114 報酬とキス
「いやぁお待たせしましたなぁ!」
麻衣が軽い調子で言った。
ミッションをクリアしたことで見えない壁が消えている。
「麻衣って見かけによらず慎重派なんすよー!」
「そりゃ慎重になるでしょ! あんたたち好き放題に回答するんだから!」
「いやいや、お姉さんは場の空気を読んで答えていたぞ!」
「涼子、あんたに空気が読めるわけないでしょーが!」
会話から察するに麻衣が出題者だったようだ。
燈花と涼子がどう答えるか分からず苦戦した模様。
それでも無事にクリアしたのだから流石である。
「それより報酬ですよ! 報酬ですとも!」
琴子に促されて皆でスマホを確認。
〈ダンジョン〉を開いて報酬の受け取りボタンを押す。
報酬内容は未だ「???」のままなので緊張した。
『コクーンに拡張機能〈テレポート〉が追加されました』
たった一行、それだけ表示された。
その下にあるOKボタンを押すと――。
「うお!?」
「ダンジョンから締め出されたっす!」
――ご神木の前に転移した。
このダンジョンではクリア後に休憩させてくれないようだ。
「何か拡張機能が追加されたらしいぞ」
「〈テレポート〉って書いていたすねー!」
「たしかに追加されているよー、噂の〈テレポート〉!」
適応力の高い麻衣が最初に見つけ、一足遅れて俺たちも確認。
さっそく開いてみると説明が表示された。
=======================================
【テレポート】
この機能は何度でも使用することができます。
使用することで以下の場所に瞬間移動することができます。
・あなたの所有する拠点
・あなたの所属するギルドが所有する拠点
=======================================
読み終えた時、思わず「おお」と声を上げてしまった。
「すげー便利そうな機能だな」
「というか間違いなく便利っしょ! 一瞬で拠点に戻れるんだよ!」
「頑張った甲斐がありましたとも!」
案の定、帰還の権利ではなかったが、この報酬も悪くない。
日課の漁から戻る時に重宝しそうだ。
「待て待て諸君! 喜ぶのはまだ早い!」
涼子が何やら言い出した。
「どうかしたのか?」
「漆田少年、
「そうなのか?」
「実はテレポーテーションというのは、厳密には移動していないのだ」
「移動していない? どういうことだ?」
「例えば漆田少年がAからBに瞬間移動するとしよう!」
「おう」
「その場合、Aの漆田少年を丸々コピーしたものをBに作りだし、Aの漆田少年を分解するのがテレポーテーションの原理なのだ!」
「つまり“Aの俺”と“Bの俺”は別人というわけか」
「いかにも!」
琴子と燈花が「ほへー」と感心している。
「じゃあAとBの俺に何か違いはあるのか?」
「いいや、全く同じだ! 思考も引き継がれる! なので瞬間移動の直前に少年が『涼子お姉さんのニーハイがたまらんなぁ、あの太ももに挟まれて窒息死したいよぉ』と考えていた場合、移動後もそのことを覚えている!」
「なるほど。それで涼子は〈テレポート〉は危険だと言いたいわけか」
「その通り!」
「事情は分かったが……おそらく問題ないだろう」
「なんだってー! 漆田少年、問題ないとは!?」
「俺達は既に転移……言い換えるなら瞬間移動をしまくっているじゃないか」
「――!」
「ある日いきなりこの島に瞬間移動したし、ダンジョンクエストを受けてダンジョンにも瞬間移動した。さらにはダンジョンからこの場所に瞬間移動して戻ってきた。瞬間移動の連続の中で生きていると言っても過言ではないぞ」
「そうだった……!」
大袈裟に崩れ落ちる涼子。
「万能薬の薬効もそうだが、この島は何かとぶっ飛んでいる。テレポーテーション如きにビクビクしていたら生きていけないぜ」
「漆田少年の言う通りだ! よし、〈テレポート〉で拠点に戻ろう! 皆の者、お姉さんに続けー!」
涼子は真っ先に〈テレポート〉を使用した。
先程まで目の前にいたとは思えないほど一瞬で消えた。
「うおー! 面白いっすね! 私もやるっすー!」
「私もですともー!」
燈花と琴子が後を追うように〈テレポート〉を使用。
ゴリラのジロウは燈花と一緒に消えた。
麻衣と由香里もそれに続き、俺と美咲だけが残る。
「涼子さんって、本当に優しいですよね」
「テレポーテーションの問題点が……って話のことだよな?」
「はい。私達のことを心配して言ってくれたのですよ」
「だろうなぁ」
涼子は天真爛漫な振る舞いに反して気配り上手だ。
彼女は認めないが、行動の節々からその様子が見て取れる。
「さて、俺達も戻ろう」
「はい!」
俺と美咲も〈テレポート〉を使用。
すると、本当に一瞬で拠点に到着した。
視界からご神木が消え、代わりにお城が映っている。
すぐ前に麻衣や他のメンバーがいた。
「こいつは便利すぎるぜ!」
「帰り道のことを気にしなくていいから今までより遠出できるね」
