第八章:ゲート
117 TY増幅器とオークション
数日戻って、8月10日。
「隔絶世界――君が先日まで過ごしていた無人島に侵入するのさ」
特殊作業船の甲板で、手島祐治は宍戸里奈に言った。
「すると島からこちら側に来ることも可能ですよね?」
里奈が尋ねると、手島は「もちろん」と頷いた。
「じゃあ島のみんなも助かるんだ……!」
里奈の顔に笑みが浮かぶ。
「そう簡単に進むとは思わないが、最終的にはその予定だ」
手島は作業員を呼んで指示を出す。
ただでさえ慌ただしい船上がさらに騒がしくなった。
甲板の真ん中に取り付けられた機械が船首へ運ばれていく。
巨大化したドリルにも見えるその機械こそ手島の切り札だ。
里奈が尋ねる前に手島は解説した。
「これは〈TY増幅器〉といってな、TY値を増幅させることができる」
「TY値って手島祐治係数のことですよね?」
「いかにも」
「それを増幅させるとどうなるんですか?」
「空間に歪みが生じ、別の階層に通じる扉が開くはずだ」
「要するにTY増幅器がみんなのいる島との出入口を作るわけですか」
「その通り。里奈、お前は見た目のわりに理解力があるな」
「見た目のわりにって何ですか見た目のわりにって!」
もー、と頬を膨らませる里奈。
手島は小さく笑った。
「準備完了です! 部長!」
白衣の研究員が手島に駆け寄る。
「よし、やれ」
「分かりました! ――よし、やれ!」
手島から研究員に、研究員から作業員に指示が飛ぶ。
ゴゴゴォ……!
TY増幅器が唸り始めた。
それに伴い巨大な特殊作業船が小刻みに揺れる。
「出力70%! いきます!」
船に伝わる振動が強まっていく。
そして――。
「来た! 来た来た!」
興奮する手島。
船の前方にある空間が蜃気楼のように歪んだのだ。
「さぁ開くぞ! 別階層への扉が!」
里奈や大勢のクルーが「おお」と歓声を上げる。
だが――。
シュゥゥゥン……。
突如、増幅器が機能を停止した。
「止まったぞ? 何があった?」
「出力が足らず扉を開くことができませんでした」
申し訳なさそうに頭を下げる研究員。
「なら出力を上げろ! さっきのは70%だっただろ!」
「できません……」
「どうしてだ?」
「今回の環境ではこれが限界です。100%の出力で臨むには追加の作業船が必要になります」
「ならすぐに手はずを整えてくれ」
「よろしいのですか? 特殊作業船は一隻動かすだけでも莫大なコストがかかりますよ。それを二隻も、しかも増幅器も込みで動かすとなると……」
「かまわん。いざとなれば俺が責任を取る。最優先で頼むぞ」
「かしこまりました」
特殊作業船が港に引き返していく。
こうして、手島祐治による初めての侵入計画は失敗に終わった。
★★★★★
8月13日、土曜日。
無人島生活32日目の今日、俺は――。
「あとは網を戻したら終わりだ。潮の匂いがきついけどすぐに慣れるだろう」
「了解ですとも! いやぁダンジョン以外もいいですね! 楽しいですよ!」
琴子に漁を教えていた。
「作業内容が単純だから問題ないと思うが、あと1つ魚群を潰したら終わろう」
「了解ですとも!」
休日なので労働に精を出す予定はない。
最低限の作業が済んだら〈テレポート〉で帰還する予定だ。
「この後はどうするのですかな?」
「船内で休憩だ。そろそろ美味いメシができているはず」
「いいですねー! 労働の後のご馳走!」
「うむ」
二人で船内に入る。
「お疲れー! こっちももうじき完成だよー!」
キッチンでは麻衣が料理を作っていた。
制服の上からするエプロンには妙な魅力がある。
「お、今はセビーチェを作っているのか」
「そそ!」
セビーチェとは魚介のマリネのことだ。
有名なペルー料理である。
「風斗からセビーチェって単語を聞ける日が来るとはねぇ!」
「島での生活が始まって以降、料理に対する知見が急激に深まっているのでね」
主に美咲のおかげだ。
未知の料理をたくさん振る舞ってくれた。
簡単な解説付きで。
セビーチェは過去に何度か食べている。
美咲が作ったのは一回だけど、麻衣が何度か作っていた。
「なぁ麻衣、今日のセビーチェはいつもと違わないか?」
完成間際の料理を見ていて思った。
見た目もそうだが香りも違っている。
「そこまで気づいちゃったかー、成長したねぇ!」
麻衣は眉間に皺を寄せた。
「難しい顔をしているけど何かあったのか?」
「んー、とりあえず試食してもらえる?」
「分かった」
スプーンで少しすくって食べてみる。
「どう? 美味しい?」
「悪くないが……」
「うん」
「いつものほうが美味い。ぶっちゃけ今日のは失敗作だと思う」
次の瞬間、麻衣の顔がパッと明るくなった。
「だよねー! やっぱりこれ微妙だよね!」
「あ、ああ……。微妙だよ」
「よかったー! 私の舌がおかしくなったのかと思った!」
「そんなことないさ。でも、どうしてこんな仕上がりになったんだ?」
「実は更なる高みを目指して参考にしちゃったんだよね」
「ま、まさか!」
麻衣は神妙な顔でコクリと頷いた。
「そう、インターネットを……!
