127 ゲート①
徘徊者戦がお休みなので夜は遠慮なく眠った。
そして、新たな朝――運命の日を迎える。
8月15日、月曜日。
13時40分、俺達はガレオン船の船内で待機していた。
適当にくつろいで手島の配信を待つ。
船の座標は手島の指定した位置から少し離れている。
指定の座標が霧の中だったからだ。
「いやはや、まさかギルドに入れていただいてからたった数日で日本に戻れる日が来るとは思いませんでしたよ!」
「琴子は日本に帰りたいっすかー?」
「ずばり本音を言いますと、もう少し残っていたかったですかな! まだ攻略していないダンジョンがありますので!」
「なるほどっすー!」
琴子と燈花の一年生コンビがソファに座って話している。
「おやぁ? 涼子、今日は真っ裸で過ごさないのー?」
「え、私はそんなことしませんよ? 何を言っているのですか麻衣タロー?」
「なんで急に丁寧語になってるんだよー!」
「ふふふ、キャメラ取材に備えているのさ」
「なーにがキャメラよ。ちょっとそれっぽい言い方しちゃってさー!」
麻衣と涼子はゴムの野球ボールでキャッチボール中だ。
「ジョーイもきっと気に入ると思いますよ、シゲゾーのこと」
「ワン!」
美咲は愛犬のジョーイにシゲゾーの写真を見せていた。
船にはジョーイ以外のペットも揃っている。
女性陣が残していけないと言ったので、その意思を尊重した。
個人的には〈ショップ〉で購入した動物を連れ帰るのは反対だ。
別階層の生き物なので、研究対象として強引に取り上げられかねない。
もしそうなったら悲しい思いをすることは確実だ。
「おっ」
手島の指定したYoTubeのページに変化があった。
配信が始まったのだ。
「時間だぞ。麻衣、頼む」
「ほいさ!」
麻衣がテレビに手島の配信を表示した。
「すっげー規模だな」
「後ろに小さく映っているのって戦艦じゃないっすか?」
「自衛隊も控えているってことですかな!? すごいですとも!」
画面の中央には船の甲板で話す手島の姿。
背後には手島重工のHPに載っていた増幅器が見える。
他にも無数のタンカーをはじめ、大型船がちらほら映っていた。
「さすがにこの船とは大きさが違うな」
俺達が話していると、手島の目がカメラに向いた。
『この配信を島にいる失踪中の生徒たちが見ていると想定して話す』
手島が俺達に向けて説明を始めた。
それによると、ゲートの生成は二度に分けて行うそうだ。
一度目はタンカー2隻分のエネルギーを使用したもの。
こちら側と手島側のタイミングを合わせるための練習として行われる。
また、こちら側に参加者がいるかを確認するのも目的に含まれているそうだ。
『一度目のゲートではおそらく大きさが足りないから、上手くいったとしても救出するのは困難だろう。二度目が本番だと思ってくれ』
そう念を押してから、手島は本番である二度目の説明を始めた。
二度目はタンカー20隻分のエネルギーを使う。
さらに複数の生成器を連動させて、巨大で安定したゲートを開くそうだ。
10倍のエネルギーを使うのに、ゲートの持続時間は一度目より短いらしい。
『二度目のゲートは俺の載っている作業船ですら通れる程の大きさになる予定だ。君達がどんな船に乗っているかは分からないが、この船より小さいのであれば問題ないだろう』
さいごに失敗時のリスクについて説明が行われた。
といっても、これは一言でまとめると「分からない」になる。
手島曰く、直ちに健康状態が悪化するなどの問題は起きないそうだ。
ただ、将来的に何かしらの健康被害が出る可能性は否めないとのこと。
『国と連携して全力を尽くすが、君達の安全を確約することはできない。それでもかまわない者のみ残ってくれ』
俺達に検討の時間が与えられた。
だが、そんなものは必要なかった。
「もちろん挑戦するよな? リスクは最初から分かっているし」
「もち!」
「お姉さんは逃げないぞー!」
「風斗と一緒なら」
俺達の決心が揺らぐことはない。
固唾を飲んで見守っていると、手島が話を再開した。
『これから10分後、指定の座標にゲートを生成する。その時までに座標の場所で待機しておいてくれ』
手島が自身の倍はあろう年齢の男に命じて作業を進める。
彼の背後に映っている増幅器が唸り声を上げて動き始めた。
「10分後にゲートが開くってことだから、俺達は12分後の到着を目指そう」
「先に行って待たなくていいの?」と麻衣。
