118 緊急召集

 夜、俺は自室でキャンプの準備を進めていた。

 徘徊者戦の休みに伴い、これから皆でキャンプをする予定だ。


(日本に比べて涼しげとはいえ流石に暖かいな)


 現在の時刻は20時30分だが半袖でちょうどいい。

 日中も今くらいの気温なら最高なのだが。

 いや、もう少し涼しくてもいい。


「あとは何を持っていけばいいんだ?」


 スマホのメモを見て忘れ物がないか確かめる。

 個人的には必要に応じて現地で購入するべきだと思う。


 実際にそう提案したところ全員に反対された。

 準備もキャンプの楽しみに含まれているそうだ。


「おっ」


 ギルド専用のグループチャットに発言があった。

 涼子が会議室に集まるよう皆に言っている。

 緊急事態らしい。


「何事だろう」


 俺は準備を放り出して会議室に向かった。


「一番乗りは漆田少年か! 流石だな!」


 会議室には涼子が待っていた。


「さぁ好きな席に座りたまえ!」


「分かった」


 会議室の大部分を円卓が占めている。

 アーサー王もニッコリの大きなテーブルだ。


 円卓の中央部は空洞になっていて、そこに四枚の大型モニターがあった。

 モニターはそれぞれ四方に向いており、どの席からでも視聴できる。


 円卓やモニターは、しばらく前に麻衣と燈花が設置したものだ。

 設置前までは「会議室」ではなく「大広間」と呼んでいた。


「思えば会議室を使うのは今回が初めてだな」


「そうだろう、そうだろう!」


 俺は涼子の右隣の席に腰を下ろした。

 扉の見える位置だ。


「席の数は人数分以上あるのにお姉さんのすぐ傍を選ぶとは! やはり漆田少年はお姉さんが大好きなんだなぁ!」


「何となくで決めただけだが」


「遠慮するな! ほれ、今なら二人きりだ! 好きなだけ胸を揉むがいい!」


 涼子は目を瞑り、こちらに向かって胸を張った。

 胸元の開いたピチピチの黒い服を着ているので色気が凄まじい。

 気を抜くとうっかり手を伸ばしてしまいそうだ。


「こらー! また痴女っぷりを披露してからに!」


「にゃはは! 涼子は相変わらずっすねー!」


 麻衣と燈花がやってきた。


「涼子、抜け駆けはダメ」


「そうですよ涼子さん」


「風斗さんはモテモテですねー!」


 由香里と美咲、琴子も登場。

 あっという間に全員が揃った。


「で、緊急事態って何さ?」


「そっすよー!」


 女性陣が適当に座る。


「実は里奈から指示が入ったのだ! 諸君にテレビを観るよう伝えなさいと! 21時からの番組だ!」


「里奈って誰ですかな?」と琴子。


「涼子の親友の宍戸里奈だよ。しばらく前にギルドクエストを攻略して日本に帰還したんだ」


「あー、あの方ですか!」


「で、涼子、何チャンネルを観ればいいんだ?」


「それは……」


「それは?」


「分からん!」


 全員が椅子からずっこける。


「おい! そこは大事だろ!」


「仕方ないではないか! 書いていなかったのだ!」


「ま、21時になったら分かるだろう」


 俺は中央のモニターにテレビを映した。

 モニターの操作はスマホから行うことが可能だ。


 麻衣によると「IoT」という技術らしい。

 彼女はしばしばその単語を口にするが、俺には未だ理解不能だ。


「お、4枚のモニターは連動しているのか」


「便利っしょ! これもIoTの賜物!」


「料理もできてIT技術にも長けているとは、本当に万能だな」


「でしょー! もっと褒めて!」


「調子に乗るから控えておこう」


「おい!」


 皆でワイワイ話して21時になるのを待つ。


「そういえば涼子、里奈はどうして俺達が仲間だと知っているんだ?」


「むむ?」


「涼子が仲間になったのは里奈の帰還後だ。だから里奈は俺達が仲間だってことは知らないだろ?」


「うむ!」


「なのにどうして俺達にテレビを観るよう涼子に指示したんだ?」


「厳密には少し指示内容が異なるのだ!」


「というと?」


「諸君ではなく、漆田少年に個別チャットで連絡しろという指示だった! 細かいことは書いていなかった!」


