129 第八章 エピローグ

 ついに俺達は日本に帰還する――。

 誰もがそう思った。



 ズドンッ!



 その時、凄まじい音が響いた。

 船が大きく揺れる。


「おわっ!」


「きゃっ!」


 霧に覆われた船内で転がる俺達。

 家具も被害を受けたようで不快な音が響いている。


「ブゥ!」「ウホッ!」


 ペットたちが身を挺して守ってくれた。

 そのおかげで怪我を免れる。


「何が起きたんだ!?」


 その答えを知っている者はいない。

 俺は握ったままのマイクのスイッチを入れた。


「船がすごく揺れたんですがどうなったのでしょうか!?」


「……………………」


 返事がない。

 配信の音も聞こえてこない。


「さっきの衝撃でテレビが壊れたのか?」


 霧のせいで確認できない。


『繋がったぽいですよ手島さん!』


 里奈の声が聞こえてきた。

 どうやらテレビは壊れていなかったようだ。


「里奈さんの言い方からすると配信も止まっていたみたいだね」


 麻衣が冷静に言う。

 俺のすぐ右隣から聞こえてきた。


「今しがたの地震について説明がありそうだな」


 そう言ったまさにその時、手島から説明があった。


『ゲートに向かっていた船が無事であると想定して話すが、そちらの海に隕石と思しきものが落ちたようだ』


「隕石だと!?」


『それによって生じた津波が君らの船を襲い、そして、ゲートを越えて我々の作業船にまで押し寄せた。その結果、メインの生成器と増幅器が故障してしまった』


「おい、それって、つまり……」


『非常に残念だが今回の挑戦はこれで終了だ。だが、また近い内に必ずゲートを生成する。機器を改良し、この程度の揺れでは壊れないようにしよう。どうか諦めずにその時まで生き延びてくれ』


 その言葉をもって配信が終わった。


「隕石とは……あまりにも都合が良すぎるな」


「やっぱりXの妨害なのかな?」と麻衣。


「それ以外に考えられない」


「一回目は何もしてこなかったのにね」


「ゲートが小さいから大丈夫だと判断したのだろう」


 話していると船が霧を抜けた。

 視界に散乱した家具が映る。


「とりあえず船内を綺麗にするか」


「なんだか踏んだり蹴ったりね」


「本当にな」


 やれやれ、とため息をつきながら船内作業を開始。

 家具の数が多くなかったのであっという間に終わった。

 ゴリラのジロウが手伝ってくれたのも大きい。


「グルチャで皆が惜しかったって言っているっすよ!」


 タロウに跨がりながらスマホを見る燈花。


「SNSでも温かい声で溢れているねー!」と麻衣。


 俺もそれらを確認してみた。


 まずはグループチャットから。

 燈花の言う通り皆が「惜しかった」と言っている。

 さらに俺達の挑戦を褒め称えていた。

「すごかった」「かっこよかった」「よく頑張った」など。

 また、〈サイエンス〉の増田は手島重工の技術力に興奮していた。


 SNSでは俺達よりも手島重工に対する応援が強い。

 所詮は他人事なので、救出に関しては二の次三の次といった様子。

 なかには俺達のいる島に行ってみたいなどとほざく馬鹿者もいた。

 そういう反応であっても、関心を抱いてもらえるならかまわない。


「失敗したが手応えはあったよな、思ったよりも」


 俺はソファに座った。


「むしろ今回でこれなら次は確実に成功するっしょ!」


 麻衣が俺の隣に腰を下ろす。


「まだ分かりませんよ! 手を出せないと思ったXが妨害してきたのですから! 油断できないですとも!」


 何故か俺の膝に座る琴子。


「たしかにXの妨害は予想外だったな。だが、今回の隕石によっていくつか分かったこともある」


「といいますと!?」


「まず、Xは間接的な妨害しかできないってことだ。もし本気で脱出を阻止したいなら船に隕石をぶつけるべきだ。今回はたまたまゲート生成器と増幅器がイカれたから阻止できたけど、機器の故障さえなかったら俺達は脱出できていたんだぜ」