「それは愚策だ。霧の中だから座標の確認ができなくなる。それであれば、ゲートが開いた後に到着したほうがいいだろう」
「そっか、たしかに! 一度目のゲートは約15分開いているらしいし、少し遅れるくらいがちょうどいいね!」
狙い通りの時間に着けるよう少し待機。
これといった会話はなく、皆は緊張の面持ちで過ごす。
俺は小便を済ませておいた。
それが済んでも時間があったので手島の配信ページを確認する。
視聴者数が凄まじい勢いで増えていた。
開始からそれほど経っていないのにもう数十万人が観ている。
コメント欄には様々な国の言葉が飛び交っていた。
世界中が注目している。
「さて、ゲートに向かおう」
船の針路を指定。
速度も調整して万に一つのミスもないようにした。
いよいよ船が動き出す。
スマホに表示されている速度計が緩やかに上がっていく。
「霧が出てきたよ!」
麻衣がスマホを見ながら報告。
甲板に取り付けたカメラで確認してくれている。
「相変わらず一瞬だな」
麻衣の報告があった数秒後には視界が潰れていた。
スマホの画面はおろか目と鼻の先にあるものすら見えない。
「おわっ」
何かが抱きついてきた。
「なんだ!?」
「なんでしょう!」
涼子の声だ。
「いきなり抱きついてきたら驚くだろ」
「なっはっは!」
「「抱きつく!?」」
麻衣と由香里が反応する。
それに対して燈花と琴子がゲラゲラ笑う。
「視界が潰れているのに呑気な奴等だなぁ」
「いやいや、お姉さんは怯えているぞ! だからこうしてだな!」
「ちょ、おい、涼子、どこを触っているんだ!」
「どこって、どこ!? 涼子、あんた風斗のどこを触っているの!?」
「それは漆田少年とお姉さんだけの秘密なのだ! がはは!」
成功を信じて駄弁る俺達。
こうしている間も手島たちは頑張っている。
スマホから聞こえる音声があちら側の努力を物語っていた。
『うわっ! すごい霧!』
スマホから女の声が聞こえる。
「我が親友・里奈の声ではないか!」
即座に涼子が反応した。
「どうやらゲートの生成に成功してこちらを見ているようだな」
時間的にはあと1~2分でゲートに着く。
一度目なので失敗が前提とは分かっていても胸が躍る。
『脱出を拒む悪天候は健在のようだな』と手島。
『でも前回は晴れていましたよね?』
『あの時は島の人間が近づいていなかったからさ』
『じゃあ今回は誰か来ているんですね!』
『そういうことになる』
手島が部下に「アレを持ってこい」と命じる。
アレが何かは分からないが、話の流れから察することは可能だ。
霧の中にいるものを判別できるものだろう。
『1隻だけか。だが、思ったより大きいな』
『あの船にはたぶん漆田君のギルドが乗っていますよ!』
『漆田? ああ、
二人の会話が聞こえる。
藤堂が誰か分からないが、俺たちの船というのは正解だ。
案の定、手島はアレとやらを使って霧の中を確認していた。
『それにしても不思議ですね! ゲートの向こうだけ霧だなんて!』
『この映像は全世界に衝撃を与えるだろうな』
手島と里奈のやり取りから映像が想像できる。
「里奈め、もう大富豪に取り入っている! 流石は我が親友だ!」
誇らしげな涼子の声。
『手島さん、こっちの声が届くか試してみていいですか?』
『おう』
『やったー!』
里奈が何やらするようだ。
――と、思った瞬間。
「みんなー! こっちだよー!」
スマホではなく海の向こうから声が聞こえてきた。
拡声器を使って話しかけているようだ。
「すぐ傍にいるっすよ!」
「こちらからも返事がしたいですかな? したいですとも!」
「くぅ! 船にスピーカーとマイクを取り付けておくべきだったねー!」
麻衣たちが嬉しそうに話す。
俺も笑みを浮かべていた。
里奈の声が聞こえてきたのは大きい。
ゴールがすぐそこであることを実感できる。
しかし、その時。
『部長、このままだと……』
『ああ、そうだな』
手島と部下が何やら話している。
里奈と話している時とは違って声が遠い。
だが、次のセリフだけははっきり聞こえた。
『生成器を止めろ! ゲートを閉じるんだ!』
『え! 閉じるんですか!?』
驚く里奈。
その声は拡声器に乗って外からも聞こえてきた。
「おいおい、あと数十秒でゲートに着くぞ」
「なんで!?」
俺達もわけが分からず動揺している。
『部長! ゲートを閉じました!』
男の無情な声がスマホから響いた。
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