119 手島の会見
モニターに映る手島の顔がズームアップしていく。
最近のカメラは高性能なので毛穴までよく見える。
それで分かったが、手島は産毛の処理まで完璧だった。
「世界のエネルギー問題を解決できるかもしれない」
手島が話し始める。
わざわざ報道陣を集めて何を言うのかと思いきやそれだ。
マスコミの呆れたようなため息が聞こえてきた。
「ただ、そのことを話す前に、例の集団失踪事件についてお話ししよう」
麻衣が「ですます調じゃないのって新鮮!」と言う。
たしかにな、と思った。
「それって、都内の高校で起きたという生徒と教師が突如として消えたあの事件でしょうか?」
記者の一人が確認する。
手島は「そうだ」と認めた。
案の定、今回の会見は俺達に関係したものだ。
「あの事件については色々な憶測が飛び交っているが、実際には“何らかの要因で別の
報道陣がざわつく。
それは俺達も同じだった。
「転移なんて言っても信じてもらえないだろ。大丈夫か、手島って奴」
「だよね。ここからどんな風に話を運んでいくのだろ?」
俺達が話していると、記者の一人が手を挙げた。
手島は一瞬だけ眉をひそめたあと、「どうぞ」と記者を指す。
「あの事件はヤクザないし外国の仕業ではないのですか?」
「そんなわけがないことは君らマスコミが最も知っているだろう。消える瞬間の映像は見たはずだ。あれだけの数の生徒と教師を一斉に消すなど人間の技術ではどうやっても不可能だ」
「その映像は合成だと言われていますよ」
「警察が解析して合成でないことは確認済みだ」
合成かどうかを確認しているなんて話は初耳だった。
つまりネットに出ていない情報だ。
手島の隣に座っている中年の男が慌てている。
おそらく手島は非公開の情報を話してしまったのだろう。
だが、当の本人は全く気にしていない。
「まぁいい。仮に合成だとしよう。合成方法はなんだっていいが、映画にありがちな“別の時間に撮影した映像をループ再生した”とでもしようか。その場合、生徒と教師はどうやって連れ出す? 数百人規模だぞ? 脅して従わせたとしても、あれだけの数を同時に拉致することなどできない。国外へ連れ出すなんてもってのほかだ」
仰る通りだ。
記者も「たしかに」としか言えなかった。
「分かったらくだらない質問は控えるように」
手島の口調は常に高圧的、上からのものだ。
驚くことに普段は口うるさい記者がそれを受け入れている。
手島重工が各局の大口スポンサーだからだろう。
「そういうわけだから、
記者は揃って沈黙する。
それを見た手島は頷き、さらにこう続けた。
「改めて言うが、失踪した生徒と教師は別の階層にいる」
「階層とは何でしょうか?」
最前列の記者が質問する。
挙手をすることなくいきなり口を開いた。
にもかかわらず、手島は特に嫌な顔をしていない。
「言葉通りの意味さ。ホテルやマンションの階層と同じものだ。実はこの世界は複数の階層から成り立っている」
「つまりパラレルワールドってことでしょうか?」
「少し違うがイメージとしてはそんな感じだ。付け加えるなら、我々のいる階層と別の階層は通常だと干渉しておらず、見たり触ったりすることはできない」
「この場所の別の階層には他の人がいるかもしれない、ということですか?」
記者の理解度が異様に高いので確信した。
間違いなく手島が用意したサクラだ。
話を円滑に進めるための存在である。
「まさにその通り。もっと言えば、別の階層のこの場所は、島ではなく海かもしれない。別の階層が我々の階層……つまりは我々の知っている地球と同じ地理をしているとは限らないのだ」
「そんな話、聞いたことがない! 科学界の常識とかけ離れすぎている!」
別の記者が言った。
どうやらサクラではないようだ。
手島が明確に不機嫌そうな顔をした。
「それはそうだろう。このTYP理論は俺が提唱し、我が手島重工未来開発部が総力を挙げて研究した末に辿り着いた新たな
「TYP理論とは何かの略称ですか?」
サクラの記者が尋ねる。
「手島祐治パーフェクト理論の頭文字を取っている」
「「「えっ」」」
驚く俺達。
サクラ以外のマスコミからも同じ言葉が漏れた。
「自分の名前にパーフェクトまで付けているのか!? 大丈夫か本当に……」
「相当な自信家だねー! お姉さん、こういうタイプも嫌いじゃないよ!」
愉快気に笑う涼子。
燈花も「面白いっすよねー!」と楽しんでいる。
「これだけだと机上の空論であり、君達を集めるまでもないことだ。この会見を観ている視聴者の方にも申し訳が立たない。だが安心してほしい。会見を開くからにはもちろん続きがある」
ここからが本当の本題だろう。
この際TYP理論などというふざけた名前はどうでもいい。
「まだ試作段階ではあるが、実は既に別の階層への出入口を作る装置は完成している。さらに言えば失踪した生徒と教師がどこにいるのかも特定している」
「なんだって!?」
マスコミもざわついているが、それ以上に俺達が驚いていた。
「もしかして、私達は日本に帰れるのですか?」
「それもXの意思に関係なく!」
俺達の脳内では「TYP!」の大合唱が起きていた。
すごいぜ、手島重工未来開発部。すごいぜ、手島祐治。
「今までは他の企業に技術を盗まれないよう水面下で動いていたが、その段階は過ぎた。これから手島重工は本格的に別階層への侵入を試みる。成功すれば失踪中の生徒や教師だけでなく、他の行方不明者の救出だってできるかもしれない」
手島はそこで一息ついた。
目の前のテーブルにある水を飲む。
「別の階層へ行くことで大量の資源が調達できるかもしれない。日本が資源国として潤う……そんな未来がすぐそこまで迫っている」
