112 イエス・ノー

 最終ミッション〈イエス・ノー〉の第一問。


『イエス:3人 ノー:1人』

『ジャンル:性』


 スマホに成功条件とジャンルが表示された。

 ジャンルの「性」が具体的に何を指すのか分からない。

 性別なのか、それとももっと性的なことなのか。

 それ故にパッと問題が浮かばない。


「どんな問題が出ましたかな?」と琴子。


「ジャンルは性だ。性別とか性欲とかの性」


「おー! ラッキーですね! 楽勝じゃないですか!」


 どうやら琴子には余裕らしい。

 ついつい「どう楽勝なのか教えて」と言いたくなる。

 ――が、それをするとルール違反になりかねない。

 問題は出題者が一人で考えないといけないからだ。


「いやー、でも成功条件によっては難しいですかな?」


 琴子は独り言を呟いている。

 ミッションの成否を度外視で純粋に楽しんでいるようだ。


(俺ももっと気楽に臨むほうがいいな)


 ふっと笑い肩の力を抜く。

 ダメならダメで仕方ないと思って皆に言う。


「問題。私の性別は女だ。イエスかノーか」


 最初に閃いた問題を出してみた。

 これなら女性陣はイエスに入れるのでイエスが3人。

 俺がノーに入れたら成功だ。

 ジャンルが間違っていると判断されない限りは。


「回答したぜ」


 女性陣が「私も」と続く。

 全員の回答が終わると緊張の判定タイムだ。

 結果は――。


『成功』


 しっかりイエス3人・ノー1人になったようだ。

 皆の顔に安堵の笑みが浮かぶ。


「風斗さん成功条件はイエス3人でしたかな?」


「琴子、ダメ。ミッションが終わるまでは教えるの禁止」


 由香里が慌てて止める。


「そうでした! これは失礼しました!」


「ジャンルが『性』の一文字だったから性別でも大丈夫なのか不安だったが、問題なかったようでホッとしたぜ」


 ふぅ、と息を吐く。

 すぐに次の問題が表示された。


『イエス:0人 ノー:4人』

『ジャンル:食事』


 一問目より簡単だ。

 今度は特に悩むことがなかった。


「問題。食べるならお米よりゴキブリのほうがいい」


 琴子が「うげぇ」と顔を歪める。

 ゴキブリを食べる姿でも想像したのだろう。

 美咲と由香里も眉間に皺を寄せていた。

 だからこそ答えは決まっている。


『成功』


 全員がノーに入れてあっさり突破。

 何ら苦労することなく最終問題になった。


「次の問題に成功したらミッションクリアか?」


「ダンジョンもクリアですとも!」


「今までのところ苦戦する要素は全くないな」


「ここに限らずダンジョン自体の難易度が低いのかもしれませんね」と美咲。


「それは思った」


 ダンジョンは転移初日から存在していた。

 琴子によるとその頃から難易度は変わっていないそうだ。


 おそらくダンジョンに気づくのが遅すぎた。

 転移数日で挑んでいたら苦戦していたに違いない。


 俺はスマホに目を向けた。


『イエス:2人 ノー:2人』

『ジャンル:秘め事』


 流石にラストというだけあって難しい。


「問題のジャンルは何でしたかな?」


「秘め事だよ」


「秘め事……! むむむぅ、これは難しい!」


 ダンジョン名人の琴子も頭を抱えている。


(ジャンルも難しいが、成功条件もきついな)


 俺達の場合、成功条件で頭を抱えるのが2対2だ。

 4対0なら二問目のような極端な問題で済むし、3対1なら男女で分かれるものを選べばいい。

 2対2は女性陣の誰か一人が俺と同じ回答をしなくてはならない。


「これは難問ですよ風斗さん! どうしますかな? どうしますかな!?」


「頑張って、風斗」


「風斗君ならきっと成功条件に合う問題を閃きますよ!」


「プレッシャーがすごいな……!」


 問題を考えながら女性陣の顔を見る。

 黒の三つ編みにメガネと、見た目は大人しそうな琴子。

 金のセミロングがよく似合うスレンダー美人の由香里。

 絵に描いたような清楚系で巨乳の美咲。


(三人とも容姿のレベルが高いのに男には無縁なんだよな……)


 彼女たちは今まで誰とも付き合ったことがない。


(すると「実は交際経験がある」という問題はダメだな)


 俺を含めて全員がノーになってしまう。

 仮に俺が嘘をついてイエスに入れても1対3だ。


(なら「実は告白されたことがない」は? いや、これもダメだな)


 イエスが俺しかいない。

 美咲と由香里は星の数ほど告白されている。


 一見すると地味な琴子も実はモテモテだ。

 小柄で可愛いし、大人しそうな見た目だから陰キャウケがいい。

 実際、彼女の個別チャットには大量の男子から連絡が届いていた。

 まず間違いなく一度は告白されている。


(女性陣の回答が1対2になる問題って何があるんだ……)


