137 一日目開始
12時になった途端、視界が切り替わった。
純白の空間や他所のグループが消え周囲が緑に覆われる。
「なんだか馴染みのある景色だな」
「森の中だもんね」と麻衣。
いよいよサバイバルダンジョンのスタートだ。
「って、他のグループはどこっすかー!?」
キョロキョロと辺りを見渡す燈花。
「別の階層にいるよ、準備タイムにも説明したけど」
「覚えてないっすよー!」
スタート地点や島の形状、生態系は完全に同じだ。
ただし階層が違うので干渉することはできない。
「今は自分達のことに集中しよう。思ったよりも過酷な環境だぞ、これ」
「そうですね……」と、腕を交差させて胸元を隠す美咲。
今、俺達は非常にラフな格好をしていた。
薄手の白いタンクトップに無地の短パンだ。
くるぶし丈のソックスを穿いていて、靴は上履きみたいなスニーカー。
男女ともこの格好であり、違いはパンツのみ。
つまり、女性陣はノーブラなのだ。
薄いタンクトップに肌が透けている。
美咲が恥ずかしがって隠すのは当然のことだった。
そして――。
「もっとオープンになろう! 恥ずかしがっても意味ないぞ! 美咲!」
――と、涼子が胸元を隠そうとしないのも予想通りだった。
「持ち込みリストに〈上等な衣服一式〉があったのはそういうことっすかー!」
正直、服や靴はどうにかなる。
俺が問題視したのは他にあった。
「風斗、腕に蚊が」
由香里が俺の腕を叩いて蚊を殺してくれた。
「サンキュー」
問題の一つが害虫だ。
地面には蟻が這っており、空中には蚊が飛んでいる。
どちらも大した数ではないが油断できない。
「私だけかもしれないけど、料理の効果が切れていない?」
「麻衣、私もっすよ! なんだか体が重いっす!」
「公平性を期すためだ。そういうルールだよ」
最大の問題がこの点。
全身に数十キロのおもりを着けているかのようだ。
料理のドーピング効果に依存していたことがよく分かる。
「とりあえず移動しますかな!」
琴子が手を叩いて話を進めた。
「そうだな。地図タブレットは誰が持っているんだっけ?」
「私だよー!」
麻衣がリュックから2台のタブレットを取り出した。
1台を俺に渡し、もう1台は自分で使う。
「なるほど、今は島のど真ん中にいるんだな」
地図タブレットは想像していたよりも良さそうだ。
GPS機能付きなので現在地が分かるし、周囲の情報もしっかりしている。
あと、島が想像以上に小さいと分かった。
全力で移動に徹すれば半日で一周できそうだ。
「西側が基本的に安全で、東側に肉食動物が多いみたいだね」
「まぁ西側にもヘビやら何やらいるみたいだがな」
「北東のほうなんてライオンとかいるよ。それよりはマシっしょ」
「まぁな。まずは西の川を目指すか。徒歩で10分ほどだ」
「いいねー! 水は大事! 美咲に教わった!」
麻衣の言葉に、美咲は「はい」と笑顔で頷いた。
「思えばスカートを穿いていない美咲ってレアだな」
「自分でもそう思います」
「あとニーハイを穿いていない涼子も珍しい」
「お姉さんの絶対領域を拝めなくて残念だな漆田少年!」
「そういうことにしておこう。特に異論はないようだし川に向かおうぜ」
俺達は地図を頼りに移動を始めた。
◇
「食料はどうにかなりそうよね。果物や野菜があるみたいだし」
「調達するには島を歩き回ることになるけどな」
「それより靴が酷すぎっすよー! この靴で歩き回るのは辛いっす! ソールが薄すぎっす!」
「裸足よりマシ」
「そうっすけどぉ……。由香里は前向きっすねー」
話しながら歩くことしばらく、目的地に着いた。
それなりの幅をした穏やかな川だ。
虫が殆どおらず、いつもの島に戻ってきたかのような気分になる。
地図によると、上流と下流のどちらに移動しても橋があるらしい。
「試しに飲み水を作ってみよう」
「日が暮れてから始めて上手いこといかなかったら困るもんね」
俺は頷き、美咲を見た。
「煮沸にはどの鍋を使う?」
「今回は寸胴鍋で試してみましょう」
「オーケー。じゃあ背の高い涼子と由香里は寸胴鍋に水を汲んでくれ。料理の効果が切れている中で一人だと辛いだろうから協力するんだ」
「ほいさ!」と自分の胸を叩く涼子。
一方、由香里は「待って」と止めてきた。
「私、弓矢を作ってもいい? この場所もイノシシとか出るみたいだし」
「かまわないが……今の状況で作れるのか?」
「たぶん大丈夫。でも分からない。やっぱり無理かも」
ごめん、と頭を下げる由香里。
「いやいや。ひとまず挑戦してみてくれ。上手くいけば儲けものだ。由香里の代わりに麻衣が涼子と協力してくれ」
「あいあいさー!」
「残りは手分けして燃えそうな物を集めよう。あまり離れすぎるなよ」
「「「了解!」」」
川辺の砂利道にリュックを置いて行動開始。
近くの森から大小様々な枝を集める。
(手が痛ぇ、こういう時に軍手があればなぁ)
もちろん軍手も持ち込みリストの一覧に入っていた。
