138 食料調達

「ナイフがないなら作ればいいのだ!」


 足下に転がっている無数の石を漁り始める涼子。

 何をしているのか尋ねる前に「これにしよう!」と一つの石を拾った。

 適度な厚みのある楕円形で、水切り遊びに最適な見た目をしている。


「これをだな、もっと硬い別の石にこうしてスイスイっとして……」


 ようやく涼子の目的が分かった。


「磨製石器を作るつもりか」


「ご名答! そしてこれがお姉さんの手作り石包丁だ!」


 元の石が良かったこともあり、10分ほどで刃を研ぎ終えた。

 石包丁の完成である。


「涼子、すごいっす!」


「手慣れているねー、涼子!」


「お姉さんは何だってできるのだ!」


 涼子はただでさえ大きな胸を限界まで張って得意気に笑う。

 それから作った石包丁を由香里に渡した。


「これを使って弓を作るといいのだ!」


「ありがとう、涼子」


 由香里は笑みを浮かべ、弓作りを再開。

 木の表面を削ってツルツルにしている。


「石包丁、便利ですね。私も作っておきます」


「じゃあ私もー!」


 美咲と麻衣が石包丁の製作を開始。


「お姉さんは槍でも作るかな!」


 涼子が森に向かう。


「面白そうなので付き添うっす!」


 と、燈花がついていった。


「鍋は私が見ておきますとも!」


「サンキュー琴子、頼んだぜ」


 俺は皆のリュックを漁ってデジタルデバイスを探す。

 専用のスマホかタブレットが入っているはずだ。


「お、これだな」


 取り出したのは紙だ。

 ミッションについて書いていた物と同じ材質。

 デジタルデバイスではなかったが、これが目的の物だ。


 その紙には測定結果が書いてあった。

 転移した時点で本日分の測定が終了している。


=======================================

 風斗:67

 麻衣:71

 美咲:76

 由香里:68

 燈花:75

 涼子:70

 琴子:81

 グループスコア:72

 本日の順位:10/10


 総合スコア:72

 総合順位:10/10

=======================================


 結果を見た俺は、思わず「嘘だろ」と呟いた。

 琴子以外は80点を下回っており、さらに順位は最下位なのだ。


 紙には他所のグループスコアも載っていた。

 他所は基本的に75~80点で推移している。

 ただ、1位の〈スポ軍〉だけは88点とぶっちぎりだった。


「転移前は誰もが80点以上あったはずなのにどうしてだ……?」


 そんなことを考えながらヘルスバンドを確認。

 ストレスによってスコアはますます低下――とはならなかった。

 今のスコアは76点もあるのだ。


 それでピンときた。

 俺達のスコアが他所に比べて低い原因が。


 料理だ。

 俺達は美咲や麻衣の料理で身体能力を強化していた。

 普段はそれが基本となっており、料理の効果が切れるのは朝食前のみ。


 しかし、この島では強制的に料理の効果が解除される。

 それがストレスになっていたのだろう。

 琴子のスコアが高くて俺や由香里が著しく低いのは依存度の差だ。


 今のスコアが76点なのは現在の環境に慣れてきたから。

 もしこの考えが当たっているなら――。


「由香里、ちょっとヘルスバンドを見せてくれ」


「いいよ」


 由香里のスコアは俺と同じ76だった。

 案の定、彼女も転移してすぐよりもスコアが上がっている。


(今は10位だが、まだまだ巻き返せるはずだ)


