125 むしゃくしゃの原因
「お待たせ! 何やら手島重工のドローンを発見したとか!」
夕方、麻衣がダンジョンから戻ってきた。
俺は「そうなんだよ」と答え、二人で食堂に向かう。
「やっときたか麻衣タロー!」
「遅いよ、麻衣」
食堂では涼子と由香里が待っていた。
「これでもかなり急いで攻略してきたんだけど! で、それが例の?」
麻衣の視線がダイニングテーブルのドローンに移る。
「そう、これが例のドローンだ」
「おー、これは見たことない型だねー」
麻衣はドローンを持ち上げ、色々な角度から舐め回すように見る。
「解析したら何か分かるかもしれないんだが頼めるか?」
「このドローンを分析して、中のデータを吸い出して解析しろってこと?」
「そうだ」
「そんなのパソコンでちょちょいとすりゃ朝飯前よ」
「おー! 流石は麻衣だ」
「って、んなわけあるかー!」
麻衣はドローンをテーブルに置いて叫んだ。
思わず「えっ」と固まる俺達。
「できないのか?」
「できるわけないでしょ! 私ただの高校生なんですけど!?」
「でもほら、なんかインフルエンサーになる前はディープなオタクとか言っていなかったか。城壁のライトやカメラだってパパッと付けてくれたし、あとなんかよく言う単語あるじゃん。IoTだっけ? ああいうのでほら、なんとか」
「たしかに言っていたよ、言いましたよ。ディープなオタクって。IoTってワードもよく使うよ。ブラインドタッチだってできる。でも違うじゃん! それとこれとは! そもそもこのドローン、見てみ? ネジ穴すらないじゃん!」
「たしかに」
「でしょ? どうやって分解するの!? 明らかに素人お断りって感じじゃん! 見た目からしてなんかヤバそうだし!」
「でも麻衣なら……みたいな?」
「余裕で無理だから! あんたら、私を何だと思ってるの?」
「ITの専門家」
「乙女!」
「バカ」
「おい! バカはないでしょ由香里!」
顔を逸らす由香里。
よく見ると満足気な笑みを浮かべていた。
「しかし、麻衣の手に負えないとなるとウチじゃ何もできないな」
「ウチにあっても宝の持ち腐れだしグルチャで声を掛けて他所に譲ったら? 私よりメカに詳しい人だっているでしょ」
「そうだな」
俺は適当な席に座ってスマホをポチポチ。
「どこも欲しがらないぞ」
「あれま!」
グループチャットの反応は渋かった。
ドローンの侵入には歓喜するが、それ以上のことはない。
皆が消極的なのは、ドローンが明らかな軍用機だからだ。
ミリオタの生徒によると軍用機は危険らしい。
分解対策として自爆機能を備えているものもあるそうだ。
そんなことを言われたら誰だって手が出せない。
「ということで、このドローンは適当な空き部屋にでも保管しておくよ」
「了解!」
俺はドローンを持って食堂を後にした。
◇
「やっほい少年! 失礼するよー!」
自室でくつろいでいると涼子がやってきた。
扉を開けてからノックするいつものスタイルで登場だ。
「だからノックは開ける前にしろって!」
「気をつけよう! で、少年は何をしているのだい?」
「特に何も。見ての通りベッドでゴロゴロしながらスマホを触っていたよ」
「なら少しお姉さんと話そうか!」
涼子は迷うことなくベッドに入り、俺の隣に寝転んだ。
距離が近いおかげで美女特有のいい匂いがプンプンする。
「で、何か話したいことがあるのか?」
「分かるだろー! 今日の暴走についてだよ!」
仰向けで天井を眺める涼子。
「やっぱりそうか」
「やっぱりって……分かっていたのかい?」
「珍しく暴走していたからな」
「暴走はいつもしているぞ!」
「そうだけど、他人を巻き込むような暴走はしていないよ」
