135 準備タイム
タブレットを持ち上げると画面が点いた。
さながら利用許諾書のような長々とした説明文が表示される。
「風斗、あとはお願いっす! 私パスっす!」
「お姉さんもこういうのは苦手だなぁ!」
「私もパスー!」
燈花、涼子、麻衣が離れる。
「やれやれ、俺だって苦手なんだがな」
残りの4人で説明文を読む。
内容はこれから挑戦するダンジョンについてだった。
要約すると、無人島で5日間のサバイバル生活を送るというもの。
無人島では衣類を含む全ての装備が別の物で統一されるらしい。
島に転移するのは12時からで、それまでは準備タイムになる。
「準備タイム中に持ち込むアイテムを決めるのか」
無人島には3つまで好きなアイテムを持ち込める仕様らしい。
好きなアイテムといっても、完全に自由というわけではない。
リストから決める方式だ。
「細かく書いてくれているのはありがたいのですが、事前にこう詰め込まれると理解が追いつきませんね……」
眉間に皺を寄せる美咲。
俺と由香里も同意見だった。
「ご安心を!」
ここで存在感を発揮したのが琴子だ。
俺からタブレットを奪い取り、マジマジと凝視する。
黒目が素早く左から右に動いていた。
「覚えましたとも!」
「文章を丸暗記したのか!?」
「違いますよー! そんなわけないじゃないですかー! でも、ここに載っていることはばっちり覚えましたよ! 試しに何か尋ねてください!」
俺は「オーケー」と答え、受け取ったタブレットに目を向ける。
何を尋ねようか考えていると。
「しつもーん! このスマートウォッチみたいなのは何!?」
麻衣が近づいてきた。
俺達のやり取りを聞いていたようだ。
「こちらはヘルスバンドと言いまして、総合的な健康状態を数値化して画面に表示するアイテムです! ダンジョンから出るまで外すことはできません!」
「私の数値は87なんだけど、これはいいほう?」
「おそらくいいほうです!
琴子の説明は正しかった。
タブレットにもそのように書いてある。
「なるほどねぇ。スコアは総合的な健康状態を表しているんだよね? ということは、体調に問題がなくても怒ったり悲しんだりしているとスコアが下がるの?」
「お! 麻衣さんいいところに目を付けましたね! さっそく試してみましょう! 涼子さん、協力をお願いできませんかな?」
「ほいさ! 何をすればいいのだい?」
「それはですねぇ、ゴニョゴニョ、ゴニョゴニョ」
琴子が耳打ちで説明する。
涼子は「お主もワルよのぉ」とニヤけた。
嫌な予感がする。
「次に麻衣さんと由香里さん、並んで立って下さい」
「私も?」と由香里。
「はいな! 並んだらヘルスバンドの画面をこちらに見せてください!」
「うん、了解」
指示に従う二人。
現時点におけるスコアは麻衣と由香里ともに83。
「さっきよりスコアが下がっているっすよ!?」
「もしかしてお二人は本当に仲が悪い……?」
不安そうな美咲に対し、二人は即座に「いや」と反応。
言葉が被ったことでバツが悪いのか口を閉ざした。
「どう見ても仲良しだな」と笑う俺。
「おそらく緊張が原因でしょう! 私が何を企んでいるか分からないことから不安になっているのです!」
全員が「なるほど」と納得。
「最後に風斗さん、涼子さんのお隣に立って下さい!」
「お、おう」
俺は涼子の隣――つまり、麻衣たちの約2メートル前に立った。
「麻衣さん、由香里さん、バンドをこちらに向けたまま風斗さんと涼子さんのことをよく見ていてください!」
頷く二人。
「それでは涼子さん、お願いしますとも!」
「ほいさ!」
涼子は再びニヤリと笑って体をこちらに向ける。
「すまない少年、これは検証のために仕方なくすることなんだ……」
「えっ」
次の瞬間、涼子は俺に抱きついて唇を重ねてきた。
しかも見せつけるかのように舌を絡めてくる。
俺の舌が涼子に貪られ、唾液が糸を引く。
その姿を見た麻衣たちは口を開けて愕然。
否、彼女らだけではない。
見えない壁の向こうにいる他所の連中も見ていた。
「思った通りです! ほら! スコアが下がっていますとも!」
琴子が麻衣たちのバンドを指す。
スコアが一瞬で80を下回り、さらに75、70……と暴落していく。
