120 キャンプ
手島の会見について、他所のギルドはどう感じたのだろうか。
答えを知るべくグループチャットを開くと、既にその話題で盛り上がっていた。
『日本に帰れるぞ!』
『手島重工マジで頑張れ!』
大半が会見を観ていた。
見逃した連中も動画サイトで確認済みだ
ご丁寧に手島重工が配信の様子をアップしていた。
皆の反応は良好。
だが――。
『応援しているけど、あんまり期待できないんじゃないか』
『帰れるとしても数年後とかになりそう』
『別の階層に行くとか、よく分かんないけど難しいそうだよな』
『現実的に考えたらちょっと……ねぇ』
――期待度はそこまで高くない。
一言で表すなら「応援はしているが、まぁ無理だろう」になる。
俺達も同じような意見だ。
また、女子の大半は手島の容姿で盛り上がっていた。
SNSでも「イケメン過ぎる!」との声で溢れている。
トレンドランキングのトップは「イケメン部長」になっていた。
もちろん手島のことだ。
果たして手島重工はこの島への侵入を成功させられるのか。
そして、俺達は無事に日本へ帰ることができるのだろうか。
期待と不安がせめぎ合う中、俺達は会議室を後にした。
◇
城門から出てすぐの草原にやってきた。
「キャンプですよー! キャンプですともー!」
重装備の琴子がキャンピングカーから下りる。
「遠目に拠点が見えるせいでキャンプ感が薄いっすよー! もっと遠くに行きたいっすよー!」
不満を言いながら後ろに続く燈花。
琴子と違って手ブラだ。
彼女の荷物はゴリラのジロウが持っていた。
「気持ちは分かるけど徘徊者が出るかもしれないからな」
今日と明日、俺達の徘徊者戦はお休みだ。
しかし、他所のギルドは今日も徘徊者戦があるはず。
というのも、他所は昨日、4時まで戦っていたのだ。
俺達がゼネラルを倒した後も敵が消えることはなかった。
おそらく休みになるのは俺達だけだ。
そうなると、拠点から離れすぎると徘徊者に遭遇しかねない。
「グループチャットでゼネラルを倒したって言わなくていいの?」
麻衣はパンパンに膨らんだリュックを地面に置いた。
「2時以降に報告する予定だ」
「そのほうがいいかもね。余計な期待を抱かせずに済むし」
皆でテントの設営を始めた。
各々が事前に購入しておいた物を組み立てていく。
「うわ! 風斗のテント、しょぼいやつっすよ!」
「テントを組み立てるなんて作業、俺には面倒なだけだからな」
テントには色々な種類がある。
どれを選ぶかは各人の自由になっていた。
俺が選んだのはいわゆるポップアップテント。
円盤形の状態で折りたたまれていて、一瞬で展開する優れ物。
一方、琴子や燈花は本格的なものを選んでいた。
特に燈花は、ペットと寝られるよう大型のファミリーサイズだ。
「やっぱり俺はテントよりあっちのほうがいいなぁ」
と、キャンピングカーを見る。
人間7人とゴリラ1頭を乗せられるだけあって大きい。
レンタル代だけで250万もかかった。
アビリティ〈レンタル割引〉の効果でレンタル代が半額なのにだ。
つまり通常だと倍の500万……スポーツカーより高い。
高いだけあって機能は充実している。
中には品のいいベッドがあり、シャワー室も完備。
キッチンもあるし、テレビだって搭載されている。
空調も抜かりない。
徘徊者がいなければこの車で過ごしたいと思えるほどだ。
「キャンピングカーのベッドって一つしかないよね?」
麻衣が尋ねてきた。
「ああ、一つだよ。大きめだから二人でも使えると思うが」
「お! ならお姉さんと寝ようか! 漆田少年!」
そう言って何故か服を脱ごうとする涼子。
もはや日常茶飯事なので誰も気にしていない。
琴子ですら平然としていた。
「テントの設営が終わったことだし、ベッドを誰が使うか決めておきたいな」
「私はテントがいいかなー」
「お姉さんもテントがいい!」
「私もっすー!」
「同じくですともー!」
女性陣が次々にテントを希望する。
「残ったのは俺と美咲、あと由香里だが」
「私は車がいいです」
「私も」
二人はキャンピングカーでの車中泊を希望しているようだ。
もちろん俺も。
「ならじゃんけんで決めるか」
「分かりました」
「いいよ」
「よし始めるぞ! じゃん、けん……!」
同時に手を出す。
結果――。
「わるいな、車はいただくぜ!」
――俺が勝利した。
さっそく外に出した荷物を車に戻す。
作業を終えて車から出ると、すぐ外に美咲がいた。
愛犬のジョーイも一緒だ
「お、どうした美咲?」
「皆様におつまみでも振る舞おうかと思いまして」
「それは名案だ。気が利くぜ」
美咲が入れ替わりで車に乗り込んだ。
(俺は何をしようかな)
すぐ傍では涼子と麻衣が巨大な焚き火を作っている。
キャンプファイヤーなどと言っているが、車やテントまで燃えそうだ。
燈花と琴子は離れたところで動物と遊んでいた。