「レシピサイトを見てしまったのか!」
「つい、ね」
「なんて愚かなことを……!」
衝撃のあまり膝がガクガクする。
麻衣は「いやぁ」と苦笑いで頭を掻いた。
「ネットより自分の腕を信じろよ! めちゃくちゃ上手いんだから!」
「ま、まぁね!?」
ニヤける麻衣。
「それに、麻衣には美咲がいるだろ。プロ顔負けの師匠がさ」
「そうだけど、ほら、挑戦心? みたいな?」
「やれやれ……」
「まぁこんな日もあるってことで! それよか手伝ってよ、作り直すから!」
「はいよ」
俺は〈ショップ〉で自分用のエプロンを購入した。
「その失敗作はどうするんだ? 魚の餌にでもするのか?」
「他所に売るよー! 私の手料理を食べたい人はごまんといるからね」
「自分で言うのはどうかと思うが……事実ではある」
「ふっふーん!」
麻衣は〈販売〉で失敗作のセビーチェを出品。
「お! 知らない間に〈販売〉の機能が拡張されているよ!」
「拡張って?」
「オークション形式で出品できるようになっている!」
「ほう」
俺達が〈販売〉を使うことは滅多にない。
だから機能がいつ拡張されたのか分からなかった。
「せっかくだからオークション形式にしてみよっと!」
「流石に失敗作のセビーチェを競うバカはいないだろ」
「でもこの私が作ったものだからね?」
「とはいえ失敗作だからなぁ。麻衣自身は高騰すると思うか?」
「いやー、流石に厳しいっしょ! 失敗作だもん!」
「だろー!」
そんな話をしながらも出品完了。
麻衣はグループチャットで出品したことを知らせた。
もちろん失敗作であることも書いている。
「さぁ始まりましたよセビーチェオークション! 落札まで僅か5分! この短期決戦を制するのは誰か!」
謎の実況を始める麻衣。
「買い手が決まらないパターンもありえるぜ」
全く期待しない俺。
琴子はソファに座ってテレビを観ている。
「お! 誰か入札したよ!」
「本当だ」
最初にポンッと100ゴールドが入る。
それを皮切りに熾烈な入札合戦が始まった。
「おいおい、あっという間に1万ゴールドを超えたぞ」
「材料費は約1500ゴールドなんだけど……」
などと話している間に10万ゴールドを突破。
「失敗作のセビーチェに10万出すってどんな富豪だよ」
「こ、これが麻衣様の人気だよ! なは、なはは」
麻衣の顔も些か引きつっている。
流石にここまでの盛り上がりは予想していなかったのだろう。
「さぁ残り10秒だ」
今回のオークションは時間厳守の設定だ。
つまり落札時間になると入札状況にかかわらず終了する。
普通のオークションと違い、最終入札から数秒の猶予などはない。
「残り5秒、4秒、3秒……」
入札価格が跳ね上がっていく。
「0! 終わりだ!」
熾烈な入札合戦は終わる瞬間まで続いた。
その結果――。
「ろ、62万になっちゃったよ……」
「凄すぎだろ」
「軽くドン引きなんだけど。誰が落札したんだろ?」
残念ながら落札者の名前は分からない仕様だ。
だからグルチャでも「誰が買ったんだ」と盛り上がっている。
「とりあえず、今回のオークションで分かったことが二つある」
「二つ?」
「一つは麻衣の熱狂的なファンが少なくとも二人はいるってことだ。一人しかいないなら競り合いには発展していない」
「たしかに。で、もう一つは?」
「麻衣の料理は異様に稼げるってことだ! 麻衣、料理を売って億万長者になれ! ファンを金づるにしろ!」
「いや、しないから! ていうか滅多にない機会だから落札額がすごいことになったんでしょ!」
「なるほど、一理ある」
「ブランド価値は大事にしていかないとね!」
「麻衣にブランド価値があったとはなぁ」
「これでも元インフルエンサーですから!」
「そういえばそうだったな」
オークションが終わったのでセビーチェ作りを進める。
俺の役目はエビの背わた取りだ。
「お、風斗、上手じゃん」
「家でもやらされていたからな」
「なら島でも料理すりゃいいのに! 案外いけるかもよ?」
「面倒だからパスする」
「えー! せっかく教えてあげようと思ったのに!」
「教わるならレシピサイトに頼むかな、麻衣みたいに」
「うるせー」
他愛もない雑談を楽しむ俺達。
そこに琴子が近づいてきた。
「お二人ってカップルみたいですねー!」
「え、ほんと? そんな風に見えちゃう?」
ふふふ、とニヤける麻衣。
「見えますとも! お似合いですよ!」
「えーやだなぁ! 私と風斗じゃレベルが違い過ぎるよー!」
「否定できんな……」
「言葉とは裏腹にまんざらでもないじゃないですか麻衣さん!」
「そんなぁ、そんなことないよー! そんな、ねぇ?」
そう言って笑う麻衣は何だか嬉しそうだった。
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