「なるほど。連絡はトゥイッターでしているんだっけ?」


「そうだ! こちらからは発信できないので一方通行だが!」


「ふむ」


 俺は里奈のトゥイッターを開いた。

 だが、指示と思しき呟きは見当たらない。


「里奈の呟きに指示なんかないぞ?」


「あるではないか、これとこれ、それにこれだ!」


 涼子は隣から俺のスマホを覗き込み、いくつかの呟きを指した。


「ありきたりな日常の呟きにしか見えないが?」


「暗号文なのだよ! これは!」


「ほう」


「このトゥイートの場合は――」


 涼子が解読法を教えてくれた。

 それに従って解読すると、たしかにメッセージが浮かんだ。


『うるしだ ちゃっと れんらく てれび 21じ ぜったい』


 絶対と書いているからよほど大事なのだろう。

 涼子が俺だけでなく全員を招集したのも頷ける。


「暗号を作っておくなんて涼子は面白いっすねー!」


「私も思いましたよ! 思いましたとも! 涼子さんいいですねー!」


「ふふふ、Xに意図を悟られないよう考案したのだ!」


「え? それだったら解読法を言うのはまずかったんじゃないか? Xが俺達の会話を聞いているかもしれないのに」


「…………」


 口をポカンと開けたまま固まる涼子。

 そして――。


「さぁ21時になるぞ皆の衆! テレビに注目だ!」


 ――話を逸らした。

 とはいえ、21時になるというのは本当だ。

 俺達はテレビに集中した。


「お? CMが途中で消えたぞ」


 21時になった瞬間、映像が切り替わった。

 誰かの記者会見が始まるようだ。


「里奈が見せたがっていたのはこれか?」


「おそらくそうだろう!」


「念のために違うチャンネルも確認するっすよー!」


 燈花が他のチャンネルを表示する。

 なんと、どのチャンネルも全く同じ内容だった。

 局によってカメラのアングルが少し違う程度しか差がない。

 謎の会見をどうしても見せたいようだ。


「なるほど、チャンネルの指定をしなかったわけだ」


「それにしても全ての局で放送するってよほど大事な会見なんだね」


「なんだか緊張してきました」と美咲。


「で、誰の会見なんだ? 話し手が不在のようだが」


 と言った時だった。

 大量のカメラがカシャカシャと音を鳴らした。

 凄まじいフラッシュに目がチカチカする。


「わお! 里奈の好きそうなイケメン!」


 涼子が声を弾ませる。

 画面には、会見の主役と思しき男が映っていた。

 年齢は俺達より少し上、大学生ないし新米の社会人に見える。

 金髪で、涼子の言う通りイケメンだ。

 めちゃくちゃ高いであろう見るからに上品なスーツを着ている。


「あー! 既婚者かぁ! 残念! 里奈の対象外だ! 惜しいなぁ!」


 どうやら宍戸里奈は極度の面食いみたいだ。

 それでもって既婚者はNGだと判明した。


「記者の皆様、本日はご足労いただきありがとうございます」


 イケメンが何やら挨拶している。

 それによると彼の名は手島祐治というそうだ。

 手島重工未来開発部の部長らしい。


「手島重工って俺でも知っている大企業じゃねぇか」


 日本が誇る巨大企業はいくつか存在する。

 手島重工もその一つだ。


「手島祐治……手島重工……あっ! この人だ!」


 麻衣が画面を指しながら言う。


「どうしたんだ? 麻衣」


「この人、鳴動高校集団失踪事件の被害者だよ!」


 場がざわつき、皆が麻衣を見る。


「二組目の脱出者を指揮したっていう大企業の御曹司がこの男か」


「そうそう!」


「ある意味俺達の先輩だな」


「その先輩がマスコミを集めて何を発表するんすかねー!」


「我が親友の里奈が要請するくらいだから我々に関することだろう!」


「俺もそう思う」


 長々とした手島の挨拶が終わる。


「いよいよが本題に入るぞ」


 俺達は食い入るように画面を見つめた。

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