「結論! 心的ストレスでもスコアに影響がありますとも!」
「うはぁ! 琴子、えっぐいこと閃くっすなぁ! あとが怖いっすよー!」
「すみません、これが最も分かりやすいかと思いまして! 涼子さんご協力ありがとうございました! もう結構ですとも!」
「すまない少年! これは検証のため! 検証のためなんだぁ!」
「涼子さん、もう終わりですとも!」
「少年! 検証のためなんだぁあああああああ!」
俺の首に舌を這わせる涼子。
いよいよイチャイチャの度合いがレッドゾーンに向かい始める。
その時だった。
「もう終わりって言ってるでしょうが!」
「ぐぁぁ!」
麻衣の華麗な後ろ回し蹴りが涼子に炸裂した。
吹き飛ばされた涼子は床を転がり仰向けに倒れる。
「涼子……!」
そこに近づく由香里。
「おお、由香里! 手を貸してくれるか! ありが――ぐぁあああ!」
涼子が手を伸ばすと、由香里はその手をぐねりと捻った。
「お姉さんはただ検証に協力しただけなんだぁあああああああ!」
涼子の悲鳴が響くけれど、俺はあえて何も言わなかった。
口を挟むとこちらに流れ弾が飛んでくる気がしたからだ。
検証のためとはいえ、いい思いができてよかった。
「琴子がタブレットの説明を覚えていることは証明された。とりあえず何を持ち込むか決めるとしよう」
「賛成です」と美咲が頷く。
俺はタブレットの画面を切り替えてリストを表示した。
「思ったよりたくさんありますね」
「そうだな。何でもありと言って差し支えないレベルだ」
テントやナイフだけでなく、釣り具や着替え、石鹸などもある。
大体の物は1個ではなく人数分の配布となるようだ。
また、アイテムをタップすると詳しい説明が表示された。
「持ち込めるのは1グループ3つまでだ。何がいいと思う?」
離れたところでじゃれ合っている涼子、麻衣、由香里を呼び寄せる。
7人でタブレットを覗きながら話し合うことにした。
「とりあえずスマホは確定でいいんじゃないっすか?」と燈花。
「微妙じゃないか? 説明によるとコクーンや地図は使えないんだぜ」
「でもネットがあれば何だって解決するっすよ! 『無人島のサバイバル術』とかで検索すれば情報がバンバン見つかるっすよ!」
燈花の意見に涼子と由香里が賛成票を投じる。
「私も風斗と一緒で微妙だと思うな」
そう言ったのは麻衣だ。
「驚いたな。この中で誰よりもスマホに依存していそうなのに」
「だからこそ微妙だと思うんだよね。というか私、過去にインフルエンサーを集めた企画で無人島のサバイバル生活をしたことがあるんだよね」
「ほう」
「その時は何か一つだけ持ち込んでいいって条件でさ、私を含めて半分くらいの人はスマホを選んだんだよね」
「その結果、微妙だったと」
「微妙どころか全員もれなく初日でリタイアだったよ」
「マジかよ」
「たしかにスマホで調べると色んな情報が出てくるんだけどさ、それを実行するのって難しいんだよね。例えば火を熾すのに原始的な方法を使おうとするじゃん? 教科書にも載っているようなやつ」
「木の棒を両手でシコシコやるアレか?」
「そうそう! アレはきりもみ式って言うんだけど、YoTubeの解説動画を参考にやろうとしても全く成功しなかったんだよね」
「ネットの情報は活用しづらいってことか」
「他の道具と組み合わせたらそうでもないんだろうけど、持ち込めるアイテムが3つしかない状況だと優先度は低いと思う」
麻衣の説明には説得力があった。
「とりあえずスマホは保留ってことでいいかな?」
全員が頷き、スマホはひとまず避けることに。
「今の話を聞くと火熾しで苦労するのは避けたいな」
「ですね……。火がないと何かと困るのでライターは欲しいです」
「俺も美咲に賛成だ。他の人はどう思う?」
「異議無し!」と挙手する麻衣。
その後も異議は出なかったので最初のアイテムはライターに決定。
説明によると雨天や暴風の中でも使えるターボライターとのこと。
「残り二つだな」
「地図は必須だと思いますとも!」
ダンジョンハンターの琴子が言った。
「地図って紙のほうか? それともタブレット?」
紙は人数分あるが、地図タブレットは1グループ2台のみ。
その代わり、タブレットにはGPS機能が付いている。
