124 レンタル機能の検証
転移33日目となる8月14日、日曜日――。
昼食後、俺達は城を出てすぐの所に集まっていた。
他人がレンタルした車を運転できるのか検証するためだ。
稀にだが本人にしか使えない物が存在する。
例えばクラス武器がそうだ。
「車種は何でもいいですか?」
スマホを操作する美咲。
「ああ、適当に頼む」
「分かりました」
深紅のSUVが召喚された。
「レンタル代が半額になったのは大きいですね。食材と違って高いので」
先日、美咲は〈レンタル割引〉を習得した。
この効果により、全ての乗り物が半額でレンタルできる。
「では試してみるとしよう」
俺は車に乗り込もうとした。
その時――。
「待てーい! 運転はお姉さんがするのだ!」
涼子が割り込んできた。
アメフト選手顔負けのタックルで吹き飛ばされる。
「いてぇ……!」
「漆田少年! いつまで尻餅をついている! 早く助手席に座れ!」
「運転できるか試すだけなんだから俺が乗る必要はないだろ」
「助手席に少年がいないとやる気が出ない! 早くするのだ!」
「へいへい」
なんてワガママなお姉さんだ。
俺は「やれやれ」とため息をつきながら助手席に座る。
すると、何故か由香里も車に乗ってきた。
「お姉さんに漆田少年を奪われないよう必死だなぁ由香里ぃ!」
「そうだよ」
「お、おおう、そうか……」
まさかの肯定に言葉を失う涼子。
「他に乗りたい者はいないかい?」
「涼子の運転とか怖すぎて無理!」
「同感っす!」
麻衣と燈花が即座に拒否し、美咲と琴子も首を振った。
「漆田少年、由香里、君達は歴史の証人になる! お姉さんの運転デビューだ!」
涼子はハンドルを握り、アクセルを踏んだ。
するとSUVは――問題なく動いた。
「他人がレンタルした車でも運転できるんだな」
これはありがたい仕様だ。
「便利だけど盗まれるかも?」と由香里。
「その心配はないよ。レンタルした人間の〈地図〉には乗り物の場所が表示されるし、目の前に召喚する機能もあるからな」
そう言った時にふと思った。
「涼子、少し車を止めてくれ」
「えー、もっと運転したい!」
「あとで運転させてやるから」
「なら止めよう!」
荒ぶる深紅のじゃじゃ馬が止まった。
俺は窓を開けて美咲に言う。
「今から門の近くまで車を走らせる。その最中に車を目の前に召喚してくれ」
「涼子さんが運転している最中に車の召喚をすればいいのですか?」
「それで車や俺達がどうなるか知りたい」
「車と一緒に搭乗者も移動するんじゃない?」と麻衣。
「もしくは車だけ瞬間移動して俺達はそのままになるか」
どちらの結果になってもおかしくない。
「では始めよう。涼子、門に向かってくれ」
「ラジャ!」
遠慮無くアクセルを踏み込む涼子。
「ただ真っ直ぐ走っても面白くない! ここはお姉さんのドリフトテクニックで盛り上げよう!」
「そんなのいらねぇから!」
「うりゃああああああああああああ!」
右に左に暴れるSUV。
俺と由香里の体が派手に揺られる。
楽しんでいるのは涼子だけだ。
「お願いだから普通に走ってく――おわっ!?」
話している最中のことだった。
いきなり車が消えて、俺達は外に放り出された。
シートに座った格好でそうなったものだから尻餅をつく。
振り返ると、美咲の前にSUVがあった。
「どうやら転移するのは車だけのようだな」
「急に消えるとびっくりするよね」と由香里。
同感だった。
「今回は車だからよかったけど、船や飛行機だと大事故に繋がりかねない」
結果が分かったので美咲たちのもとに戻る。
「これで検証は終了だ。美咲、ありがとう」
「いえいえ、お役に立ててよかったです」
「お姉さんはもっと運転をしたい! 美咲、この後も貸してくれないか!?」
「いいですよ。でも、門から出ないようにしてくださいね。外は危険ですから」
「はーい! 漆田少年、乗れ! ドライブだ!」
「えー、仕方ないなぁ」
「風斗が乗るなら私も」
またしても三人で車に乗る。
「それでは諸君! ごきげんよう!」
シートベルトをつけるや否や車を走らせる涼子。
美咲の言いつけを守り、城の周囲をぐるぐるしている。
「助手席に座っていても何かするわけじゃないし一人でいいだろー」
「なんだい少年、つれないこと言うなよ! ほれ、わざわざ少年が喜ぶ格好をしているんだぞ! もっとお姉さんを凝視して楽しめ!」
涼子の服装は薄手のシャツにミニスカート、そして黒のニーハイだ。
胸に目を向けると、シートベルトの食い込んだ谷間がある。
