104 NPC

 緑一色だった視界が一変した。

 新たな景色は――。


「なんだここ? 酒場か?」


「そのようです!」


 西部劇に出てきそうな酒場サルーンだった。

 木席のテーブル席やカウンター席はどれも年季が入っている。


「飲み物は本物のようです」


 美咲はバーカウンターの酒瓶を確認していた。

 シンクに流した物を手で扇いで匂いを嗅いでいる


「琴子、ダンジョンはどれもこんな感じなのか?」


「いやいや! とんでもございません! ダンジョンは色々なのです! それがいいのです!」


「今回は全てのミッションをクリアすると攻略とのことだったが、ミッションはどうやって進めるんだ?」


「コクーンの〈ダンジョン〉から開始ボタンを押せば即座に始まります! ですが、準備タイムなのでじっくりいきましょう! せっかく時間制限のないダンジョンを引いたわけですし!」


「準備タイム?」


「ミッションを開始するまで安全なのですよ! 私は『準備タイム』と呼んでいまして、この間に周囲を確認したり一服したりします!」


「なるほど」


 琴子からはベテランの風格が漂っていた。

 この一ヶ月間を各地のダンジョン攻略に費やしてきたと豪語するだけある。


 俺は酒場の外へ出ることにした。

 ――が、出入口のドアから先に進めない。

 見えない壁が存在しているのだ。


「プレイヤーの行動範囲は決まっているのです!」


「プレイヤーって俺達のことか?」


「そうです!」


「なんだかゲームみたいな名称だな、プレイヤーとか」


「いやいや! あながち間違っていませんよ風斗さん!」


「そうなのか?」


「体感型ゲームのようなものです! ダンジョンとはまさしく!」


「ほう」


 琴子はクラス武器のタブレットを召喚した。

 酒場の至る所に樽形のトラップを仕掛けている。


「そうか、もうダンジョン内だからクラス武器を出せるのか」


「その通りですとも!」


 ということで、俺と美咲もクラス武器を召喚した。


「こちらは準備できましたぞ! 風斗さんと美咲先生はどうですかな!?」


 罠の設置を終えた琴子。


「俺達も準備完了だ」


「では始めましょうか!」


「できれば琴子についてもう少し知りたいところだが……そうだな、先にミッションを進めてみよう。そっちも興味ある」


「お話は次の準備タイムでするということで! お二方、準備完了ボタンを押してください!」


 俺と美咲は〈ダンジョン〉の準備完了ボタンを押した。

 その瞬間、酒場のど真ん中に二人の男が現れた。

 どちらもテンプレのようなカウボーイだ。


「やぁ! 俺はジョナサン! カウボーイだ!」


 金髪の男が言う。


「俺はボブ! カウボーイだ!」


 次いで赤髪の男が口を開いた。


「なんだあんたら?」


「聞いてくれよ、ボブ、俺はとんでもないものを見ちまったんだよ」


「聞こうじゃないかジョナサン、話してくれ」


 二人は俺の言葉を無視してカウンター席に座った。


「マスター、極上の酒を頼むぜ!」


 ジョナサンがジョッキを掲げるようなジェスチャー。


「マスターとは私のことでしょうか?」


 カウンターテーブルの向こうにいる美咲が尋ねる。


「それでだなボブ、さっきの話の続きだが――」


 俺の時と同じく、二人は美咲の言葉を無視した。


「話しかけても無駄ですよお二方! ジョナサンとボブはNPCです!」


「「NPC?」」


 首を傾げる俺達。


「ノンプレイヤーキャラ……つまりコンピューターですよ! プログラムされた会話しかしません! 私達のことも見えていませんよ!」


 琴子がジョナサンに近づき、彼の顔の前で手を振る。

 しかしジョナサンは気にすることなく会話を続けた。


「本当だ、全く反応しねぇ」


「不思議ですね。私には本物の人間にしか見えません……」


「俺もだ」


 その後もジョナサンとボブは他愛もない話を繰り広げた。

 最初は楽しげだったが、次第に険悪な雰囲気が漂い始める。


「本題に入るがボブ、お前、俺の妻キャスリーンと不倫しているな?」


「うっ」


 ボブが言葉を詰まらせる。


「言い逃れできねぇぜ! 俺はこの目で見たんだ! お前が俺のキャスを――」


 テーブルを叩いて立ち上がるジョナサン。

 その時、出入口のドアが豪快に蹴破られた。


 三人目のNPC、謎の悪党の登場だ。

 黒髪のカウボーイである。


「この酒場は俺達がいただくぜぇ!」


 黒髪の男は扉の外に向かって、「やっちまえ!」と叫ぶ。

 すると、酒場内に大音量の機械音声が響いた。


『ミッション1! ジョナサンとボブを守れ!』


 唐突にミッション開始だ。


「守れって何からだ? 黒髪のカウボーイを倒せばいいのか?」


「その通りですとも!」


 話している間に黒髪の仲間が酒場に雪崩れ込んできた。

 驚いたことに、仲間は人間ではなく骸骨戦士だ。


「「ガンマンをなめんじゃねぇぞ!」」


 ジョナサンとボブは超人的な速さで立ち上がって攻撃開始。

 腰に装備していたピストルをぶっ放し始めた。

 派手な銃声が絶え間なく響く。

 だがそれは見せかけに過ぎず、敵はビクともしていない。

 そもそも弾が出ていなかった。


「実際に戦うのは俺達ってわけか」