「いい機能が手に入った。サンキュー、琴子」
「こちらこそですとも!」
話しながら城に向かう。
「麻衣さん麻衣さん」
「どうしたの? 琴子」
「風斗さんが美咲さんとキスしたって聞いたのですが! ですが!」
「「ちょ」」
俺と美咲が同時に反応する。
「なんですとー!? それはいつの話だ麻衣タロー!」
「あ、そっか、涼子と琴子はまだいなかったんだねー。平和ウィークの最終日だったかな? グルチャでも言ったけど、あの日、ウチの拠点に栗原が来たんだよね。それでさー」
ペラペラと説明する麻衣。
「で、美咲が風斗にベロチューをしちゃったわけ!」
「ぬぉ! 美咲め、なかなかエグいことをしおる!」
「そういう経緯でしたかー! なるほどなるほど!」
美咲は顔を赤くして俯き、俺は「もういいだろ」と苦笑いで流した。
◇
夜、俺はグループチャットで他所の連中と話していた。
徘徊者戦に備えて寝たいところだが、その前に情報の共有だ。
ダンジョンについて説明していた。
思った通り他所のギルドもダンジョンにはノータッチだった。
それどころか殆ど全員が存在自体を知らなかった。
『色々な報酬があっていいなー!』
『ポイントもかなり貰えるじゃん!』
『楽しそう!』
皆の反応は例外なく好評だ。
明日以降は多くのギルドがダンジョンに挑むだろう。
ダンジョンのいい点は競合しないことだ。
湖のボスと違って基本的には何度でも挑戦できる。
順番待ちや先駆者特典もないため独占するメリットがない。
難易度が低くて気楽に挑めるのもいい。
「ポイントと経験値がもっと良ければ言うことなしなんだがな……」
ダンジョンの欠点はこの二つに尽きる。
ポイントは漁に遠く及ばない端金だし、レベルも全然上がらない。
今回のダンジョンですらそうだ。
琴子曰く「超難度」だったが、それでも微妙だった。
レベルの低い琴子は2レベルも上がったが、他はよくても1レベルのみ。
美咲と燈花にいたっては1すら上がっていない。
「風斗さーん!」
ドンドンドン!
扉がめちゃくちゃ激しくノックされる。
声から察するに琴子だ。
「なんだなんだ……」
パジャマの乱れを正してから扉を開ける。
案の定、琴子が立っていた。
メガネを掛けておらず、髪もストレートだ。
個人的には今のほうが可愛いと思った。
「風斗さん、今お一人ですかな?」
「そりゃ今から徘徊者戦に備えて寝るわけだしな」
「ふむふむ! それはよかったです!」
「よかったって?」
「実は風斗さんにお願いがあってきたのです!」
琴子は手を後ろで組み、体を左右に揺らしてニヤけている。
悪だくみでもしているのだろうか。
「お願いって何だ?」
「目を瞑ってください!」
「あ、ああ、分かった」
素直に従う。
「そのまま目を開けないでくださいね!」
両の頬に冷たい感触。
琴子が手を当てているようだ。
「そのままですよー風斗さん!」
「分かっているよ」
「もう少しだけ下を向いてください! ほんの少し!」
「こうか?」
「そうです!」
「何が始まる――んぐっ」
喋っている最中だった。
突如、何かが俺の口を塞いだのだ。
その“何か”が何なのかは目を開かずとも分かる。
だが、目を開くことで確信した。
琴子の唇だ。
彼女は俺の頬に手を当ててキスしてきた。
しかも貪るように舌を絡めてくる。
現状が理解できず固まる俺。
琴子は気にすることなくキスを堪能している。
時間にして約10秒、とんでもなく長いキスだった。
「これがキスというものですかぁ!」
ぷはぁ、と大きな息を吐く琴子。
「いや……え、何!?」
いまだに理解できない俺。
「風斗さんと美咲さんがキスしたって聞いて私もしたくなったんですよー! 前々からキスってどんなものか興味がありまして! 麻衣さんがお二人はベロチューだと言っていたので、私もベロチューをしてみました!」
「は、はぁ……。それで、どうだった?」
「メガネを外しておいて正解でした!」
「というと?」
「もしメガネを掛けていたら、恥ずかしさで顔が爆発していたと思います!」
「は、はぁ……」
「あ、キス自体はよかったですよ! 風斗さんの唇はぷるぷるで、舌をねっとり絡めるのもいいですね! なんでしょう、大人の階段を上った気がします!」
「は、はぁ……」
もはや他に返事が浮かばない。
「それでは! 満足したのでこれにて! おやすみなさい!」
琴子はリズミカルなステップを刻みながら隣の部屋に入る。
そこが彼女の個室だ。
「なんというか我慢を知らない奴だな……。ま、いいか、寝よう」
扉を閉めてベッドに入る。
そのまま寝るつもりだったが、その前にチャットを開く。
ギルド専用のグループチャットに通知があったからだ。
『私も風斗さんとキスしました! ベロチュー!』
なんと琴子が先程のキスを報告していた。
そのせいで麻衣と涼子からからかわれ、由香里に怒られるのだった。
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