 ジャンルが秘め事でなければどうにかなるのに。

 例えば「肉体」とかなら楽勝だ。


 迷わず「身長が150センチ以上だ」という問題を出す。

 それなら俺と由香里がイエスで、美咲と琴子がノーになる。


「風斗君、大丈夫ですか?」


 ひたすら考えていると、美咲が顔を覗き込んできた。


「いやぁ、なかなか苦戦している」


「時間制限はないようですし、息抜きにコーヒーでもいかがですか?」


 ニコッと微笑む美咲。

 天使はここにいたかと思える可愛さだ。

 しかし悲しいかな、俺の視線は直ちに胸へ向かう。

 制服が悲鳴を上げていた。


「そ、そうだな、コーヒーをもらおう」


「分かりました」


 アウトドア用の調理器具を購入して準備を進める美咲。

 俺を含む残りの三人はキャンプ用の椅子で一休み。


「これでテントもあったら完全にキャンプですねー!」


「たしかになぁ」


「皆さんはテントとキャンピングカーならどっちがお好きですか? 私はテント派ですともー!」


 琴子は小さな体を椅子の上で弾ませる。

 本当に楽しそうだ。


「私は……分からない。どっちも経験ないから」


「そこはイメージで補いましょう! 由香里さん!」


「だったら……キャンピングカー」


「奇遇だな由香里、俺もキャンピングカー派だ」


 由香里が「やった」とニヤける。


「私もキャンピングカー派ですね」


「えー! じゃあテント派は私だけじゃないですか!」


「そうなるな」


「風斗さんと美咲さんはどうしてキャンピングカー派なのですかな?」


「俺は昔からキャンピングカーで過ごしてみたいと思っていたんだ」


「そうだったの?」と由香里。


「ずっとはごめんだぜ。1週間くらいそういう生活を送ってみたいなって。たぶん大体の男は思っているよ。キャンピングカーって独特のロマンがあるから」


「なるほどです! では美咲さんはどうしてですかな?」


「私はベッドで寝たいからです。寝袋は苦手で……」


 美咲は淹れたてのコーヒーを全員に渡し、空いている椅子に座った。


「うめぇ。美咲って食べ物だけじゃなくコーヒーの腕もプロ級だな!」


「ありがとうございます。ですが、インスタントなので誰が入れても同じ味になりますよ」


「え、マジ?」


「マジです」と笑う美咲。


「ぐっ……」


 恥ずかしさから顔が火照っていく。


「風斗さん、へたを打ちましたねー!」


「うるせー」


 女性陣が愉快気に笑う。


「機会があったら皆でキャンプに行きたいよなぁ」


「日本に戻ってからのお楽しみですね」


「いやいや、日本に戻らなくても機会はあるぜ」


「え?」


 驚く美咲。

 琴子と由香里も同じような反応。


「この島でも徘徊者が出なくなることあるだろ? ほら、平和ウィークとか」


「ああ」


 どうやら思い出したようだ。


「他にも徘徊者戦の仕様が変わった時に追加されたルールがあるぜ。ゼネラルを倒すと二日間の平和を得られるってやつ」


「そういえばありましたね」


「ゼネラルを倒す労力に見合わないから無視しているが、何かのきっかけであのピンク髪の剣士を倒せるかもしれない。そうなったら祝勝記念も兼ねてキャンプ生活をするのもアリだろう」


「すごく楽しそうです」


「その時は少ないベッドを巡ってみんなで取り合いですかな!」


「ははは、ベッドは譲らないぜ!」


「じゃあ私は風斗と一緒に寝る」


「由香里さんは風斗さんにベタベタしていますねー!」


 琴子が茶化し気味に言う。

 しかし、由香里は真顔で「うん」と頷いた。


「恥ずかしがっていたら勝てないから」


「勝てないって何だ?」


 俺が尋ねると、由香里は美咲を見た。


「わお! 美咲さんも風斗さんを狙っているのですかー!」


「ふふっ、それはどうでしょう?」


「隠してもバレバレですよ、美咲さん。風斗とのキス、忘れない」


「え、美咲さんと風斗さんがキス!?」


「うん」


「ちょ、ちょっと由香里さん! あれは成り行きですから……!」


 美咲の顔が赤く染まる。


「詳しく知りたいですねー! 詳しく! 詳しく!」


 琴子はニヤニヤして大興奮。

 多くの女子と同じくこの手の話が好きみたいだ。

 だが、これ以上の脱線は不要だ。


「待て待て、雑談はその辺にしろ」


「えー! 風斗さん、ここでストップはずるいですよー! 私だけ仲間はずれじゃないですかー!」


「そうじゃない。知りたいなら後でいくらでも話してやる。それよりイエス・ノーを進めるぞ」


「もしかして問題を閃いたのですかな!?」


「ああ、そうだ」


 皆でキャンプをしようと話している時に閃いた。

 きっかけは由香里の「私は風斗と一緒に寝る」発言だ。

 そのことは伏せたまま俺は話を進めた。


「では問題を出すぞ」


 三人が真剣な表情で俺を見る。


「実は私は――」


 ゴクリ。

 誰かの唾を飲み込む音が聞こえる。


「――童貞もしくは処女である」


 皆の目がカッと開いた。

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