121 据え膳の再来
懐かしの飯盒炊さんはじめ、キャンプを楽しむこと数時間。
一段落した俺は、キャンピングカーの中でくつろいでいた。
ふかふかのベッドに寝そべってスマホをいじる。
足下の液晶テレビからは、古い洋画の再放送が流れていた。
「美咲、恋バナしようよ恋バナ!」
「恋バナですか……」
「好きなタイプとかさ! 言ってみ? ほら!」
「うーん、そうですねぇ……」
全開の窓から麻衣と美咲の話し声が聞こえる。
二人は常識的な大きさに落ち着いた焚き火を囲っていた。
他には由香里も起きていて、二人の傍で弓の手入れをしている。
「由香里もしようよ! 恋バナ!」
「いや、いい。私は敵に備える」
「真面目だなー! 大丈夫だってー!」
「そうだと思うけど、念のため」
俺達が起きているのは徘徊者戦に備えてのこと。
あと数分で2時になる。
徘徊者戦が始まらなかったら寝る予定だ。
「サッパリしたー! お風呂とシャワーは生きる源だな! 漆田少年!」
車内のシャワー室から涼子が出てきた。
当たり前のように全裸で、首にバスタオルを掛けている。
「言うだけ無駄だと思うけど言わせてくれ。服を着ろ!」
「着ない! 言うだけ無駄だぞ少年!」
涼子はベッドに腰を下ろした。
いくら慣れているとはいえ、全裸の女が同じベッドにいると緊張する。
「で、何の番組を観ているのだ?」
「昔の洋画だよ。観てはいない。BGM代わりに流しているんだ」
「そっかそっか! なら少年は2時まで暇なわけだ?」
「まぁな」
「だったらちょうどいい! ちょいとマッサージしておくれ!」
涼子は俺を隅に追いやりうつ伏せになった。
俺は「おいおい」と苦笑いで外を見る。
いつも光の速さで止めに来る麻衣だが、今回は気づいていなかった。
恋バナに夢中のようだ。
いつの間にか由香里も含めて三人で盛り上がっている。
「よかったな少年、今なら邪魔は入らないぞ!」
「な、何を……」
「ほら、お姉さんの凝りをほぐしてくれ。それとも舐めるか? このスベスベの背中を! それもよかろう!」
「いや舐めねぇから!」
「とかなんとか言って本当は舐めたいくせに! ほら、今ならバレないぞ! 誰にも言わないからチロリと舐めてみたまえ! チロリと!」
涼子が「ほら、ほら」と自分の背中を指でトントンする。
「たしかに今ならバレないな……!」
そう考えた途端、上半身がゆるやかに傾き始めた。
無意識に舌を伸ばし、涼子の背中に顔を近づけていく。
そして俺は、涼子の背中を――。
「こらー! そこの二人! 何をしている!」
――舐めることはできなかった。
麻衣が乱入してきたのだ。
その後ろには弓を持った由香里もいる。
美咲は窓の外から覗いていた。
「涼子、射抜くよ?」
「きゃー! こわーい! 漆田少年助けて!」
抱きついてくる涼子。
弾力のやばい胸が腕に押し当てられる。
昔ならそれだけで興奮したが、今は「ふふ」とニヤける程度。
すっかり感覚が麻痺したものだ。
「風斗も喜ぶんじゃねー!」
麻衣が強引に俺達を引き剥がす。
「ちぇー、あと少しで漆田少年をモノにできたのに!」
涼子は黒のニーハイだけ穿くと外に出て行った。
「風斗、私達も外に出るよ!」
俺の手首を引っ張る麻衣。
「もう時間だしな」
スマホを片手に車から出る。
「もう食べられないっすよーZzz」
「ですともー、ですともー……Zzz」
テントから燈花と琴子の寝言が聞こえる。
燈花が寝ているのでタロウとジロウ、コロクもお休み中だ。
「燈花たちは敵を確認するまで起こさなくていいか」
「だねー」
いよいよ時刻が2時00分になる。
「「「…………」」」
何も起きない。
徘徊者は現れず、コクーンのアイコンも白いまま。
クラス武器を召喚することもできなかった。
グループチャットを確認する。
他所では戦闘が始まっているようだった。
「これで安心して眠れるねー!」
美咲は「はい」と頷き、足下で伏せているジョーイを撫でる。
ジョーイは大きなアクビで応え、美咲のテントに入っていった。