「えーそうかなぁ! でも、そうかもなぁ! こう見えて思いやりの精神がすごいからね、お姉さんは!」
「自分で言うかよ」
涼子は「なはは!」と笑い、それからこちらに向いた。
息の掛かる距離なのでさすがにドキドキする。
可能な限り平静を装い、「で?」と続きを促した。
「実は今日、むしゃくしゃしていてさー!」
「そんな感じだったな。何があった?」
「事件に巻き込まれたのだ!」
「事件?」
「なんとだな、冷蔵庫に入れていたお姉さんのプリンがなくなっていた!」
「へっ?」
耳を疑った。
だが、涼子はいたって真剣だった。
「だからぁ! プリンだよ! プリン! 昨日、〈ショップ〉で買ったのさ! 自分へのご褒美でね! それを厨房の冷蔵庫に入れておいたの! それが食べようと思ったらなくてさぁ!」
「誰かが食ったわけか」
「そう! お姉さんのプリンを誰かが食べたの! ありえないでしょ! わざわざ蓋に『お姉さんのプリン!』って書いていたのに! 重大な裏切り行為だよこれは!」
「ま、まぁ……気持ちは分かる。でも、それなら新しく買えばいいんじゃないか? プリンなんてめちゃくちゃ高いやつでも1万ptすらしないだろ」
「でもそのプリンはお姉さんが冷蔵庫に入れたプリンじゃない!」
「そこに妙なこだわりがあるわけか」
「ある!」
「で、犯人は分かったのか?」
「分かった! 全力で調べて特定した!」
「ほう、誰だったんだ?」
正直、冷蔵庫のプリンを勝手に食う奴に心当たりはない。
食いたいなら〈ショップ〉で買えば済むからだ。
わざわざ盗むメリットがなかった。
「犯人は…………」
涼子は限界まで溜めてから言った。
「私だ!」
「へっ?」
またしても耳を疑う。
「朝、お姉さんはテントで目を覚ましただろう?」
「そうだな。昨日はみんなでキャンプをしていたし」
「で、寝起きのオシッコをしたくなって城に戻ったのだ」
「その時に食べたのか?」
「そのようだ! 寝ぼけていて覚えていないけど! 無意識に食べちゃったらしい!」
「……つまり、涼子は自分に怒っているわけか」
「正解だ!」
事情を完全に把握した。
「なるほど、馬鹿だな」
「んなっ! バ、馬鹿ではない!」
「いやぁ流石に馬鹿過ぎるだろう。気持ちは分かるけどな」
「おお、分かってくれるか!」
「一瞬でも仲間を疑ってしまったことが許せないんだろ?」
涼子は真顔で「うむ」と頷いた。
「てなわけで少年、今日は迷惑をかけた!」
「迷惑だとは思っていないよ。たぶん由香里も同じだ。気にしないでいいよ」
「優しいな少年は! しかしそれではお姉さんが困る」
「どうして困る!?」
「お詫びにイチャイチャしてやろう!」
涼子が抱きついてくる。
右の二の腕が彼女の胸に挟まれて歓喜の雄叫びを上げている。
剥き出しの太ももを絡められたことで右足も上機嫌だ。
「お詫びじゃなくて単にイチャイチャしたいだけだろ」
「とかなんとか言って少年もまんざらじゃないくせに!」
「否定はできん……!」
「ほれ、少年もお姉さんに抱きついてみ! 今がチャンスだ!」
「し、しねぇよ!」
本音を言えば抱きつきたいが我慢だ。
理性を保てなくなってしまう。
「堅物だなぁ少年は! せっかくのハーレム王国なんだからもっとがっつかないと! こんなチャンス、いつまで続くか分からな――おっとぉ?」
涼子が会話を中断してスマホを取り出した。
着信があったようだ。
「チャットでも届いたか?」
「いんや! 我が親友の里奈がトゥイッターで何か呟いたようだ!」
「里奈の呟きがあると通知が出るようにしたのか」
「暗号が届くかもしれないからな! 要チェックなのだ!」
「ふむ。それで今回のトゥイートはどうだ? 暗号か?」
「慌てるな少年、今から確認する!」
涼子は仰向けになってスマホを操作する。