 とはいえ、1位との間に16点の開きがあるのはきつい。

 総合スコアが計5回の測定結果を合算したものだからだ。

 五十嵐らが脱落しない限り苦しい戦いになる。


「あとは弦と矢羽根をつけたら完成だよ」


 由香里が製作途中の弓矢を見せてきた。


「早いなぁ」


「時間の掛かる作業はここからなの」


「そうなのか」


「矢に矢羽根を付けるのが大変なの、接着剤がないから」


「矢羽根って飾りじゃないのか」


「違うよ。矢を安定して飛ばすのに必要なパーツ」


「知らなかった。で、どうやって矢羽根や弦を作るんだ?」


「植物の茎や葉を使うつもり。だから森に行くけど、ついてくる?」


「そうしたいが今回はパスだ。俺も石包丁を作ろうと思う」


「分かった。じゃあ、またあとでね」


「気をつけろよー」


「うん、ありがとう」


 由香里は製作途中の弓矢を持って森に向かった。


「琴子、鍋のほうはどうだ」


「いい感じに煮えていますとも! もう飲めますよ!」


「なら冷ますか」


「了解ですとも!」


 琴子と協力して寸胴鍋を運ぶ。

 二人がかりでもひぃひぃ言うほどの重さだった。


「この辺に下ろそう。平らだし安全だ」


 俺が合図を出し、傾かないよう気をつけながら鍋を置く。

 たったこれだけの作業でもどっと疲れた。

 料理の効果がないのは本当にきつい。


「風斗さん、ちょっとお腹が空いてきませんかな!?」


「ちょっとというか結構な空腹だ」


 時刻は13時30分。

 いつもなら美咲のご馳走を食べ終えている頃だ。


「石包丁を作ろうと思ったがメシの調達に変えるか」


「何か方法があるのですかな?」


「懐かしの石打漁さ」


「石打漁? ああ、前に川で行っていたアレですか!」


「そうだ」


 かつて金策の要だった川の漁――それが石打漁だ。

 川に設置した岩に別の岩を叩きつけ、その衝撃で付近の魚を失神させる。


「コクーンが使えないので良さげな岩を探すところからだな。琴子は上流を見てきてくれ。俺は下流に向かう」


「了解ですとも!」


 手分けして川沿いを進む。

 石打漁に良さげな岩はものの数分で見つかった。


「魚の数も多いし完璧だな」


 この島の魚は美味しそうな色をしている。

 いや、魚に限った話ではない。

 道中に見かけた果実やキノコもまともな色だった。


「戻って仲間達を呼ぶか。今日の昼は魚の串焼きで決定だ」


「ブゥ!」


 俺の独り言に誰かが返事した。


「ん?」


 振り返って声の主を見る。


「ブゥ!」


 声の主は再び鳴いた。


「いや、いやいや……いやいやいや……」


 顔が青ざめていく。

 そこにいたのは大柄のイノシシだったのだ。


「ブゥウウウウウ!」


 目が合うとイノシシは吠えた。

 どう見ても友好的ではなく敵対的だ。


「グォオオオオオオ!」


「うわっ!」


 突っ込んでくるイノシシ。

 唐突にバトルが始まった。


「こいつ!」


 刀を抜こうとする。

 だが、今は刀を装備していなかった。

 つまり――武器がない。


「まずいまずいまずい!」


 こうなると逃げるしかない。

 試しに石を投げつけ、効果が無いことを確認したら即逃亡。


「ブォオオオオオオオオ!」


 もちろんイノシシは追ってくる。

 砂利道を散らしながら一直線に俺を狙う。


「やばいやばいやばい!」


「どうしたのですか風斗君――って、後ろ!」


「イノシシじゃん!」


 石包丁を作っていた美咲と麻衣が気づいた。


「どうにかしてくれ! こいつ!」


「任せて!」


 麻衣は落ちていた石を拾ってイノシシに投げつける。

 それは的確に対象の額を捉えたが、大したダメージには至らなかった。

 軽く怯んだあと、イノシシは再び俺を追いかけ始めたのだ。


「全然効いてないぞ!」


「そうみたい!」


「そうみたいって、他に何かないのか! このままじゃやられるぞ!」


「ごめん風斗! 他には何もない!」


「ご安心ください! 今すぐお酒を飲んで倒します! ……あ、ここにはお酒がありませんでした」


「チクショー!」


 イノシシのタックルを回避しながら死ぬ気で逃げる俺。

 武器があっても厳しいのに、武器がなくてはどうにもならない。


(一発でも食らったらおしまいだな)


 攻撃を食らったらその時点で失格が確定したようなもの。

 深手を負って「もうダメだ」と思ったらその時点でリタイアになる。

 そうならずとも、ヘルススコアが暴落することは確実だ。


「誰か助けてくれぇえええええええええ!」


 イノシシが諦めるまで逃げて逃げて逃げ切ってやる!

 その時だった。


「ブォ……!」


 イノシシが声を詰まらせるように鳴いた。

 背後に迫っていた気配も途絶える。


「おお! これは!」


 振り返ってすぐに分かった。

 イノシシは転倒していたのだ。耳の後ろに矢が刺さった状態で。


「風斗は私が守る」


 仕留めたのは由香里だ。

 お手製の弓を持ち、次の矢を番えた状態で近づいてくる。


「イノシシの分厚い皮膚を貫くとはすごい威力だな」


 ふぅ、と安堵の息を吐く俺。


「矢尻を加工しておいたから」


「本当だ。なんか黒いな」


「火で炙って硬化させたの」


 由香里はイノシシに刺さっている矢を握ると、さらに深く突き刺した。

 それによって死にかけだったイノシシが完全に絶命。


「漆田少年! お姉さんが助けにきたぞー!」


「大丈夫っすか風斗ー! ……って、イノシシが倒れているっす!」


 槍を作るため離れていた涼子と燈花が帰還。

 二人は由香里の倒したイノシシを見て驚いていた。


「さすが由香里! 急所を一撃とはたまげたよ!」


「すごかったです、由香里さん」


 皆が拍手する。

 由香里は何も言わず恥ずかしそうに頭をペコリ。

 嬉しそうに笑っていた。


「由香里のおかげで極上の獲物が手に入った! 昼飯はイノシシの肉にしようぜ! 捌き方は分からないけど!」


「それなら私にお任せ下さい! この状態からでも問題なく捌けます!」


 料理番の美咲が自信に満ちた口調で言った。


「美咲、解体作業はお姉さんも手伝おう!」


「お願いします」


「じゃあ美咲と涼子はイノシシの調理で、他はそれぞれの判断で動こう!」


「「「了解!」」」


 遅めの昼食に向けて動き出す。

 俺は串や薪として使える木材を調達することした。


 しかし、その前に喉を潤しておこう。

 人数分ある小さな片手鍋で煮沸済みのお湯をすくう。

 湯気が出ない程度に冷めているが、それでも温かい。

 普段ならもっとキンキンに冷えているほうが嬉しいのだが――。


「かぁー! 喉が潤う!」


 ――今はこのぬるい湯がなによりも美味しく感じるのだった。

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