「お、通知が出たぞ」
何の音も鳴らずに文章が表示された。
要約すると、この付近以外では徘徊者が出るから注意しろ、とのこと。
「こういう通知は事前に出すものだろう」
「ま、いいじゃん! 読み通りだったわけだし!」
「そうだな。さて、他所の連中に報告しておくか」
グループチャットでゼネラルを倒した件について話した。
今まで黙っていた理由についても先に言っておく。
戦闘が始まったばかりなので皆の反応は薄かった。
「ではお姉さんは寝る! さらばだ諸君!」
「私も休ませていただきます。おやすみなさい」
「私も! またね、風斗。ついでに麻衣も」
「おう、また明日な」
「私をついで扱いすなー!」
由香里は小さく笑ってテントの中へ。
外には俺と麻衣だけが残った。
「Xは俺達を強化してどうしたいんだろうな?」
「観察したいんじゃないの? 風斗が前に言っていたように」
「もう十分に観察できただろう」
「Xはそう思っていないかも」
ありえる、と頷いた。
「まるでロールプレイングゲームの世界に迷い込んだみたいだぜ」
この島に転移してから早1ヶ月が経つのに、Xの真意は未だ不明だ。
俺達を強化したり、考え方を知りたがったりしているのは分かる。
だが、そんなことをしてどうなるのだろう。
その点がどうしても分からなかった。
「あれじゃない? ゲーム感覚でただ眺めたいだけとか!」
「ゲーム感覚で眺めたい?」
「人生シミュレーションゲームみたいな感じだよ。強化したからどうしたいってのはなくて、ただ強化したりどう考えているのかを知ったりするのが目的なの」
「ふむ」
「もしくは神のイタズラ説!」
「Xが神だっていうのか」
「そうじゃないよ。海外のSF小説でさ、暇を持て余した子供の神様が人間を閉じ込めて観察するって話があるの。作中の人物は今の私達みたいに自分達がどうして閉じ込められたのか分からないでいる」
「最後はお子様の神が飽きて終わりってか?」
「そうそう! 飽きた神様が『もういらねー』って人々を解放して終了するの。鳴動高校集団失踪事件とかこのパターンに当てはまらない? 最終的には自動的に解放されたわけだし」
「まぁ筋は通っているな」
俺は静かに星空を眺め、それから「ふっ」と笑った。
「でも、神のイタズラとか観察するのが目的とかだと嫌だな」
「なんで?」
「だっていつ解放されるか分からないじゃん。何かしらの目的があって閉じ込められているほうがまだマシだと思う。用が済んだら解放してくれそうだし」
「たしかに。ま、深く考えても意味ないでしょ! 私達も寝よ!」
「おう」
俺は「おやすみ」と言って車に向かう。
「あ、待って風斗」
「ん?」
「二人きりだから言っておこうと思って」
「なんだ?」
麻衣はニヤリと笑い、俺の耳元で囁いた。
「夜這いしたかったらしてもいいよ?」
それは、この島に転移した初日に言われたセリフだった。
「おいおい、今の俺は本当にするかもしれないぜ?」
「いいよ」
さらりと真顔で返す麻衣。
「え、マジで?」
「うん。でも、風斗にそんな度胸はないだろうなぁ」
「いやいや、俺だって相当な経験を積んできたからな? 昔とは違うよ」
「ほーお? じゃあ、10分くらいは期待して起きとくねー!」
麻衣は「おやすー」と自分のテントに入っていった。
「夜這い……!」
かつて逃した据え膳がやってきた。
もう二度と訪れないと思っていたチャンスが、再び!
(あの時とは違う! 今度こそ!)
と、思うのだが。
「……ダメだ」
なかなか体が動かない。
やはりまだ度胸が足りないようだ。
俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。
1分、2分……時間だけが経っていく。
そして――。
「ダメだああああああああああああ!」
俺は、動けなかった。
なんて情けない男なのだ、漆田風斗!
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