第七章:ダンジョン

102 アビリティ制の導入

 純白の空間――。

 アリィは、上官のクロードから叱責を受けていた。


「どうして漆田風斗の言葉に耳を傾けたんだ?」


 クロードの背後には巨大モニターが浮かんでいる。

 そこには、数時間前の戦闘の模様が映し出されていた。

 ゼネラルタイプの徘徊者が風斗たちを素通りさせるシーンだ。


「漆田風斗の言い分はもっともだと思った。人間同士で争うのは私達の目的に反している。そうでしょ? クロード」


「たしかにそうだが、お前は相手の言葉に耳を貸した」


「でも返事はしていない。言葉を発していないから違反ではないはず」


「いいや、これは立派な違反だ。お前のしたことは明らかに地球人とのコミュニケーションに該当する。言葉の有無は関係ない。不満なら――」


「分かった。認める。クロードが正しい。私は規則を破った」


 クロードの言葉を遮るアリィ。

 彼女は間を置かずに尋ねた。


「それで、私の処分はどうなるの?」


「一度目の違反だから無期限の謹慎だ。俺が許可するまで待機していろ」


「分かった。私の代わりはどうするの?」


「とりあえず今日はガコピー体で済ませて、明日以降は別の者が引き継ぐ」


「じゃあ私はもう漆田風斗は担当できないの?」


「そうだ。どうやらお前は漆田風斗に肩入れしているようだからな」


「肩入れはしていない。特異体だから興味があるだけ」


「なんだっていい。とにかく今後は別のギルドを担当してもらう」


「……そう」


「話は以上だ。下がっていいぞ」


「分かった」


 アリィは無表情でその場をあとにした。


 ★★★★★


 転移30日目の朝が始まった。


「この島での生活が始まって1ヶ月か、あっという間だったな」


 寝起きの小便を済ませ、顔を洗って食堂に向かう。


『おはようございます、風斗君』


『おはよう、風斗』


 食堂に備え付けてあるモニターから声がする。

 美咲と由香里は厨房で朝食作りに励んでいた。


「二人は早起きだな」


『というより、皆が遅いの』


「ははは、それもそうだな」


 時刻は9時30分を過ぎたところ。

 多くの社会人は労働に精を出しているだろう。


 俺はソファに座り、テレビをつけた。

 終わりかけのニュース番組が天気予報を伝えている。

 今日の日本は全国的に今年一番の猛暑とのこと。

 夏真っ盛りの8月11日なので驚かなかった。


「どこもかしこも最高気温35度超えとかやべーな」


 これは独り言だ。

 だが、マイクが声を拾ったようで、厨房の美咲から返事があった。


「熱中症に要注意ですね」


「日本には劣るがこの島も暑いし、俺達も他人事じゃないかもなぁ」


 適当に話を流してスマホを触る。

 グループチャットの状況を確認した。


 案の定、〈ハッカーズ〉の面々はボコボコにされたようだ。

 増田の説得で死は免れたようだが、それがかえって地獄だった。


 毒嶋や彼の仲間は何度も半殺しにされたのだ。

 死ぬ寸前まで痛めつけられると万能薬を飲まされ、回復したらまた袋叩き。


 ひたすらその繰り返しだ。

 囚われていた連中が疲れ果てるまで延々と続いた。


「俺が毒嶋の立場なら途中で舌を噛んで自殺していたかもな……」


『何か言った?』と由香里。


 俺は「いや、何でも」と流した。


「とにかく〈ハッカーズ〉の件は完全に解決だな」


 増田がグループチャットに投稿した顛末を読む。

 囚われていた連中はほぼ全員が〈サイエンス〉に吸収された。

 畜生行為に及んだ〈ハッカーズ〉のメンバー約30人はそのままだ。

 毒嶋がグループチャットにアップした動画は削除されている。

 もう〈ハッカーズ〉が悪さを働くことはないだろう。


「おはよーっす!」


 燈花が食堂にやってきた。

 サイのタロウとオコジョのコロクも一緒だ。


「おふぁよぉ……」


「やっほい諸君! 朝ご飯の時間だぞ!」


 眠そうな麻衣と元気はつらつの涼子も登場。

 涼子は何故かゴリラのジロウにお姫様抱っこをされていた。


「モォー♪」


 ウシ君が散歩から戻って全員が揃った。

 賑やかな朝食の始まりだ。


 ◇


 朝ご飯を食べ始めてすぐの頃だった。


 ピロロン♪


 全員のスマホが一斉に鳴った。

 開くまでもなく何かしらの通知だと分かる。


「やれやれ、今度は何なんだ?」


「何気に久しぶりじゃない?」と麻衣。


「そういえばここしばらくは静かだったな」


 食事を中断し、皆でスマホを確認する。

 通知のタイトルは『ステータスの仕様変更について』だった。

 この通知が出た瞬間から仕様が変わったらしい。


 それに伴いステータスの表記が簡素化された。

 これまでのステータスは次の通り。


======================================

【名 前】漆田 風斗

【クラス】

・レベル:41

・武 器:刀

【スキル】

・狩人:14

・漁師:37

・細工師:16

・戦士:41

・料理人:1

・調教師:20

=======================================


 これが簡素化されて――。


=======================================

【名 前】漆田 風斗

【レベル】41

【クラス】刀

【アビリティ】

=======================================


 こうなった。


 【狩人】やら何やらといったスキル名が消滅。

 レベルという一つの項目に統一されることとなった。

 レベルは一番高いスキルレベルが適用されるとのこと。


「特定の作業にこだわる必要がなくなったのは嬉しいな」


 今後はどの作業でも同じレベル補正が適用される。

 例えば俺が料理を作っても、獲得ポイントに+410%の補正がかかるわけだ。

 この変更自体は手放しで喜んでいいだろう。


 だが、しかし――。


「アビリティの数が減るから実質的には弱体化っすよね」


 燈花の言葉に、「まぁな」と同意する。