「本当にそんな美味しい話があるのですか?」
記者の一人が冷ややかな態度で言った。
「別の階層がどうなっているのか把握していないので断言することはできないが、明るい未来が待っている可能性は高い。ところで、君は質問を間違っているぞ」
「間違っている? どういうことですか?」
記者はイラッとした様子で返した。
「君が質問するべきは『美味しい話があるのか』ではなく、『上手くいかなかった場合はどうなるのか』だろう」
「ではその質問に対する回答をお願いします」
「いいだろう。我々が行っている別の階層への侵入だが、仮にこれが失敗したとしても、君らをはじめ国民には何の影響もない。ウチの業績が悪くなるだけだ。しかし、上手くいけば弊社だけでなく国民全体に恩恵がある。エネルギー資源を大量に確保できれば電気やガスの使用料が大幅に安くなるし、別の階層に事業を拡大するのに人を雇うことになるから雇用環境もよくなるだろう」
「つまり手島重工の目論み通りにいけば日本全体が潤い、失敗しても損をするのは手島重工だけだということですね?」
「その通り」
思わず「上手い」と呟いてしまう。
こういう場合、メリットよりデメリットのほうが気になるものだ。
手島はその心理をよく理解している。
「とても画期的だと思いますが、それで手島さんは何を言いたいのですか?」
記者が先を促した。
「国民の後押しが欲しいと言いたいのだ」
「つまり補助金を出せと?」
「違う。金は不要だ。必要であれば社債を発行するなど、資金の調達方法はいくらでもある」
「では国民の後押しとは何でしょうか?」
「支持だよ。今後、特殊作業船を使った海上での大規模実験を行いたいと考えている。地上での実験は失敗した時のリスクが大きいからな。だが、海で作業をするには、どうしても漁師の方々にご迷惑をかけてしまう。政府の協力がなければ漁業関係者たちとの衝突は避けられない」
「政府を動かすために国民の支持が欲しいということですね」
「そうだ。政府は国民の声で動く。多くの国民が支持しているとなれば、政府は動かざるを得ない。だからTYP理論に基づく研究と実験に対し、国民の皆様に後押ししていただきたい。豊かな未来を手に入れるために。そうすれば政府は動くし、政党の枠を超えた超党派での支持が得られるだろう」
手島は立ち上がり、「よろしくお願いします」と頭を下げた。
カメラが最大級のフラッシュを浴びせる。
「こちらからは以上だ。技術的な事は後で答えるとして、他に質問はあるかな?」
即座に一人の記者が手を挙げた。
最前列のサクラだ。
「既に別の階層へ侵入する装置の試作品が完成しているとのことですが、生徒らが失踪してからまだ一ヶ月ほどしか経っていないにしては動きが速すぎます。正直な話、ずっと前から準備していましたよね? 生徒や教師の救出はオマケ、ただの方便なのではないですか?」
なかなか鋭い質問だ。
俺達は「たしかに」と呟いた。
「その指摘は正解と間違いの両方を含んでいる」
「どういうことですか?」
俺達も首を傾げる。
「集団失踪事件の前から準備をしていたというのは仰る通り。そして、準備の最中に例の事件が起きた。本音を言えば渡りに船だと思った。そこは否定しようのない事実だ。しかし、救出はオマケではなくメインだ」
「その証拠は?」
「もし企業利益がメインであれば、今回のような会見は開いていない。人知れず研究所などで極秘に行っていたよ。海と陸では実験のコストが全く違うから。さらには会見を開いたことで技術を盗まれる危険が高まった。外国からの様々な圧力も想定されるだろう」
「なるほど」
「むしろ今回のプロジェクトにおいては企業利益こそオマケだ。手島重工が見据えているのは、自社の利益などという小さな話ではなく、日本国民全体の利益、つまり国益ベースで考えている。そうでなければ、こんな赤字垂れ流しのプロジェクトは承認されていない」
納得する記者。
ただの高校生たる俺にはさっぱり分からなかった。
「技術的なこと以外で他に質問は?」
「「「…………」」」
「では私はこれで失礼する」
手島は立ち上がり、一礼してからその場を去った。
『それではこの後は――……』
会場内のアナウンスがテレビ越しに聞こえてくる。
だが、途中で中継が終わってしまった。
どの局も手島の退場に合わせて自社の報道番組に移っている。
早くもコメンテーターが偉そうに語っていた。
「なんかすごい会見だったね」
麻衣がスマホを触りながら言う。
「どこまで頼れるかは分からないが希望に満ちていたな」
「まさかこんな形で日本に戻れるかもしれないとは思わなかった」
由香里の言葉に皆が頷いた。
「みんな! 早くも政治家連中が反応しているよ!」
麻衣がモニターにSNSを映した。
与野党の幹部議員が相次いで手島重工に対して支持を表明している。
そのせいかどのメディアも好意的だ。
さらに20分後には総理大臣が支持を表明した。
わざわざ緊急会見を開いて「全面的に支持する」と断言したのだ。
一般人の反応もいい感じだ。
匿名掲示板やSNSでは殆ど賛成意見で染まっている。
上手くいけば儲けもの、悪くいっても損はない。
それが政治家及び一般人が手島を支持する理由だった。
「政治家の動きが速いのは手島が根回ししていたからだと思うが……ま、俺達からすりゃありがたい限りだから何だっていいな」
「だね!」
日本に帰れるかもしれない。
遠い彼方にあったそんな思いが、一気に現実味を帯び始めた。
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