さらに下へ視線を進めていくと、無防備な太ももが見えた。
たしかに情欲をそそられる素晴らしい格好だ。
「ニーハイの食い込み、チラリと見える太もも、これを絶対領域と呼ぶのだ」
「絶対領域? 〈ドッカンバズーカ〉みたいな造語か?」
「違う違う! 00年代にはそう呼ばれていたのだ! たいへん流行っていたのだぞ!」
「へー。たしかにその頃の作品は二次元・三次元問わずミニスカにニーハイのキャラがよく出てくるな」
「だろー! お姉さんは絶対領域が好きなのだ!」
「なるほど、それでニーハイを好んでいるのか」
「うむ!」
話しながら今までと違う方向にハンドルをきる涼子。
SUVが周回をやめて城の外へ向かう。
「おい、美咲に門から出るなって言われただろ」
「大人に逆らうのが子供だ!」
「俺達まで怒られるじゃないか」
「涼子、やめて」
「やめない! この衝動は抑えられない!」
SUVが門を飛び出し、さらには草原を突っ切っていく。
「おい、森に向かう気か?」
「いぇあ!」
「さすがにそれは危険過ぎるだろ」
「魔物は轢けば大丈夫!」
「魔物もそうだが木々にぶつかりかねないぞ。他の奴等だっているだろうし」
「いざとなれば万能薬で解決だー!」
「なんて奴だ……」
「がっはっは! それでこそ人生!」
涼子の暴走は止まらない。
スピードを落とすことなく森に侵入し、本当に魔物を轢き殺した。
さらに舗装されていない道を「うりゃりゃ!」と走破していく。
俺と由香里は生きた心地がしなかった。
「どうだい少年! お姉さんのドラテクは!」
「荒々しいが上手いな」
「だろー!」
「でもそろそろ戻ろう。遠くに行きすぎた。満足しただろ?」
「うむ! 少年、由香里、付き合ってくれてありがとう!」
「付き合ったというより付き合わされたんだけどな、半ば強引に」
「私は風斗と一緒がよかっただけ」
「なっはっは! それでも感謝なのだ!」
SUVが凄まじいドリフトで半回転。
来た道を戻っていく。
……はずだった。
「なぁ涼子、この道で合っているのか?」
「Uターンしたのだから合っているのが道理!」
「そのわりには時間がかかっていないか」
いっこうに城が見えてこない。
というよりも、見覚えのない場所を走っていた。
「風斗、海に向かっているよ」
由香里が〈地図〉で確認してくれた。
「城から遠ざかってるじゃねぇか! 逆だ逆!」
「なんですとぉ!」
そんなやり取りをしていると海に到着した。
「ここまで来たら戻りは〈テレポート〉で済ませるか」
「名案だ少年! よーし、それなら砂浜を走っちゃうぞー!」
「開き直るんじゃねぇ、反省しろ!」
「我が辞書に反省なんて言葉はない!」
SUVが砂浜を爆走する。
涼子は嬉しそうに声を弾ませている。
そんな彼女の横顔を一瞥して思う。
(珍しく自分勝手な振る舞いをしているな)
涼子は破天荒だが自己中ではない。
今回のように俺や由香里を巻き込むのは異例である。
おそらくストレスを発散したかったのだろう。
「お! 少年、見ろ! 何か落ちているぞ!」
「なんだあれ」
黒い物体が打ち上げられていた。
近づいて確認してみる。
「ドローンのようだな」
「クラス武器かな?」と由香里。
「それはないだろ。クラス武器は徘徊者戦の時間帯かダンジョンでしか召喚できない。となると、〈ショップ〉で売っている物だろう。どこかの間抜けが操作を誤って海に墜落させたんじゃないか」
とりあえず車から降りてドローンを拾う。
「不思議な形をしているな。ドローンといえばマルチコプターのイメージだが」
そう言ってドローンをひっくり返すと。
「おい! これ手島重工のドローンだぞ!」
ボディに手島重工のロゴが入っていた。
「この島に救出隊が来ているってこと?」
「おそらくその前段階だと思うぜ。人の姿が見えないし、このドローンはきっと偵察機だ。なんにせよ手島重工がこの島への侵入を成功させたことは間違いない」
あまりの早業だ。
里奈が帰還してからまだ2週間しか経っていない。
それなのにもうここまで進んでいるとは……。
「漆田少年、そのドローンは拠点に持ち帰ったほうがよくないか?」
「そうだな。麻衣に頼んで解析してもらおう。何か発見できるかもしれん」
「この島とお別れできる日もそう遠くないな!」
「本当にな!」
ドローンを大事に抱えながら、俺は〈テレポート〉を使った。
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