 ようやく出番だ。


「私は罠で鈍らせます! 風斗さんと美咲先生は――」


「任せろ」


「援護します! 風斗君!」


 窮屈な酒場で刀を振り回して暴れる。

 骸骨戦士はノーマルタイプの徘徊者よりも弱かった。


「鮮やかなお手並み! 流石です風斗さん!」


「こいつらが弱すぎるんだよ。つーか徘徊者じゃないのにクラス武器の攻撃が通るんだな」


「ダンジョン内の魔物は徘徊者と同じ扱いですよ!」


「なるほど」


 あっという間に黒髪のカウボーイだけになった。


「かくなる上はこの俺が直々に裁きの鉄槌を――」


「うるせぇ、死ね!」


「ぐぇー」


 話している最中の黒髪野郎を真っ二つに斬り捨てた。


『ミッション1、クリア!』


 機械音声が流れる。

 それと同じタイミングでジョナサンとボブが消えた


「これで再び準備タイムかな?」


 返事を待たずに〈ミッション〉を確認。

 案の定、今は準備タイムになっていた。

 戦闘開始から1分足らずでクリアだ。


「思ったより簡単でしたね」


 拍子抜けした様子の美咲。

 俺も同感で、「だな」と頷いた。


「この調子なら楽勝だな、ダンジョン攻略」


「分かりませんよ! 戦闘だけがダンジョンではありませんから!」


「楽しみにしておこう。ま、個人的にはこのくらい簡単のほうが嬉しいけどね。報酬が予想していたよりいいからガンガンクリアしたい」


 このダンジョンの攻略報酬は「サブスキルのセット枠+1」というもの。

 一つしかセットできないサブスキルが二つに増えるのは非常に大きい。


「琴子さん、この島に転移してすぐの頃って、ダンジョンの報酬はどんな物があったのですか?」


 美咲の質問でハッとした。


「たしかにそれは気になるな。クラススキルは少し前に実装されたものだ」


「面白いところに目を付けましたねー! 昔はポイントと経験値ばかりでした! クラス武器やクラススキルの実装とともに報酬も調整されたのです! 報酬の幅が広がったことで楽しさ倍増ですよ!」


「他の報酬ってどんなのがあるんだ? ポイントや経験値以外で」


「コクーンの拡張機能とかですかな!」


「拡張機能って?」


「アビリティと同等の機能を得られるのです! よくあるのは〈地図〉を拡張するものですね! 〈魔物探知〉とか! 〈魚群探知〉とか!」


「琴子は〈ダンジョン探知〉しか覚えていないけど、ダンジョンの攻略報酬で他の探知系アビリティも発動しているわけか」


「そうです! ……と言いたいのですが違います! そういった報酬のダンジョンは難しくて、私一人ではクリアできませんでした! あはは!」


 報酬によって難易度が変わるらしい。


「ダンジョンのことは大体分かった」


「次は私について色々とご質問されますかな!?」


「そうだな。できれば教えてほしい」


「分かりました!」


 俺達はテーブル席に座った。

 辛うじて損壊を免れた運のいい場所だ。


「とりあえず所属ギルドについて教えてもらおうか」


「私は増田先生のギルド〈サイエンス〉に所属しています!」


「じゃあ昨日の救出作戦にも参加していたの?」


「いえ!」


「すると、囚われていた側だったのか……?」


「それも違います! 私は形だけのギルドメンバーなのです!」


「形だけ?」


「在籍しているのですが、基本的には単独で行動しています! ギルドの拠点にも三週間近く顔を出していません!」


「三週間も? どうやって徘徊者戦を凌いでいるんだ?」


「ダンジョンで寝泊まりするんです! このダンジョンもそうですが、準備タイムの制限時間がない場所で夜を明かせば安全なのです!」


「マジかよ、そんな手があったのか」


「意外ですね……」と美咲も驚く。


 目の付け所が面白いと思った。

 見た目からは想像できない性格をしているのもいい。


「琴子、このダンジョンが終わったら――」


「プロポーズですか!? 待ってください風斗さん、流石にそれは!」


「ちげぇよ! 俺達のギルドに来ないかって誘うつもりだったんだよ!」


「おー、そうでしたか! いいですよ! 移籍しましょう!」


「サンキュー。念のため増田先生に話を通しておくよ。〈ハッカーズ〉の件でお世話になったし」


 ということで、俺は増田に個別チャットを送った。

 琴子を誘ったのだが問題ありませんか、と。

 相変わらず増田の返事は早かった。


『加入・脱退は本人の意志に任せているので問題ないよ』


 その返事を琴子と美咲に見せる。

 それからギルド用のグループチャットで皆に話した。

 麻衣たちも「風斗が勧誘した相手なら大歓迎」と快諾する。


「これでダンジョンが終わったら正式にウチのメンバーだ!」


「それは熱いですねー! そういうことならサクッと攻略しますかな!」


「おうよ」


「改めてよろしくお願いいたします、琴子さん。今後、私のことは美咲先生ではなく美咲とお呼び下さいね」


「呼び捨ては恐れ多いので美咲さんと呼びます!」


「分かりました」


「話もまとまったことだし休憩はおしまいだ。次のミッションを始めよう」


 皆で準備完了ボタンを押した。

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