123 TYP理論の証明②

 映像がAIの検知した位置にズームアップされていく。

 しかし――。


「画面には森しか映っていませんよ!?」


 ――里奈の言う通り、森が邪魔で人の姿を捉えられない。


「だが、AIは木々の向こうに人がいると判断している」


 手島は「ならば!」と、ドローンの高度を下げた。

 それに合わせてカメラの角度も調整している。


「部長、エネルギーが限界です! ドローンを戻してください!」


「待て、あと少しだ」


「ですが……」


「うるさい! 集中しているんだ、黙っていろ!」


 手島の首筋に緊張の汗が流れる。


「これならどうだ!」


 海面すれすれの位置でドローンを近づける。

 いよいよ島に上陸し、そのまま森の中に入った。


「いたぞ!」


 モニターに人が映る。

 学生服を着た男女の二人組だ。

 ドローンに気づかずイチャイチャしている。


「里奈、あれはお前の学校の制服か?」


「そうです! 階層も合っていましたね!」


「うむ」


「部長! ドローンを帰還させてください! 今すぐ!」


「ああ、分かった!」


 慌ててドローンを戻そうとする手島。

 しかし、操作を誤ってドローンの翼が木に当たってしまう。

 途端に映像が乱れた。


 それでも本体は無事だ。

 手島は乱れる映像を頼りに海を目指す。

 そして思惑通りに海へやってきたが――。


「「「あっ」」」


 画面が真っ暗になった。

 その場にいた誰もが一瞬だけ固まる。


「部長、間に合いませんでした……」


 原因はゲートが閉じたことだった。

 1隻目のタンクに備わっているエネルギーが底を突いたのだ。


「ゲートがないと別の階層のドローンは操縦できないわけか」


「部長、どうしますか? ドローンを失ったとはいえ結果は上々かと」


「たしかにな」


 ゲートを開き、さらには正しい階層であることも確認できた。

 これは手島や未来開発部の面々が想定していた中でも最高に近い結果だ。


「次はリミッターを解除しよう」


「出力はMAXの300%でよろしいでしょうか?」


 研究員もノリノリだ。


「300%でも2~3分ならゲートを維持できるよな?」


「その程度であれば可能です」


「なら300%で頼む」


「かしこまりました――おい、リミッターを解除しろ! 出力は300%だ!」


 研究員が偉そうに指示を出す。

 しばらくして準備が整った。


「出力が先ほどの3倍になったことで、ゲートの大きさも倍以上になるはず。おそらく頭から縦に引っ張る形であれば大人でも通れるだろう」


「すごい! すごいです手島さん!」


「ふふふ、完璧だからこそ手島祐治パーフェクト理論というのだ!」


 上機嫌の手島が指示を出し、増幅器が動き出す。

 先端に取り付けられている生成器が凄まじい光を放つ。

 そして、出力300%のゲートが生成された。


「おい、なんだこれは」


 手島の眉間に皺が寄る。

 生成されたゲートの大きさが安定していないのだ。

 拡大と縮小を高速で繰り返している。


「出力を上げすぎておかしくなったのか? それとも何かの不具合か?」


 研究員の男は素早くタブレット端末を確認。

 それから険しい顔で首を振った。


「どちらも違います」


「ならどうしてだ?」


「分かりません。何の不備も見当たりません」


「すると……原因は一つだな」


「何ですか? 原因は!」と里奈。


「お前やクラスメートを島に飛ばした存在、お前たちが言うところの『X』って奴の仕業だろう」


「えええ! Xが妨害しているんですか!?」


「それ以外に考えられない。見ろ、TY値がバグっていやがる」


 計測器を見せる手島。

 表示されている数値が休むことなく増減していた。


「Xに妨害されるんじゃどうにもならないじゃないですか」


 大きなため息をつく里奈。

 だが、手島は諦めていなかった。


「そうとは言い切れない」


「言い切れないって、何か秘策があるのですか?」


「簡単に言えばTY値を安定させて作業を再開すればいいだけだ」


「そんなことできるんですか? Xが妨害しているのに」


「可能だ、難しい話は端折るがな」


「すごい!」


「祐治、今は人体に影響ないのか?」と武藤。


「問題ない」


「え! 人体に影響って何の話ですか!?」


 ギョッとする里奈。


「TY値の変動が激しすぎると人体に悪影響を及ぼすんだよ」


「えええええ! じゃあ私達まずいんですか? 今!」


「大丈夫だ。放射線の大量被爆と違って後からどうにかなるものではない。問題があるなら既に死んでいる」


「生きているから安心なわけですね! って、怖ッ! そんな状況だったんですか! 知りませんでしたよ!」


「ちゃんと契約書に書いてあったろ。サインする前によく読むべきだったな。それはさておき、秘策についてだが……」


「分かりました! より島から近い場所でゲートを生成するんですね!」


「たしかにそれも悪くないが却下だ。島に近づきすぎるとこちらの生成器が島や島の連中に悪影響を及ぼすかもしれないからな」


「じゃどあどうやってTY値を安定させるのですか?」


「簡単さ。島の連中にこの付近まで来てもらう」


「え、どういうことですか?」


「お前を含む転移者にはTY値を一定の値で安定させる装置みたいなものが取り付けられているんだ。目に見えないし重さもないから気づかないと思うけどな」


「ええええ! 装置!?」


「詳しくは分からないが、Xが人間を転移させたり島の階層に定着させたりするのに必要なのだろう」


「その装置って、もしかして私にも付いているのですか?」


「もちろん付いている。首の付け根の辺りだ。以前ウチの研究所で精密検査をした時に判明している。というよりも、お前を調べたことで装置の存在に気づいた」


「うげぇ……」


 首の付け根を手で撫でる里奈。

 何かが付いているような感触は全くなかった。


「ちなみに、一発で目的の階層へ行けたのはお前がこの場にいるからだぞ」


「そうなんですか?」


「TYP理論が正しければ階層は無限に存在する。そんな中、今の技術力で正しい階層へ辿り着くのは、宝くじで一等を当てるよりも遥かに難しい。お前に付けられた装置が生成器に作用して正解へ導いたと考えるのが普通だろう」


「じゃあ私ってめちゃくちゃ重要な存在じゃないですか!」


「そうでなければ部外者をこの場に連れてこないし、大事に扱うこともない」


「そのわりには優しくないですよねー、手島さん」


 ぶー、と頬を膨らませる里奈。

 もちろん手島は無視した。


「そんなわけだから、転移者が近くにいればTY値が安定する。より多くの転移者をこの付近に来させられたら妨害されることはないはずだ」


「おー! じゃあ私はSNSで涼子に頼んで皆に伝えてもらえばいいわけですね!」


「物分かりがいいな。その通りだ。ところで、本当にこちらの指示は伝わっているのか?」


「大丈夫ですって! 涼子は私の親友ですから! 私よりも私のことに詳しい! トゥイッターは絶対に確認していますよ!」


「確認のしようがない以上、信じるしかないな。では涼子なる女に指示を出してくれ。指定の日時に指示した座標へ来るように」


「了解です! 指定の日時はいつにしますか? ってまだ決まっていないですよね、あはは」


「いや、決まっている。明日の14時きっかりだ」


「もう決まっているとか早すぎですよ! ていうか指定の日時も早いし! せめて2日くらいは空けたほうが……」


「そんなにも待ってられん。タイムイズマネー、時は金なり、善は急げだ」


 話がまとまると、手島は作業船の引き上げを命じた。

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