113 琴子の推理
この島に転移する前、俺は童貞だった。
恋愛経験はもとより女子と手を繋いだことさえなかった。
しかし、それは過去の話。
この島に転移した後、俺は童貞を卒業した。
大人の階段を上ったのだ。
「風斗君、その問題は……!」
「……思い切った問題を出したね、風斗」
「秘め事ジャンルに相応しい! 流石ですよ風斗さん!」
「この問題なら突破できるはずだ。まず間違いなく……!」
「風斗さんを信じますとも!」
琴子が迷わずに回答を送信。
美咲と由香里はそわそわした様子で回答。
二人は俺の顔を何度もチラ見していた。
「さて、あとは俺だけだな」
今の時点で回答がどうなっているかは想像に容易い。
琴子は間違いなくイエス――つまり「処女である」を選択した。
あとの二人についても読み違うことはないだろう。
俺は成功条件に合う回答を選択。
迷うことなく送信し、結果が出るのを待つ。
『成功。Aチーム、ミッションクリア』
予想通りの展開だ。
それでも「ふぅ」と安堵する。
確信していても、結果が出るまで不安だった。
「ミッションが終わったことだし成功条件を教えてくださいよー!」
琴子は椅子から立ち上がり、後ろから抱きついてきた。
「一問目はイエスが三人、二問目はノーが四人だ」
「私が知りたいのは最後の問題ですよー!」
「それは内緒にしておこう」
「なんでですか! いいじゃないですかぁ!」
「問題内容がアレだったからな。分からないほうがいい」
美咲と由香里が頷いて同意した。
「ちぇー、分かりましたよー!」
琴子は再び椅子に座ると、ニヤリと笑って俺を見た。
「私の予想ですけど、イエスとノーがそれぞれ二人だったと思うのです!」
「なんでそう思うんだ?」
平静を装いながら尋ねる。
「だって風斗さんすごく悩んでいましたもん! イエスかノーが三人以上なら、たとえジャンルが秘め事でもそこまで悩まないと思うんですよねー!」
その通りだ。
実に鋭い読みをしている。
「あ、でも、二人ずつでも悩まないですね。例えば『ブラのサイズがD以上である』と出題すれば美咲さんだけイエスになるから、風斗さんもイエスに入れたら2対2になるわけだし……。しかし、ブラのサイズは秘め事にならないですかな?」
一人で考えを発展させている琴子。
(そうか、胸のサイズがあったのか! たしかにそれなら推定Bカップの由香里や琴子と巨乳の美咲で分かれる!)
彼女の独り言を聞いて問題内容を誤ったと後悔。
だが、イエス・ノー自体は突破したからOKとしよう。
悔いたところでやり直せるわけでもないしな。
「麻衣たちBチームは苦戦しているようだな」
Bチームが終わっていないので報酬を貰えない。
「人数や男女比が異なるので難易度も変わってきそうですね」
「俺達が余裕だった一問目も女子だけで挑むとなれば難しそうだな。イエス・ノーが2対1なら『私は女だ』って問題は使えないし」
「出題者が嘘の回答をすれば使えますとも!」
「そうか、それなら別に問題ないのかな。うーむ、分からん」
「一ついい?」
由香里がおもむろに手を挙げた。
「待っているだけなのも暇だから何かしない?」
「じゃあテントの設営をしましょうよ!」
「テントなんかいらないだろー」
「練習ですよ練習! いつか皆でキャンプをする時に備えて!」
「まぁ暇つぶしにはなるか」
ということで、俺達は使いもしないテントを組み立てた。
「不思議なものだ」
完成したテントを見て呟く。
「どうかしたのですか?」と美咲。
「いざテントを組み立てると中で休みたくなった」
「あはは、分かります」
「そんなわけで俺は寝るよ。麻衣たちが終わったら起こしてくれ」
「分かりました。私も寝ているかもしれませんが」
「それならそれでかまわないさ」
俺はテント内に寝袋を設置し、その中に入った。
誰一人としてBチームがどうなるか気にしていない。
成功を確信しているからだ。
(さすがに眠れんな)
目を瞑っても眠くならない。
まだ夕方だし、なにより疲労が足りなかった。
仕方ないのでスマホをポチポチする。
何となく鳴動高校集団失踪事件の被害者が作ったサイトにアクセス。
先人の情報は既に吸収し尽くした後だが、それでもたまに見ている。
(やっぱり変化ないな)
サイトは完全に止まっていた。
全く更新されず、何度も読んだ文字が並んでいるだけだ。
次にトゥイッターを開いた。
唯一の帰還者である宍戸里奈のアカウントをチェック。
彼女のアカウントがどれかは涼子に教わっていた。
里奈はしばらく前からトゥイートを再開している。
とはいえ、内容は毒にも薬にもならない平凡そのものだ。
涼子が「SNS中毒者」と評するだけあって呟きの頻度が凄まじい。
とりあえず元気にやっているようだ。
ついでに
一目でモデルと分かるスレンダー美人で、フォロワー数が麻衣より多い。
この人は鳴動高校集団失踪事件の被害者であり一組目の帰還者だ。
つまり俺達が参考にしているサイトの制作者と繋がっている。
――はずなのだが、トゥイッターを見てもそんな風には感じない。