左手で持ち、右の人差し指でポチポチと。
「ビンゴ! 暗号だぞ少年!」
「本当か」
「ほれ! 見るがいい!」
涼子がスマホの画面をこちらに向ける。
「暗号っつーか、今回は直球でそのまま書いているな」
里奈は何回かに分けて指示を出していた。
まとめると以下の通りだ。
『明日の14時に次の座標から脱出を試みて!』
『それに合わせて手島重工もゲートを生成するから!』
『タイミングが合うようタイムラグ1秒未満の生配信も行うよ!』
『配信のURLは明日にでもトゥイートするからチェックしてね!』
『可能な限りたくさん参加してね!』
このトゥイートを見た涼子は首を傾げた。
「ゲートの生成ってなんぞや?」
「この島に侵入するための出入口さ。この島はゴーグルマップの座標通り駿河湾の辺りにあるけど、階層が違うから救出隊が来られないんだ。手島重工は独自の技術でこの階層に出入りするためのゲートを作っているのさ」
「なるほど! 漆田少年は詳しいのだな!」
「手島重工のホームページに簡単な解説が載っているよ。涼子も見ただろ」
「そうだっけ!? 忘れた!」
「なら手島重工のドローンがこの島にあった件も意味不明だったろ」
「まぁねー!」と、何故かドヤ顔の涼子。
「とりあえずグルチャで他所にも教えないとな。里奈……というか、彼女に指示を出させているであろう手島は多くの参加者を求めている。おそらく参加者の数が成功率に関係するのだろう」
「賢いなー漆田少年は!」
「ただの勘だよ、これは」
グループチャットで皆に話す。
脱出の時が迫ってきたということで、皆は意気揚々と参加を表明。
――というのが俺の予想だった。
しかし、結果は正反対。
誰一人として協力しようとはしなかった。
〈アローテール〉の女子ですら不参加をの意思を固めている。
島の脱出に賭けるより今の生活を続けるほうがいいと判断したのだ。
麻衣に強姦の被害を訴え、助けを乞うていたのに。
原因は〈サイエンス〉の増田にある。
彼はリスクの高さを理由に挙げ、誰よりも先に不参加を表明した。
ゲートの生成に失敗したらどうなるか予測できない点が引っかかるそうだ。
しかも、この手の実験は数百・数千回の失敗がつきものだという。
奇跡的に成功しても、それで参加者が無事に帰還できるかも分からない。
どう転んでも危険なので気乗りしないとのことだった。
もちろん増田は他人に不参加を強制していない。
自分のギルドメンバーにも参加したいならすればいいと言った。
その際はギルド名義の船を買い与えるなどの支援を惜しまないとも。
それでも、誰も参加したがらなかったのだ。
増田も、他の皆も、どいつもこいつも身勝手だ。
自分はリスクを恐れて参加しないが、他人には参加してもらいたい。
要するに身を挺して安全を証明してくれる人柱がほしいわけだ。
そんな時に注目されるのが俺達である。
『たしか船を所有しているのって漆田のギルドだけだよな』
という発言が誰かから飛び出した。
他の連中が「たしかに」などと乗っかる。
あとはお決まりのパターンだ。
俺達にやらせる流れが作られていく。
「やれやれ、相変わらずだな」
呆れながらも、俺はグループチャットで発言した。
『任せろ! 俺達が皆を代表して行ってくるぜ!』
表向きは嫌そうな素振りを見せない。
ムードに関係なく最初から参加するつもりだった。
『やっぱり英雄は違うぜ!』
『漆田君のギルド、本当にかっこいい!』
グループチャットでは俺達をおだてる声でいっぱいだ。
実に都合のいい奴等である。
こうして、明日は俺達のギルドだけ参加することに決まった。
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