 アビリティとはスキルの追加効果のこと。

 今までは10レベルごとに自動で発動されていた。


 今後はアビリティポイントを割り振って任意で習得していく。

 アビリティポイントは10レベルごとに1pt付与される。

 この仕様変更に伴い、習得していたアビリティが初期化された。


 燈花が問題視しているのはアビリティポイントの少なさだ。

 新たな仕様だと、レベル41の俺が習得できるアビリティは4個のみ。


 仕様変更前、俺は計11個のアビリティを習得していた。

 それが4個になるのだから大幅減である。

 アビリティは強力なものが多いため、燈花の不満は当然だ。

 今回の仕様変更は、メリットよりデメリットのほうが大きい。


「それもだけどさぁ! なんで私と涼子が1レベルしか変わらないのよ! こんなの理不尽じゃん! 理不尽! 不平等!」


 不満を言ったのは麻衣だ。

 仕様変更により、彼女のレベルは35になった。

 【料理人】と【戦士】が35にだったからだ。


 一方、涼子のレベルは34。

 【戦士】が34だったため、それが適用された形である。

 しかし彼女の場合、その次に高いのは【狩人】の22だった。


「得する者もいれば損する者もいる! そういうこともあるさ麻衣タロー!」


 がっはっは、と笑う涼子。


「とりあえずアビリティを習得していこう。基本的には好きに選んでくれていいけど、二人ほど〈魚群探知〉を取ってもらえると嬉しい。メインの収入源が漁だから、俺を含めて最低三人は魚群の場所を把握できることが望ましい」


「別に風斗だけでよくない? チャットで座標を共有すればいいじゃん」


 麻衣が俺を見る。


「俺もそう思うが念のためにな。仕様が変わって座標が分からなくなったり、俺の身に何か起きたりする可能性もある」


「そういうことなら私も取っておくよー」


「お姉さんも協力しよう!」


 麻衣と涼子が〈魚群探知〉を習得してくれるようだ。

 これで今後も安定して漁で稼ぐことができる。


「アビリティの習得完了っすよー!」


「お姉さんも終わったぜぃ!」


「私も終わりました」


 女性陣が続々とアビリティの習得を終えていく。

 そんな中、俺は4つ目のアビリティで悩んでいた。


 気になるアビリティがある。

 だが、効果の程度が分からないので躊躇っていた。

 もしかしたら酷いゴミアビリティかもしれない。


「風斗、まだー?」


「早くしないとご飯が冷めちゃうっすよー」


 麻衣と燈花が言った。

 女性陣は俺を待っているようだ。


(好奇心には勝てん! ええい、ままよ!)


 ポチッとタップして、俺もアビリティの習得を終えた。


「これで全員がアビリティを習得したね? 見せ合おうよ!」


「ご飯のあとでな」


 ということで、俺達は朝食を堪能した。

 思いのほか時間を費やしたことで冷めてしまっている。

 それでも文句なしに美味いのだから流石だ。


「「「ごちそうさまでした!」」」


 朝食が終わり、いよいよアビリティの公開タイム。


「〈ステータス〉を開いたらテーブルにスマホを置いてね!」


 麻衣の指示に従う。

 全員のスマホがテーブルに並んだら一つずつ確認していった。


=======================================

【名 前】夏目 麻衣

【レベル】35

【クラス】アサルトライフル

【アビリティ】

・魚群探知

・料理強化

・料理強化②

=======================================


 麻衣は〈魚群探知〉の他に料理系を二つ。

 〈料理強化〉はどちらも料理に特殊効果を付与するものだ。

 前の仕様だと【料理人】のレベルが20と30で発動していた。


「自由度が増してもアビリティの数が少ないと冒険できないよなぁ」


「そーなんだよねー」


 麻衣のアビリティは3つとも前の仕様でも習得していたもの。

 つまり彼女は、仕様変更によって純粋にアビリティの数が減っていた。

 これは他のメンバーも同様だ。


=======================================

【名 前】高原 美咲

【レベル】46

【クラス】ロッド

【アビリティ】

・料理強化

・料理強化②

・料理効果延長

・徘徊者特攻

=======================================


=======================================

【名 前】弓場 由香里

【レベル】39

【クラス】自動戦闘ロボット

【アビリティ】

・魔物特攻

・徘徊者特攻

・ペット行動範囲拡大

=======================================


=======================================

【名 前】牛塚 燈花

【レベル】49

【クラス】指揮棒

【アビリティ】

・ペット行動範囲拡大

・ペット餌代割引

・ペット強化

・ペット強化②

=======================================


=======================================

【名 前】小野崎 涼子

【レベル】34

【クラス】ロケットランチャー

【アビリティ】

・魚群探知

・製作物管理

・徘徊者特攻

=======================================


 天真爛漫で破天荒な涼子ですら普通のアビリティ構成だ。

 ちなみに〈製作物管理〉とは、製作物の収納・召喚を可能にする能力のこと。

 前の仕様だと【細工師】レベル10で使用可能になっていた。


「最後は風斗のステータスだね」


「悩んだ末に何を取ったのか見物っすねー!」


「漆田少年のことだから面白いものを習得しているはずだ!」


「面白いかは分からないが、好奇心に負けて変わり種を一つ取ったぜ」


 ということで、皆で俺のステータスを確認した。

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