128 ゲート②

 俺達を乗せた船が霧の中を進んでいく。

 そして、先程までゲートがあったであろう場所を通り過ぎる。


「なんでゲートを閉じたんだよ!」


 思わず声を荒らげる俺。

 そんな俺に答えるかの如く手島は言った。


『事前に説明していた通りゲートの大きさが足りなかった。その状態で君達の船を受け入れようとした場合、どんな弊害があるか分からない。だから一度、ゲートを閉じさせてもらった。予定通り次が本番だ。安心してくれ。今度は君達を船ごと迎えてあまりある大きさのゲートを生成する』


 一瞬で動揺が消え去った。

 誰もが「そういうことだったか」と納得。


『そちらの状況が分からないので次のゲートは一時間後に生成する。追って指示を出すから、それまでに準備を済ませておいてほしい』


「了解!」


 手島に聞こえるはずもないのに答えてしまう。


 しばらくして、船は霧を抜けた。

 これまでと同じく前方に俺達のいた島が見える。

 即座にスマホを操作して針路を修正した。


「さっきの手応えなら次は問題なく成功しそうだねー」と麻衣。


「配信でもそう仰っていますよね、手島重工の方々」


 美咲の言う通り、手島たちは成功を確信している様子。

 顔には笑みがこぼれ、声も弾んでいる。


「やっぱりすげぇな、大人って」


 思わず呟く。


「何がすごいの?」


 由香里が尋ねてきた。


「手島の計画だよ。本当にXが何もしてこない」


「たしかに」


 今朝、里奈のトゥイッターで大雑把な説明があった。

 それによると、Xはゲートの生成を妨害してくるそうだ。

 防ぐには島からの脱出者――つまり俺達が必要になる。

 半信半疑だったが、これまでの流れを見る限り正しかった。


「増田先生は何度も失敗して当たり前と言っていたが、実際には次で成功する可能性が高い。日本屈指のエリートが集まって本気を出せば、Xという超常的な存在にだって太刀打ちできるんだって分かったよ」


「風斗だってすごいよ。この一ヶ月でいっぱい活躍してきた」


「はは、ありがとう。由香里はいつも褒めてくれるな」


「だって本当にすごいから。褒めるところしかない」


 俺は「ふふっ」と笑い、皆に言った。


「二度目の挑戦まで時間がある。適当に過ごしてくれ!」


「「「了解!」」」


 ◇


 準備を済ませて待機することしばらく。

 いよいよ二度目の挑戦をする時がやってきた。


『それでは始めようか』


 テレビから手島の声がする。

 この頃になると、配信の視聴者数は2000万人を突破していた。

 さらに複数のテレビ局がヘリから緊急生中継を行っている。

 世界中が手島重工の研究に注目し、俺達の帰還を応援していた。


 SNSの話題もこの件で持ちきりだ。

 ゲートの向こうに見えた霧が衝撃的だったようだ。

 今や誰もがTYP理論を信じている。


『先ほどと同じく10分後にゲートの生成を行う。そちらも前回の要領で頼む』


 手島からGOサインが出る。

 俺は指示に従って船の針路や速度を調整。

 タイミングを合わせるため、何分か待機してから移動を開始した。


「こちらの作業は終わった。あとは手島次第だ」


 いつも通り濃霧が視界を潰す。

 意識を耳に集中して配信の音声を聞いた。


『うわっ! すごい大きさ! これなら船ごと通れますね!』


『そうでなければ困る』


 手島と里奈が話している。

 問題ない大きさのゲートが開いているようだ。


『手島さん、どうしてゲートの向こうに救出隊を送らないのですか? そのほうが効率的だと思うのですが』


『詳細は配信中だから伏せるが、現時点だとそれは難しい。今はあちら側からゲートを通り抜けてもらうしかない』


『……だそうです』


『なんだ、そういうコメントがきていたのか』


『そうです! 他にもいろいろ質問が来ていますよ!』


『質問は弊社の専用ページでお願いします。専用の技術スタッフが回答させていただきますので』


 手島の口調が丁寧になった。

 里奈ではなく視聴者に向けて話しているからだろう。


「手島と里奈って何だか仲が良さそうだな、声だけ聞いていると」


「我が親友はお姉さん以上に社交的だからな!」


「私も日本に戻ったら手島さんに媚びないとなぁ!」と麻衣。


「媚びてどうするんだ? 相手は既婚者だぞ」


「そらスポンサー契約っしょ! 今ノリノリの手島重工をバックにつけたらインフルエンサー復活も夢じゃないよ!」


「そういえばインフルエンサーだったな……。忘れていたぜ」


「おい!」


 何も見えない中で談笑する。


「皆さーん! こっちですよー!」


 遠くから里奈の声が聞こえてきた。


「島の者たちへ、その調子で進んでくれ。濃霧で何も見えないが、君らの姿はしっかり捕捉できている。問題ない、そのまま進めばゲートを通過する。時間も十分にある。焦らなくていい」


 手島の声だ。

 テレビからも同じセリフが聞こえる。


「いよいよゴールが近づいてきたな」


「風斗、そろそろ“アレ”を使って驚かそうよ!」


 おそらく麻衣はニヤリと笑っている。

 俺も同じように笑い、「そうだな」と頷いた。

 そして、ずっと左手で持っている物を口に近づける。


「了解! この調子で向かいます!」


 大きな声で言う。

 船の甲板にあるスピーカーが、そのセリフを海に響かせた。

 スピーカーは、先ほどの休憩中に麻衣が取り付けたものだ。


『わお! 向こうから返事がありましたよ手島さん!』


『ああ、聞こえた。こちらの真似をして拡声器を使ったのか。賢いな』


『そんな冷静に褒めている場合じゃないですよ! ちょっと借りますよ!』


 テレビからガチャガチャと音が聞こえる。

 きっと里奈が拡声器を奪ったのだろう。


「涼子ー! いるー!?」


 案の定、里奈の声が飛んできた。


「漆田少年、私にマイクを!」


「おう」


 何も見えない中、声を頼りにマイクを渡す。


「里奈ー! お姉さんもいるぞー! 漆田少年たちと一緒だー!」


『お姉さん? お前の姉も転移者なのか』


『ううん、友達の涼子は一人称が「お姉さん」なの』


『なるほど、変わり者の友達は変わり者ということか』


『そうかも! 手島さんも変わり者ですし!』


『俺は友達ではない』


『またまたぁ!』


 手島と里奈のやり取りは聞いていると笑えた。

 友達どころか恋人にすら感じる。


『それより里奈、拡声器を貸せ』


『はい!』


「島の者たち! もうすぐそこまで迫っている! そのまま突っ込め!」


 その言葉に偽りはない。

 拡声器の声がすぐ近くから聞こえていた。


「分かりました! 船は自動操縦ですが!」


 そう答えると、俺はマイクをオフにして叫んだ。


「いっけぇえええええええええ! ゲートを抜けろ!」


「インフルエンサー復活の時は今!」


「シゲゾー、待っていてください!」


「風斗と一緒に帰る!」


「久しぶりの日本っすよー!」


「お姉さんの帰還に震えろ全世界!」


「たまらないですともー!」


 女性陣も続く。


「ブゥ!」


「チチチーッ!」


「ワォーン!」


「キィィィ!」


「モー♪」


「ウホーッ!」


 ペットたちも吠えた。


「なんだかんだで楽しかったが、謎の無人島生活はもうおしまいだ!」


 改めて島での日々を思い返す。

 人生で最も濃い一ヶ月間だった。


「一足先に失礼するぜ! じゃあな! X!」


 そして――。

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