が手を挙げる。


 俺は地図タブレットで安全地帯を探した。


「近くに洞窟があるぞ」


「洞窟っすかー! 懐かしいっすねー!」


 洞窟なら雨風も凌げていい感じだ。

 ――と思ったのだが。


「洞窟はやめたほうがいいぞ漆田少年」


「どうしてだ?」


「よく見たまえ、洞窟内に生息する生き物を」


 タブレットの画面を指す涼子。


「うおっ、コウモリがいるのか」


「それに虫もいる。床はコウモリの糞や虫でいっぱいだろう」


「コウモリは強力なウイルスを持っている可能性があるので危険ですかな!」


「そうだな、別の場所にしよう」


 この島にはいくつか洞窟がある。

 しかし、全ての洞窟にコウモリが生息していた。

 他にも何かしらの虫や動物がいる。

 住居としては使えそうになかった。


「なら……ここはどうだ?」


 北西の森を指す。

 獰猛な動物が全くいない平和な場所だ。

 距離もそれほど遠くなくて、徒歩で1時間弱といったところ。

 いくらか害虫はいるみたいだがコウモリはいない。

 分かる範囲では最も安全なはずだ。


「いいではないか! 近くに果物があるしお姉さんは大賛成だ!」


「もう少し北に行くと草原もあるが……害虫が増えるようだ」


「草原は寝床をこしらえるのが大変だと思うぞ少年!」


「たしかに。この環境だと森のほうがよさそうだな」


 他の女性陣も賛同したので決定だ。

 皆で安全地帯の森へ行くことにした。


 ◇


 16時過ぎ、目的地に到着した。

 平和な場所だからか、小動物の活き活きした姿が目立つ。


「ここを寝床にするわけだが……どうしたものか」


 到着後のことを考えていなかった。

 地べたで寝るのは避けたいところだ。


「ハンモックを作ったらどうかな?」


 提案したのは由香里だ。


「いいじゃんハンモック! すぐに作れるのかな?」


 麻衣が尋ねる。

 由香里は「簡単だよ」と頷いた。


「私、分かるよ、ハンモックの作り方」


「おお! 由香里もサバイバル経験があるのか?」


「ううん、風斗が教えてくれたサイトに載っていたから」


「俺が教えた? ああ、鳴動高校の先人が作ったサイトか」


「うん」


 私が見つけたサイトだねー、と笑う麻衣。


「私、1日目はハンモックで過ごしたの。だから分かる」


「お姉さんもハンモックの作り方を知っているぞー!」


「私もですともー!」


 涼子と琴子が言った。


「ならハンモックを作るか。由香里、どうすればいいか教えてくれ」


「まずは紐がいる」


「紐!? そんなものないぞ……」


 コクーンが使えれば一瞬で用意できるが、今はスマホすらない。


「大丈夫、紐は植物の蔓で代用できるから」


「弓の弦を作る時に使った技術の応用か!」


「そうそう」


 由香里は弓の弦を作るのに植物の茎を使った。

 剥いた繊維をり合わせることで糸にしたのだ。

 今回は繊維ではなく蔓を使って紐を作る。


「すると最初にすることは手分けして蔓の回収か」


「そうだね」


「では皆の者、散れい!」


「「「イエッサー!」」」


 石包丁が三つしかないので、三組に分かれて作業に取りかかった。


 ◇


 ハンモックが完成した。

 徘徊者を警戒しなくていいので、高さは地面から1メートル程しかない。

 おかげで効率よく作ることができた。


「さっそく試してみるか」


 各々がハンモックに寝そべる


「これ思ったより寝心地いいねー!」と麻衣。


「同感だ。掛け布団があったら普通に快適だぜ」


「でも上がフリーなのは雨の時に困りそうっすね!」


「なら屋根も作ろう!」


 涼子はハンモックから出て余っている蔓を掴んだ。


「それで屋根を作るのか?」


「いぇあ! 作り方はハンモックと同じなのだ! 適当は葉っぱを敷けば屋根になるのではなかろうか! お姉さんはそう思う!」


「なるほど、名案だ。俺達も屋根を作ろう」


「「「了解!」」」


 日暮れが近いので作業を急ぐ。

 蔓の握り過ぎによって手が青臭くなっていた。


「できたぜ」


「屋根があるといい感じだねー!」


「上からの視線を感じなくなるだけでも嬉しいですね」


 あっという間に屋根も完成。

 これで雨水や小動物の糞が降ってくる可能性を減らせた。

 横殴りの雨も、周辺の木々が壁になって多少は防げるだろう。


「時間的にできることは少ない。あとは何が必要かな」


 ハンモックで寝転びながら考える。

 すると、パラパラと顔に砂が降ってきた。

 屋根材の葉を固定するのに盛った土砂だ。

 大した量ではないし、突貫工事の代償だと思って諦める。


「虫が鬱陶しいですかな!」


 琴子が言った。


「たしかに羽音が気になるな」


「少ないとはいえ蚊が飛んでいるもんねー。朝起きたら刺されまくってそう」


「なら害虫対策だな。麻衣、蚊取り線香を持ってきてくれ!」


「ほいほーい……って、あるわけないでしょ!」


 期待通りの反応に笑う俺。


「真面目な話、害虫対策は無理じゃないか」


「だよねー。テントがあれば快適だったのかなぁ」


「かもしれんが、優先度を考えるとテントは無理だろ。地図とライターは必須として、鍋がなかったら飲み水を持ち運べないから川辺で過ごすことになる。イノシシの襲撃を警戒して迂闊に眠れないぞ」


「そう考えると、やっぱり害虫対策は諦めるしかないよね」


 麻衣がそう言った時だった。


「蚊取り線香ではありませんが、似たようなものなら作れますよ」


 美咲が害虫対策に名乗りを上げた。

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