何かのバグで手に入らないだろうか。
そんなことを考えていて思い出した。
「ミッションがあったはずだ」
この島では日替わりのミッションが1つ出される。
それをクリアすることで、次の測定時に報酬を貰える仕様だ。
ミッションは順位と関係ない。
不要と判断した場合は無視してもかまわないわけだ。
「おかえり風斗!」
「漆田少年、たくさんもってきたな!」
麻衣と涼子は既に準備を終えていた。
専用の焚き火台に業務用の大きな寸胴鍋がセットされえている。
鍋の中にはこれでもかと水が入っていた。
煮えるまで時間がかかりそうだ。
「枝ばっかりだけどターボライターを使うからこれでいいだろう」
俺は二人の前に集めてきた枝を置いた。
「では麻衣タロー、火を熾そう!」
「ほいさ」
麻衣が鍋の下の焚き火台に枝を入れて火をつける。
ライターを使ったので一瞬だ。
涼子は、麻衣が適当に放り込んだ枝を動かしている。
何やら調整しているようだ。
「涼子、アウトドアの経験があるのか?」
「お! 分かるかい? 少年」
「その立派な焚き火台といい、少なくともどちらかが経験者だと思ってな」
「えー、涼子、あんたキャンプとかするの!?」
「実はそうなのだ! お姉さんは経験豊富なのでな!」
「人は見かけによらないねぇ!」
涼子は「ふっふっふ」と笑った。
そうこうしている間に他の女性陣も薪を持って戻ってくる。
俺は「お疲れ様」と声をかけ、自分のリュックを漁った。
「あるとすればリュックの中だが……お、あったあった」
ミッションの書かれた用紙を発見。
「何を見ているっすかー?」
燈花が後ろから抱きついてきた。
「ミッションの内容さ」
「今日は実質無条件っすよー!」
「その通りだ、よく知っていたな」
「琴子に教えてもらったっす!」
今日のミッションは『全員のヘルススコアが40以上であること』
明日12時の測定時にその状態ならいい。
測定時に40未満だと失格になるから、実質無条件ということになる。
それで得られる報酬は三択だ。
1日分の食糧か、何でも切れるサバイバルナイフか、万能虫除けスプレー。
今はどれが最適なのか判断できない。
「どの報酬がいいのかなぁ」
「悩むところっすねー!」
と、燈花が後ろから抱きついてくる。
「燈花、風斗にベタベタしすぎ」
由香里が戻ってきた。
「やば! 見つかっちゃったっすよー! ひぃー!」
ケラケラ笑いながら逃げていく燈花。
「それが弓の材料か」
俺は由香里を見た。
「うん。この付近の木はしなやかでいい感じ」
由香里は俺の傍に木材を置いた。
大きな枝は弓になり、他は矢に加工されるのだろう。
「ここから由香里先生の弓矢製作が始まるわけだな」
由香里は小さな笑みを浮かべながら「うん」と頷いた。
「まずは手がチクチクしないように……あっ」
「ん? どうした?」
「………………」
固まる由香里。
一瞬にして笑みが消え、顔が赤く染まっていく。
「どうした由香里ー!」
涼子が駆け寄ってきた。
寸胴鍋のほうは問題なく豪快な炎で煮られている。
「……ナイフ、なかった」
「ナイフ?」
首を傾げる俺と涼子。
「集めてきた木、加工するの、ナイフ、いる……」
「え、ナイフがなくてもできるんじゃないのか?」
「難しいかも。ナイフがあると勘違いしていた」
由香里の顔は今にも爆発しそうなほど真っ赤だった。
まさかの初歩的なミスによって死ぬほど恥ずかしがっている。
「ま、まぁ、ナイフがないと流石の由香里でもきついよな!」
こう言うしかなかった。
由香里は申し訳なさそうに「ごめん」と頭を下げる。
彼女の悲しみようは相当なものだった。
弓を作って戦闘面で大きく貢献する予定だったのだろう。
「そんなに悲しまなくても大丈夫だって! ほら、この集めてきた木材だって薪として使えばいいだけだし!」
「そ、そうっすよ! ほら! 大丈夫っすよ!」
燈花も近づいてきて由香里の背中をさする。
由香里は今にも泣きそうな顔で「ありがとう」と呟いた。
「じゃあ、由香里の集めた木も燃料として焚き火にぶち込むぜ!」
「うん、ごめん」
「気にするなって! 誰にだってうっかりはある!」
傍の木材を拾おうとする俺。
「待ったぁ! 待つのだ少年!」
「どうした? 涼子」
「そんな立派な木材を燃やすなんて勿体ない!」
「ならどうするんだ? 槍にでも加工するか?」
「それならできる!」
と、大きな声で言ったのは由香里だ。
だが、涼子は「ノンノン」と首を振った。
「槍もいいけど、由香里は弓矢を作りたいのだろう!?」
「そうだけどナイフがないから難しいよ」
「大丈夫! お姉さんに任せたまえ!」
涼子は自信たっぷりに胸を叩いた。
素晴らしき弾力がその手をぼよよんと跳ね返す。
それを凝視しながら、奇跡が起きるかもしれないと思った。
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