燈花はタロウに、琴子はウシ君に乗って周囲をうろうろ。
その後ろにジロウが続く。
ジロウの両肩にルーシーとコロクが乗っていた。
(星でも見て過ごすか)
適当な場所にキャンプチェアを置き、そこに腰を下ろす。
空気は澄んでいて美味しく、夜空には無数の星が煌めいていた。
「うむ、悪くない」
もう少し寒かったら暖かいコーヒーが合うだろう。
そんなことを思っていると。
「隣いい?」
由香里がやってきた。
「もちろん」
「ありがとう」
由香里はスマホを取り出し、キャンプチェアを召喚。
どうやら事前の準備には含まれていなかったようだ。
「何をしていたの?」
「空を見ていたんだ。満天の星が綺麗だよ」
由香里は俺の隣に座って空を見上げた。
「本当だ、すごく綺麗」
「だろー」
「空を見るなんて風斗は大人だね」
「そんなことないだろう」
苦笑いで否定した。
「風斗、キャンプは楽しめている?」
「ああ、それなりにな。どうしてだ?」
「あんまり好きじゃなさそうだったから」
「心配してくれたわけか」
「うん」
「ありがとう。でも大丈夫だよ。たしかにそこまで好きではないけど、皆と一緒なら何だって楽しいものさ」
「よかった」
そこで会話が途切れる。
最初の頃は気まずさを覚えたが、今は気にならない。
どちらもコミュ力に難があるので仕方ないと割り切れた。
「由香里、手島重工の研究は上手くいくと思う?」
「分からない。でも、上手くいってほしい」
俺は「だよなぁ」と同意。
「上手くいって日本に戻れたら何をしたい? 両親に無事を知らせるとか、そういうのが終わった後の話な」
「風斗の両親に挨拶する」
まさかの回答だった。
「え、俺の親に挨拶するの?」
「うん」
「なんで?」
「だって――」
由香里が話している最中だった。
「お姉さんも混ぜてくれたまえー!」
涼子が駆け寄ってきた。
彼女は由香里の膝に「よいしょ!」と座る。
「涼子、重い」
「失礼! お姉さんはおっぱいが大きいからなぁ!」
「むっ」
由香里は涼子を抱えたまま立ち上がった。
美咲の料理効果もあって軽々と持っている。
「ほわっ!? 由香里、何をする!」
「胸が大きいのをひけらかすのはダメ」
ポイッと涼子を投げ捨てる由香里。
「アイタタァ! お姉さんの骨盤がゆがんじゃったよ!」
由香里は何も言わずにぷいっと顔を背けた。
「お待たせしました」
美咲が車から出てきた。
手には楕円形の白い皿を持っている。
俺の場所からでは何が盛られているのか見えない。
「おー、カプレーゼじゃん!」
麻衣が言った。
カプレーゼは日本でも有名なイタリア料理だ。
スライスしたトマトとモッツァレラにバジルを散らし、オリーブオイルや塩で味付けしたもの。
「んふぅ! 美味しいー!」
「美咲は何を作っても完璧っすよー!」
「すごいですともー!」
女性陣が順にカプレーゼを頬張っていく。
「風斗君らもいかがですか?」
いよいよこちらにやってきた。
「もちろんいただくぜ、ありがとう」
美咲から爪楊枝を受け取り、トマトとモッツァレラに突き刺す。
皿の隅で難を逃れていたバジルの葉もまとめて口に含む。
「うん、文句なしの美味さだ。流石だな」
「素材がいいだけですよ」
「そんなことないさ、腕もいいんだよ」
カプレーゼは誰でも作れる簡単な料理だ。
それでも、美咲が作るとひとしおの美味しさがあった。
味付けの加減が絶妙なのだろう。
「美咲、ここに座ってゆっくり食べてくれ」
俺は立ち上がり、美咲からカプレーゼの皿を受け取る。
「よろしいのですか?」
「むしろ働かなくてすまない」
「いえいえ」
美咲は椅子に座り、爪楊枝を使ってカプレーゼを食べる。
「美味しいです」
「だろー、美咲の料理は最高だぜ」
「風斗、私にもちょうだい」
「漆田少年、お姉さんもまだ食べていないぞー!」
「おっと失礼」
由香里と涼子にも爪楊枝を渡す。
涼子には爪楊枝だけでなく皿も押しつけた。
「お姉さんに洗えって言うのか少年!」
「おう!」
「くぅー、言ってくれる! よし由香里――」
「やだ」
「んがっ!? まだ何も言っていないのに!」
「だって、やだもん」
大袈裟に崩れ落ちる涼子。
それを見て俺と美咲は笑った。
「ねね、日本に戻ったらまた今日みたいなキャンプやろうよー! キャンピングカーで日本各地にいってさ! 絶対に楽しいよ!」
麻衣が大きな声で言った。
背後では背丈に匹敵する巨大な焚き火が燃えさかっている。
「キャンプをするのはいいけど車はどうするんだ? キャンピングカーってめちゃくちゃ高いぜ」
「そこはほら! 宝くじとか当ててさ!」
「宝くじが当たる前提で語るのはヤバすぎるだろ」
そんなこんなで、俺達は夜のキャンプを満喫するのだった。
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