「たしかに! するとXは威嚇しかできないわけですかな!?」


「そう考えるのが自然だ。鳴動高校集団失踪事件の時だって、暴風や荒波で妨害したけど船を壊そうとはしなかった。理由は分からないが、Xのできることには何かしらの制限があるのだろう」


「ふむふむ!」


「とはいえ、脱出が成功するかどうかは俺達よりも手島にかかっている」


 俺は琴子の両脇を抱えて立ち上がった。

 彼女をソファに座らせて皆に言う。


「手島の指示にもあったが、俺達の目標は次の脱出計画まで生き延びることだ。日本に帰れる日はそう遠くない。これからも頑張ろう!」


「「「おー!」」」


 皆が拳を突き上げる。

 今回の脱出は失敗に終わったが、誰も悲しんでいなかった。


 ★★★★★


「クロードさん、今のってセーフなんですか?」


 純白の空間で、男は上司のクロードに尋ねた。


「海に隕石を落としただけだから問題ない。ただの天候操作、我々に与えられた権限を行使しただけのこと」


「いやいや、明らかに漆田風斗たちの脱出を阻止するためにやりましたよね? 規則に違反しているのでは?」


「ん? 漆田風斗のギルドがいたのか、それは気づかなかった」


「流石にそれは苦しくないですか」


 男は苦笑いを浮かべた。


「……それでもこれで押し通すしかないだろ。認めたらお前の言う通り違反になってしまう」


「まぁ今回はそれでどうにかなるとして、今後はどうしますか?」


「…………」


「この様子だと手島祐治はすぐに次の計画を始めますよ。さすがに同じ手は使えないですし、かといって何もしなければ普通に成功します」


「…………」


 何も答えないクロード。


「もしかしたら漆田風斗らの脱出だけでなく、日本から大勢の人間が島に侵入してくるかもしれません。そうなったら我々の計画は即座に中止することになりますよ!」


「それくらいお前に言われなくても分かっている」


「ならどうしますか?」


「それは……分からん。何か手はあるか?」


「手島祐治を排除するのはどうですか? 一人くらいなら適当に誤魔化せるかと」


「それは反対派に計画中止の口実を与えることになるからダメだ」


「ならどうするんですか? この件に関しては漆田風斗よりも手島祐治が厄介なんで、漆田風斗をどうにかしても解決しませんよ」


「…………」


 クロードは何も答えず、腕を組んで考え込む。

 思考時間は1秒にも満たなかったが、彼にとっては熟考だった。


「閃いたぞ」


「流石はクロードさん! それでどうするのですか?」


「生成器に細工して事故を誘発しよう」


「ゲートの生成器に細工するんですか?」


「そうだ」


「今回の隕石よりも明確な規則違反じゃないですか」


「それは細工の仕方によるだろ」


「……というと?」


 クロードは「ふっ」と笑った。


「違反行為は脱出や侵入を妨げることだ。だから、奴等の計画を手助けするような細工なら問題ない」


「手助けするような細工って?」


「あのお粗末な生成器を改良して性能を向上してやるのさ、数百、いや、数千倍に」


「数千倍に!?」


「もちろん見た目は分からないようにする。何も知らない手島祐治は、次回も大量のタンカーを連結させてゲートを作ろうとするだろう。そうなったらどうなるか……言わなくても分かるな?」


「――! それはまずいですよクロードさん。調整を誤ったら奴等の計画を阻止するだけでなく日本を滅ぼしてしまいますよ」


「その辺の匙加減は俺が考える。お前は細工ができるよう奴等の生成器に〈マーカー〉を付けてこい。あとは俺がどうにかする」


「分かりました。でも、どうなっても知りませんよ」


「安心しろ、規則には従っている。俺はルールを遵守する男だからな」


 クロードは焦りを誤魔化すように高笑いするのだった。

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