107 報復のリスク

「アロテで〈ハッカーズ〉みたいな強姦が横行しているの」


 麻衣はスマホを渡してきた。

 個別チャットのやり取りが表示されている。

 相手は〈アローテール〉に所属する女子のようだ。

 ハッカーズ粛正の件を知り、麻衣に助けてくれと連絡していた。


「これは……」


 そこには矢尾が編み出した夜這い制度の詳細が書かれていた。


「合意の上じゃないとダメって書いているけど、こんなのどう見ても建前でしょ?」


「ああ、そうだな……」


 〈アローテール〉の夜這いにはルールが設けられていた。

 時間は18時から24時までと決まっていて、合意の上でなければならない。

 相手が合意していない場合は不成立――つまり強姦は認めていない。


 それでも強姦が起きた場合はどうするか。


 まず、被害に遭った女子が矢尾か吉岡に報告する。

 報告期限は翌日までと短い。


 報告を受けたら、合意の有無について検証が行われる。

 それで強姦だと認められた場合は被疑者の男子に1ストライク。

 3ストライクでアウト、追放処分になる。


 一発アウトでない点をはじめ、既に何カ所か気になる。

 しかし、一番の問題は検証方法にあった。


 検証は実際の映像を確認するというもの。

 矢尾や吉岡だけでなく全てのメンバーで行う。

 その後、多数決で合意の有無を判定する。


 検証の都合があるので、夜這いの際は撮影が義務づけられている。

 撮影していない場合は無条件で合意がなかったと認定される決まりだ。


「皆に映像を観られるんだよ! こんな仕組みじゃ被害を受けても報告できないじゃん! もしかしたら毒嶋みたいにグルチャでばら撒くかもしれないし!」


 憤る麻衣。

 怒りで声が大きくなっている。


「本当にその通りだよ。これは酷い」


 不本意な映像を皆に観られるなど耐えがたいものだ。

 麻衣に相談した女子曰く、大半が泣き寝入りしているという。


 中には勇気を出して被害を報告した女子もいる。

 しかし、結果は変わらなかった。

 検証後の多数決で「合意があった」と認定されるから。


 〈アローテール〉は男子が過半数のギルドだ。

 その男子が内容に問わず結託して「合意あり」と投票する。

 故に、今まで強姦認定されたケースはただの一件もない。


 これが矢尾の考案した夜這い制度の真実だ。


「この制度があったから矢尾はマスターになれたんだな」


「どういうこと?」


 首を傾げる麻衣。


「ずっと謎だったんだよ。陰キャでいじめられっ子だった矢尾がどうして選挙で勝てたのか」


「選挙で矢尾に投票した男子は最初からこれが目当てだったってこと?」


「そうだろう」


「酷い! クズばっかりじゃん!」


「誤解していそうだから言うが、全員が全員、女を犯したくて矢尾に投票したってわけではないと思うぞ」


「違うの?」


「合意の上で楽しく過ごせるなら……と支持した奴もいたはずだ。というか、おそらく大半がそうだったんだと思う。実際、最初の頃は制度を悪用する奴なんていなかったと個別チャットにも書いているし」


 夜這い制度は矢尾のマスター就任から間もなく始まった。

 しかし、強姦が横行するようになったのはここ最近の話だ。


「そうかもしれないけど、このままじゃまずいっしょ!」


「吉岡と話してみよう」


 俺は吉岡に通話を掛けて改善を求めることにした。

 まずは強姦が横行している実態を把握しているか確かめる。


『漆田、何を言っているんだ? 強姦なんて起きていないぞ』


 否定する吉岡。

 実に白々しい口ぶりだった。

 本当は把握しているのだろう。


「しらを切り通すつもりか?」


『…………』


 黙る吉岡。


「何とか言ったらどうなんだ」


『仮に漆田の言う通り強姦が起きているとして……それが何か問題か?』


「開き直るつもりかよ」


『開き直るも何も嫌なら抜ければいいだけの話だ。ウチは〈ハッカーズ〉のようにスマホを没収しているわけではない。脱退金さえ払えば自由に抜けられる。もちろん脱退金の額も現実的なものだ。払おうと思えば誰でも払える』