俺達の集団失踪事件について一切触れていないからだ。
意図的に避けているのだろう。
栗原歩美のことは麻衣に教わった。
どこぞの暴君と同じ苗字だが、血縁関係は特にないらしい。
転移とは無縁だが、この人について気になることがあった。
彼女が肌身離さず身に着けている銀のネックレスだ。
どう見ても安物であり、写真越しでも劣化具合が見て取れる。
明らかに浮いていた。
「起きていますかなー?」
琴子がテントを開けた。
「お、Bチームが終わったのか?」
「いえ! まだのようです!」
「ならどうしたんだ?」
「やっぱりラストの問題が気になりまして!」
琴子はテントに入り、俺の隣に正座した。
「成功条件や回答について教える気はないぞ」
「えー、気になって仕方ありませんよー! でもその反応は想定済みです! なので今回は私の推測を聞いてください! 正しいかどうかは言わなくていいので!」
「まぁそれならいいか」
俺は大して興味の無いフリをする。
「何度も考えたのですが、やっぱりイエスとノーが二人ずつだと思うんです」
「ほう。それで?」
「私はイエス、つまり処女に入れました。なので残りはイエス1人ノー2人になります。風斗さんは童貞なのでイエスですが、その場合はノーが2人になります」
「待て、俺が童貞とはどういうことだ」
「違うのですかな?」
「……ノーコメントだ」
「ほらー! 童貞じゃないですかー! でも、それだと美咲さんと由香里さんが処女ではなくなってしまいます。それはおかしい!」
「おかしい? なんで?」
「だってお二人には恋愛経験がないのですよ! 昨日言っていたじゃないですか! 夕食の時に!」
たしかにそんな話をしていた。
琴子が実はモテモテだと判明したのもその時だ。
「すると、するとですよ。二人は恋愛経験がないのに処女ではない、つまり肉体関係だけの相手がいる、もしくはいたことになります」
「それはおかしいと?」
「おかしいですよ。あの二人、どう見ても真面目じゃないですか。由香里さんや美咲さんが恋愛をすっ飛ばしてそういう関係になると思いますかな?」
「いや、思わないな」
「でしょう! やはりどう考えても辻褄が合わない!」
「成功条件が間違っているんじゃないか」
「それはないですよ絶対に!」
よほど自信があるようだ。
「でも辻褄が合わないなら条件が違うのだろう」
「そう思ったのですが……」
急に琴子の声が小さくなる。
「風斗さんが美咲さんか由香里さんのどちらかとそういう関係であった場合のみ、辻褄が合うんです」
「…………」
何も言えない。
「この島で過ごしていて、何かの拍子でそういう関係に発展してしまった。でも、突発的なことでその後は再びただの仲間という関係に戻っている。これなら恋愛経験を経ずに肉体関係が成立します」
「仮にそうだとして、相手はどっちなんだ?」
「分かりません! というより、どっちでもいいんです。大事なのはそこではないので。とまぁこんな感じで推理しましたがいかがでしたかな?」
俺は「いやぁ」と苦笑い。
「すごい読みだが甘かったな」
「と言いますと?」
「美咲と由香里の両方がノーに投じたかもしれないぜ」
「二人とも処女ではないと?」
「あれだけモテるからな。それこそ突発的になにかあってもおかしくない」
「いやいや、あの二人なら日常では絶対にありえませんよ。何かあるとしたら相手はよほど信頼している人、つまり風斗さんになります」
「なら俺が二人と肉体関係があったかもしれないな」
「いやいや、それじゃあノーが3人になってしまいますよ」
「俺が嘘をついてイエスに入れたら2対2になるぞ?」
「あっ……!」
口に手を当てる琴子。
「たしかに風斗さんがどちらとも関係があるのなら、二人がノーに入れるのは分かりますよね。万に一つも片方がイエスに入れる恐れはない。私がイエスなのも分かっていただろうから、風斗さんがイエスに入れたら辻褄が合う……!」
「そういうことだ」
「風斗さんがまさかまさかのプレイボーイだったなんて……」
「いやいや、これは琴子の推理に基づいて話しているだけだから。なんたってジャンルは『秘め事』だぜ? 恋愛経験がないと言いつつ実はありました、というパターンがあってもおかしくないわけだ。そして、俺は過去にこっそりそのことを聞いていた……という可能性もある」
「たしかにそれもありえますかな? ありえますとも!」
琴子は後頭部を掻きながら立ち上がった。
すぐ傍で立たれたのでスカートの中が丸見えだ。
やはり見えない部分が見えるのは素晴らしいことだと思います。
「私の拙い推理を聞いてくれてありがとうございました! 満足したのでこれにて失礼します!」
「はいよ」
それでは、とテントを開ける琴子。
だが、彼女は外に出ることなく振り返った。
「風斗さん、見えない壁が透明に戻っていますよ! Bチームがミッションをクリアしたようです!」
「お、麻衣たちも終わったか」
いよいよ報酬の時間だ。
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