122 TYP理論の証明①

 宍戸里奈は驚愕した。手島のスピード感に。

 緊急会見から24時間も経たぬ内に「船を動かす」と言い出したのだ。


 場所は駿河湾。

 座標レベルで前回と全く同じ場所。


 漁業関係者の反対は一切なかった。

 会見の前に手島が根回しを済ませておいたからだ。


「前回とは比べものにならない出力で臨めるぞ!」


 作業船の甲板にいる手島は、後方に控える二隻の大型船を指した。

 どちらもドーム状のタンクを複数積んだタンカーだ。


「タンカーからTY増幅器にエネルギーを供給するのですか?」


 里奈が尋ねると、手島は「そうだ」と頷いた。


「二隻目のタンカーは予備ですか?」


「その予定だが、おそらく使うことになるだろう」


 手島は話を切り上げ、現場を仕切る研究員を呼んだ。

 それまで下の者に威張り散らしていた研究員だが、手島に呼ばれると頭をペコペコして駆け寄ってきた。


(社会人って大変そうだなぁ。私には絶対無理! はぁ、早く結婚しないと!)


 手島と研究員のやり取りを見ながらそんなことを思う里奈。

 彼女の視線は手島――の後ろで控える武藤に向いた。


「武藤さん武藤さん! このあとお食事に行きましょうよ!」


「このあとっていつだ?」


 武藤が呆れたように返事する。

 里奈があまりにもしつこいので無視しなくなっていた。

 最近は密かに「こういう女も悪くないかも」と思っている。


「お仕事のあとですよー! 作業が終わって船が帰港したあと!」


「その後も俺の仕事は続く」


「えー! でも武藤さんと一緒にお食事したい! したいしたい!」


「ならお前もディナーに加わるか? 祐治と里桜も一緒だが」


「それは……やだぁ。里桜さん怖いもん」


 里桜は手島の妻だ。

 里奈とは一文字違いだが、二人の仲は決してよくない。


 以前、里奈は手島たちのディナーに参加した。

 今回と同じような流れで「行く行く!」と答えたのだ。

 その結果、里奈は初っ端から里桜に敵視されることになった。


 理由は里桜の嫉妬によるものだ。

 私は仕事に混ぜてもらえないのに貴女は……と。

 あの時の重い空気は、里奈のトラウマになっていた。


「何をイチャイチャしている」


 手島が近づいてきた。

 武藤は「すまん」と頭を下げ、里奈はぷいっと顔を背けた。


「真、里奈と過ごしたいなら遠慮なく言えよ。特別休暇を与える」


「必要ない」


 里奈がすかさず「必要あるもん!」と反応する。

 手島は無視して話を進めた。


「では始めようか。増幅器を動かせ! ゲートを生成するんだ!」


「分かりました! おい、増幅器を動かせ!」


 研究員が部下に命じた。

 増幅器が起動し、重低音を響かせ、船全体を震わせる。


「手島さん、質問いいですか?」


「なんだ?」


「TY増幅器って、どうして増幅器って名前なんですか?」


「というと?」


「だってこの機械で別の階層との出入口ゲートを作るんですよね? だったら名前は増幅器ではなくゲート生成器なんじゃ?」


「面白いところに目を付けたな」


「えへへ、これでも私、偏差値は62もありますので!」


「そうか、微妙だな。で、質問の答えだが――」


「ちょっと! 微妙じゃありませんよ偏差値62は!」


「偏差値の話をしたいのか? 質問の答えが知りたいのか?」


「うぅぅ、答えが知りたいです……」


「なら続けるが、実はな、生成器は別にあるんだ」


「え?」


「あそこだ」


 手島が増幅器の先端を指す。

 よく見るとスタンガンのような物が取り付けられていた。


「あれが生成器ですか」


「そうだ。だが、生成器だけではパワーが足りなくてな。増幅器によって生成器の出力を高めているわけだ」


「なるほど」


「とはいえ、里奈が誤解するのも無理はない。二つを合体させて生成器と呼ぶのもいいだろう」


「私、貢献しちゃいましたね!」


 里奈が「ね!?」と武藤を見る。

 武藤は無表情の無反応だった。


「部長! 出力100%で開始します!」


 研究員がタブレットを片手に近づいてきた。

 手島は頷き、一言。


「やれ」


 増幅器の奏でる重低音が最高潮に達する。

 そして――。


「よし、成功だ!」


 別の階層へ繋がるゲートが開いた。

 蜃気楼のような歪みの向こうに、薄らと島が見える。

 この階層には存在しない、風斗たちのいる島が。


「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!」」」


 湧き上がる一同。

 手島の顔にも笑みがこぼれていた。

 だが――。


「この大きさでは侵入できないな」


 ゲートのサイズが圧倒的に足りていなかった。

 ボウリングの球より一回り大きい程度。

 とてもではないが人や船が入ることはできない。


「おい、これが限界か?」


 研究員の男は「はい」と申し訳なさそうに頷いた。


「これ以上になるならリミッターを解除するしかありません」


「この状態のゲートはどのくらい維持できる? 1時間はもつか?」


 研究員は持っているタブレット端末を操作してから首を振った。


「おそらく10分ももちません。既にタンクの半分が空になっているので」


「数分だけか……」


「え! あの大きなタンカー1隻のタンクを全部使ってもそれだけしか維持できないんですか!?」


 里奈は思わず口を挟んだ。

 手島は特に嫌な顔をすることなく答える。


「そういうことだ。まだ試作段階だから燃費が悪い。だが、数分ももてば救出できるだろう。問題は階層が合っているかだ」


「絶対に合っていますよ! だってあそこに島があるんですから!」


「ま、結果は今に分かるさ――おい、偵察用ドローンを用意しろ」


「かしこまりました! おい! 偵察用ドローンを用意しろ!」


 手島から研究員に、研究員から作業員に指示が飛ぶ。

 里奈が「ドローン?」と首を傾げている間に準備が済んだ。


「この程度のゲートでもドローンなら問題なく通れるからな」


 用意されたドローンは軍用機だ。

 全身がマットブラックで、見た目はブーメランに似ていた。

 厚みがあり、高性能なカメラが内蔵されている。


「コントローラーを」


「はっ! こちらです! どうぞ!」


 手島は研究員からコントローラーを受け取り、ドローンを起動した。


「手島さん、自分でドローンを操縦するんですか!?」


「そうだが、何か問題でも?」


「いえ、すごいなーって! ドローンの操縦ってすごく難しいですよね! 私、前にドローンの操縦体験したけどダメダメでしたよ!」


「お前とはレベルが違うのだよ、俺は」


「ぶー! 感じ悪ぅ!」


 手島は小さく笑い、ドローンをゲートに突っ込ませた。


「通過しましたよ! ゲートを! ドローンが!」


 大興奮の里奈。


「見れば分かる」


 手島の反応は冷めたものだ。

 もちろん内心では興奮していた。


「島に近づけるぞ」


 コントローラーに備わっている小型モニターを見る手島。

 他の面々は手島の傍に置かれた大型モニターを見つめている。

 そちらにも手島の見ているものと同じ映像が映っていた。


「わー! すっごいスピード! 島がぐんぐん近づいてきますよ!」


「遠すぎて人の存在を確認できんな」と武藤。


 手島は「分かっている」とボタンを押した。

 モニターの映像に無数の小さな照準器が表示される。


 様々な情報に基づいて人間を検知するAIだ。

 それが画面中をくまなく動き回り、一点で止まった。


「人がいるぞ!」

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