「ふざけたことを言うなよ。脱退なんてしたら動画をばら撒かれるかもしれないだろ。それが怖くて抜けられないんだよ、女子は」


『そうはならない。撮影した動画を他人に送信することは禁止しているからな。発覚すれば一発アウトで追放だ』


「それを信用することなんてできないだろ。現に強姦があっても多数決で合意があったことにされているんだぞ」


『信用できないと言われても困る』


 ははっ、と笑う吉岡。


「どうやら改善する気はないようだな?」


『ああ、そうだ。夜這い制度自体はいいガス抜きになっているから今後も続ける。俺から言えるのは嫌なら抜けろってことだけだ』


「見損なったぞ」


『見損なわれるほどの仲ではない。むしろ首を突っ込んでくるなよ。他人のギルドに意見を申し立てるなんて、お前はいったい何様のつもりなんだ』


「話にならんな」


 こうして吉岡との通話が終わった。


「風斗、どうするの? 相手は反省していないようだけど」


 俺はすぐに答えず、何分か考えた。

 そして――。


「嫌なら抜けろ、という吉岡の言い分は一理ある」


「いやいや、なに言っているのさ!」


 麻衣が睨んでくる。


「動画が残ったままなのは辛いが、吉岡に改善の意思がない以上、女子は泣き寝入りするか脱退するしかないだろう。ギルドマスターを交代させようにも選挙ではどうやっても勝てないし」


「どうにかできないの? 〈ハッカーズ〉の時みたいに」


「難しいな。同じ作戦は通用しないし。あと、吉岡も言っていたが他人のギルドに意見を申し立てるのはどうかと思うんだよ。俺達だって他所から方針にケチをつけられたら嫌だろ?」


「それはそうだけど、アロテのやっていることは酷いでしょ」


「酷いよ。絶対に間違っている。許せないとも思う。でも、ハッカーズの時と違って女子には選択肢がある」


「言っていることは分かるけどさぁ……」


 麻衣は納得できないようだ。


「風斗、今回はなんか及び腰じゃない?」


「そりゃ及び腰になるよ」


「なんで?」


「報復のリスクがあるからな」


「報復って?」


「〈ハッカーズ〉の件で俺達がしたように、アロテの連中が防壁のない時間を狙って妨害してくるかもしれない」


「ああ、たしかに……」


「それに今回は〈サイエンス〉に協力を仰ぐのが難しい。にもかかわらず、アロテの人数は〈ハッカーズ〉より多い。拠点の周囲が開けたサバンナ地帯ということも考慮すると、奇襲を仕掛けてもまず失敗するだろう」


「どうにもできないわけかぁ」


「人間同士の争いになったら俺達は最弱だからな。〈ハッカーズ〉の件では大々的に動いたが、基本的には目立たないよう大人しくしておくべきなんだ」


「そっか……」


「おそらく今後も各ギルドで問題が起きるだろう。〈ハッカーズ〉くらい酷かったら話は別だが、基本的には何もできないしする気もない。何かするだけの力がないからね。俺達みたいなザコでは世界の警察になれない」