「タブレットですとも! 紙の地図は現在地が分からない恐れがありますとも!」
「2台しかないけど大丈夫かな」
「大丈夫ですとも! 仮に1台しかなかったとしても地図は必須だと思いますとも! 無人島にはライオンなどの肉食獣もいるのですよ? そういった動物の生息地なども調べられるらしいので、タブレットは絶対に必須ですとも!」
「え、無人島にライオンがいるっすか!?」
「他にもクマやら何やらたくさんいるみたいですとも! 地図がなければうっかりクマの縄張りで寝てしまって夜に襲撃を受ける……なんて可能性だってありますとも!」
「ひぇぇぇぇぇ! 地図! 地図っすよ風斗!」
「そうだよ! 地図がいるよ! 地図!」
「風斗、地図」
女性陣が全力で地図を推してくる。
俺も琴子の話を聞いて地図が必要に感じた。
「では地図タブレットも持ち込むか」
こうして二つ目が決定。
「ラストはサバイバルナイフにしよう! ナイフがあれば便利だぞ少年!」
涼子が言った。
「たしかにサバイバルナイフは欲しいところだな。何かと重宝する」
「そうだねー」と麻衣も同意。
場の空気がサバイバルナイフに傾く。
そんな中、一人だけ別のアイテムを推す者がいた。
美咲だ。
「鍋にしませんか?」
「え、鍋?」
意外な提案だった。
鍋は小さい片手鍋、大きい両手鍋、業務用寸胴鍋のセットだ。
片手鍋は人数分、両手鍋は2個、寸胴鍋は1個になる。
「たしかにサバイバルナイフも欲しいところですが、その気になれば自然にある物で代用できると思うのです。もちろん切れ味などは大きく劣りますが……」
「その点、鍋は調達しづらいか」
「はい。それに、仮に食料が調達できなくても、鍋があれば飲み水の確保はほぼ確実に可能です」
「地図で川の場所を調べ、川に着いたら鍋で水を汲む。ライターで火を熾し、それで鍋を熱して中の水を煮沸するって流れか」
「その通りです。私達の年齢であれば、1ヶ月程なら何も食べずとも死ぬことはありません。ただし、水不足は数日で限界が来ます。サバイバル生活では満足に食料を得られないことが前提になるので、それであれば飲み水の確保だけは手堅く行える状態にするのが良いかと」
他の女性陣が「おー」と感心する。
「美咲の言う通りだな」
「なんか美咲、教師っぽい!」
「そうっすよ! 美咲、教師になれるっすよ!」
麻衣と燈花が笑いながら言う。
美咲は「ありがとうございます」と笑顔でペコリ。
「なら三つ目は鍋でいいな?」
「「「異議無し!」」」
こうして持ち込む物が決まった。
リストから該当のアイテムにチェックを付けて確定を押す。
本当によろしいですか、という最終確認でも迷わず「はい」を選択。
持っていたタブレットが消え、目の前に人数分のリュックが現れた。
「あのリュックに選んだアイテムが入っているんだよ」
説明文を読んでいない女子三人に説明する。
「寸胴鍋が入っている一番重いリュックは風斗が持ってねー!」
麻衣が「これね」とパンパンに膨らんだリュックを指す。
俺は「はいよ」と苦笑いで承諾し、試しにそのリュックを背負う。
(うお、これは……)
想像以上に重かった。
空の鍋だから大したことないと思ったが大間違いだ。
今からスタミナを消費したくないので、慌ててリュックを地面に置いた。
「お! 漆田ー! そっちも準備できたんだなー! お互いに頑張ろうな!」
〈スポ軍〉の五十嵐が声を掛けてくる。
アイテムの選択が終わると、他所の声が聞こえるようになった。
ただ見えない壁は健在のようで、一定の距離までしか近づけない。
「おう! 頑張ろうな! 五十嵐!」
五十嵐を真似て大きな声で答える。
「ははは、相変わらず年上にもタメで話してくるのなー!」
「最初に丁寧語を捨ててしまってな。実は今でも抵抗ある」
「なら五十嵐先輩って呼んでくれてもいいぜ!」
「日本に戻ったらそう呼ばせてもらうよ」
「おうよ! 次は俺達もTYPプロジェクトに参加するぜ!」
「日本に戻るまでの間、楽しく生き抜こう」
「だな!」
次のTYPプロジェクトで帰還する――。
そう考えているから、俺達は誰も慌てていなかった。
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