第九章:サバイバル

130 徘徊者戦に異常事態発生

 二日の平和期間が終わり、本日の徘徊者戦がやってきた。

 深夜1時50分、俺達はいつも通り拠点南の草原で待機していた。


「たった二日でもブランクがあると体が鈍るな」


 腕を大きく回すと、肩甲骨の辺りからゴキゴキと音が鳴った。


「休みの日もしっかりジムで体を鍛えるのだ漆田少年!」


 涼子は大きな薙刀を片手でグルグル回して絶好調。

 回し終えた武器を〈製作物管理〉で収納する謎の行動も変わりない。


「やっぱりこの時間に起きるのは辛いですね……」


「同感! 肌に悪い感じがするよねー!」と麻衣。


「サクッとゼネラルを倒してまたお休みにするっすよー!」


「賛成ですともー!」


「俺も同意見だが、どうなるかは相手次第だな。前回の鎌使いみたいなザコならサクッと倒せるだろうけど、ピンク髪の剣士みたいな強敵だと厳しい」


「ザコよ来い! ザコ!」


 手をスリスリして祈る麻衣。


 そして、深夜2時00分になった。

 本日の徘徊者戦、開始――。


「……って、あれ?」


 始まって数秒で違和感を抱いた。

 空気がざわついておらず、徘徊者も現れない。


「コクーンのアイコンも変化ないままだよ!」


 麻衣が皆にスマホを見せる。

 血塗られたような赤色には染まっていない。


「今日も休みだっけ?」


 俺が尋ねると、由香里は「ううん」と首を振った。


「だよなぁ」


 こういう時はグループチャットで確認だ。

 俺はただちにチャットを開いて発言しようとする。

 だが、何も言う前に答えが分かった。


「どうやら他所も俺達と同じ状況らしい」


 グループチャットは既に騒然としていた。

 どういうわけか現れない徘徊者に誰もが困惑している。


「私達だけじゃないってことは、前回のゼネラル退治とは無縁なのかな?」


「そんな気がするな」


「Xに何かあったんすかねー?」


「お腹が痛くて徘徊者を出す暇がないとか?」と冗談を言う麻衣。


「麻衣じゃないんだからそれはないと思うけどなぁ」


「なんだと」


「とはいえ、Xに何かあったのは間違いないだろう。いつもなら律儀に何かしらの通知を出しているはずだ。どこかチグハグな感じのする丁寧な文で」


 その“何か”が何なのか、大体の察しは付く。

 タイミングを考えれば手島重工のゲート生成に他ならない。


「とりあえず移動しませんかな? ここにいても暇ですよ!」


 琴子が提案してきた。


「城に戻って食堂かどこかでまったり過ごすか。城門に取り付けたカメラで様子を確認していれば問題ないだろう」


「賛成っす!」


 そう言って〈テレポート〉を使用する燈花。


「おいおい、大した距離じゃないんだから歩けばいいのに……」


 などと言っている間に、美咲と由香里以外の女子も消えていた。


「私もお先に失礼します」


 美咲はニコッと微笑み、ペコリと頭を下げてから消えた。


「残ったのは俺と由香里だけか。由香里も〈テレポート〉を使うか?」


「私は風斗と一緒がいい」


「なら歩くか」


「うん!」


 二人で門に向かって歩く。

 何歩か進んだところで由香里が腕を絡めてきた。

 他に誰もいないからか距離が近い。


「麻衣に感謝だね」


 静かに歩いていると由香里が言った。


「何の話だ?」


「城壁のカメラ。おかげでこういう時に外で待たなくていい」


「たしかに! IoTだっけ? よく分からないけどすごいよな」


「うん」


 麻衣は「IoT」なる言葉を口にして色々と快適化してくれる。

 顔も広いし、何かと頼れる奴だ。


「俺さ、この島に転移してすぐ麻衣に会ったんだよ」


「前に言っていたね」


「今思えば、あれが転機だったのかなって」


「転機?」


「もし麻衣と会っていなかったら、今とは全く違う状況になっていたはずだ。こうやって由香里と一緒に歩くこともなかっただろう。むしろ初日で死んでいたんじゃないかな、徘徊者に喰われて」


「風斗をグループチャットに追加したのも麻衣なんだっけ」


「そうそう。だから、麻衣と出会ってなかったらグループチャットに入れていなかった可能性が高い。コクーンのこともよく分からなかったし」


「じゃあ私も麻衣に感謝しないとね。風斗と出会わせてくれて」


 由香里が腕に込める力を強めた。

 美咲や涼子と違って胸の弾力は感じられない。

 だが、これはこれで悪くない気がした。


「お?」


 女性陣の胸について考えているとスマホが震えた。

 ギルド専用のグループチャットで誰かが通話を始めたのだ。


 その誰かとは麻衣だった。

 すぐに他の女性陣が通話に参加する。


「俺達も応答するか」


「そうだね」


 応答ボタンを押してスマホを耳に当てる。


『やっと出たかー! 風斗、由香里、イチャつくなら見えないところでやれ!』


『由香里、キミは誰も見ていないところでは大胆になるのだな! お姉さんは感心したよ!』


『風斗ー! 全部見えているっすよー! それともわざと見せつけているっすかー!?』


 城壁のカメラで俺達のことを見ていたらしい。

 俺は気にしなかったが、隣を歩く由香里は違っていた。


「…………」


 次の瞬間、由香里は何も言わずに通話を切った。

 さらには俺に絡めていた腕を解き、拳一個分ほどの距離を空ける。

 夜中でも顔が真っ赤に火照っていることが分かった。


「えっと……由香里さん?」


「やっぱり麻衣には感謝しない。戻ったら矢で射抜いてやる」


 由香里は頬を膨らませ、〈テレポート〉で消えていった。

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