「分かった」


「力になれなくてすまんな」


「ううん、私こそごめん。深く考えたら風斗の言う通りだと思う」


 麻衣は立ち上がり、部屋を出て行った。


「ふぅ」


 先程まで麻衣が座っていたソファに腰を下ろす。


「思ったより遅かったが……いよいよ狂ってきたな」


 〈ハッカーズ〉や〈アローテール〉の件は始まりに過ぎない。

 今後は同様の問題が増えるだろう。

 上手く立ち回らなければ俺達にも害が及ぶかもしれない。


 ◇


 徘徊者戦の時間になった。

 新メンバーの琴子にも参加してもらう。


「徘徊者戦に参加するの久しぶりです! ちょっと楽しみですかな!」


「ま、軽い気持ちで臨んでくれ」


「いやいや! 戦うからにはMVPを目指しますとも! MVP!」


 皆で南門から打って出て待機する。

 美咲の料理を食べているので負ける気がしない。


 そして、深夜2時00分――。


「「「グォオオオオオオオオオオオ!」」」


 親の顔より見た徘徊者の群れが登場。


「お姉さんに続けー!」


 臆することなく突っ込む涼子。

 俺とロボ、タロウとジロウも続く。


「二つに増えたサブスキルを有効活用させてもらうぜ」


 まずは〈オートシールド〉で周囲に盾を召喚。

 5枚の盾で身を守ったら〈挑発〉で敵を引き付ける。


「涼子!」


「ほいさ! くらえ漆田少年!」


 ロケランの通常攻撃が俺を捉える。

 周囲に群がった徘徊者を一掃した。


「ブゥウウウウウ!」


 タロウとロボが両隣を駆け抜けていく。

 ゴリラのジロウは〈フンガーストライク〉で援護。


「私達も戦うよー! 由香里!」


「もちろん」


 麻衣がライフルをぶっ放し、由香里が矢を放つ。


「私も戦いますとも!」


 琴子はタブレットのメインスキルを発動。

 俺達の近くに弓兵が召喚された。


「フンッ!」


 弓兵が矢を放つ。

 由香里に比べると撃つまでの間隔が長い。

 ただ威力は申し分なくて、ノーマルタイプの敵を一撃で仕留めた。


「メインスキルにしては地味だな」


「そう思うのも最初だけですよ!」


 琴子は「ふっふっふ」と笑って追加の弓兵を召喚。

 先程の召喚から10秒すら経っていない。


「この〈アーチャー召喚〉はなんとCT5秒なのです!」


「召喚可能数に上限はないのか?」


「ありません!」


「おお!」


 5秒につき1体、つまり1分で12体の弓兵が追加される。

 もっと言えば1時間で720体。


「持久戦向きのスキルか、悪くないな」


 さて、そろそろ俺も暴れるとしよう。


「おらぁ!」


 迫り来る徘徊者に刀を振るう。

 いつも通り一太刀で殺せたが――。


「これまでよりも硬くなったか?」


 なんだか敵が硬く感じた。


「そんなことないぞ! 漆田少年、お疲れかい?」


 涼子は通常武器の薙刀でサクサクと敵を倒している。

 その様子を見ていると、たしかに敵が硬くなったようには見えない。


「私も硬くなったと思うよ! 今までよりしぶとい気がする!」


 麻衣が言った。


「私は変わりないと思いますが……」


「私も違いが分からない」


 美咲と由香里は問題ないようだ。


「すると俺と麻衣だけが硬く感じるのか」


 何か理由があるはずだ。

 ――と思った数秒後に気づいた。


「アビリティが原因だな」


「どういうことだい? 漆田少年」


「俺と麻衣は〈徘徊者特攻〉を取っていないんだ」


 【戦士】のレベルが30になると発動する追加効果。

 ――それが〈徘徊者特攻〉だ。

 効果は「徘徊者に与えるダメージを増加する」というもの。


「体感で分かる程度の差があるし、ペットで戦う燈花以外は〈徘徊特攻〉の習得を義務づけるとしよう」


「琴子も覚えなくていいんじゃない? 弓兵は今でも一撃で敵を倒すし」


「いえ! 覚えますとも! 私も攻撃に参加するので!」


 琴子はタブレットを地面に置き、スリングショットを召喚した。


「武器を持たないでメインスキルを発動できるのか?」


「ご安心を! 問題ありません!」


 えいやっ、とパチンコ玉を飛ばす琴子。

 飛ばされた弾丸は徘徊者の肩にめり込んだ。


「じゃあ琴子にも〈徘徊者特攻〉を覚えてもらうとして――そろそろゼネラルが来るから警戒しよう」


 俺は前方の暗闇を睨む。


「そういや誰も〈ゼネラル探知〉を覚えていないんだっけ?」と麻衣。


「積極的に挑むわけじゃないからあえて覚える必要もないしな」


「たしかに」


 ゼネラルは待っていると勝手に現れる。

 別に現れなかったらそれはそれで問題ない。


「来たぞ!」


 いつものように暗闇からピンク髪のゼネラル剣士が登場。


「今日こそ勝つぞー! ……って、ちょいちょいちょい! なにあれ!」


 前方を指す麻衣。

 俺達も愕然としていた。


「1体じゃないっすよ!」


「わお! これはとんだサプライズだね漆田少年!」


「やべぇだろ、なんだよこれ」


 現れたピンク髪のゼネラル剣士が1体ではなかった。

 2体? 3体? 違う。

 数十……いや、下手すると100体に及ぼうかという膨大な数だ。

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