101 第六章 エピローグ

 手島がホテルに来た日をもって里奈の事情聴取は終了した。

 手島の計らいで刑事は引き揚げ、マスコミや週刊誌もだんまり。

 ホテルから解放され、里奈は自由になった。


 しかし、この自由は無条件で手に入れたものではない。

 手島は里奈にある条件を出していた。

 その条件とは、「手島に協力すること」というもの。


 手島は自身の巻き込まれた謎の転移について調べていた。

 そのために手島重工の最先端技術を惜しみなく投じている。

 里奈にはその手伝いをしてほしいとのことだった。


 里奈が最初に求められたのは説明だ。

 島でのことを事細かに話し、紙にまとめる。

 警察の事情聴取と大差ないが、説明は一度で済んだ。


 次に手島重工の研究所で精密検査を受けさせられた。

 これも帰還した日に病院で受けたものと大差ない。

 ただし検査項目は病院よりも多くて、いくつかは里奈の知らないものだった。


 それから数日が経った8月10日。

 息が苦しくなるほどの猛暑の中、里奈は海の上にいた。

 手島の要請に従って手島重工の特殊作業船に乗っている。

 船は駿河湾を航行していた。


(ここから動くなって言われたけど……)


 周囲を見渡す里奈。

 大勢の研究員が巨大な甲板の上を行き来している。

 彼女のイメージする船員とはまるでかけ離れた姿をしていた。


「よしよし、俺の言いつけを守って大人しくしているな」


 棒立ちの里奈に手島が近づいてくる。

 その後ろにはボディーガードの男も一緒だ。


 彼の名前がとうまことであることを、里奈は今日知った。

 左手の薬指がフリーなのを見て逆ナンを試みたからだ。


「手島さん、私は何をすれば?」


 里奈はチラッと武藤を見る。

 武藤も彼女を見ていて、両者の目が合う。

 ――が、すぐに武藤が目を逸らした。


(顔はちょっと私好みではないけど、パーツは悪くないしもう少し眉を整えたら絶対にイケメン! 女慣れしていないようだし、武藤さんなら落とせるかも!)


 脳内でバラ色の新婚生活を思い描く里奈。

 既に子供の名前まで考え始めていた。


「場所を確認したくてね」


 手島がタブレット端末を里奈に見せる。

 画面にはゴーグルマップが表示されていた。


「君のいた島は此処であっているか?」


「あっていますよ! でも、もうちょっと北です! ここだと島の南の海だと思います!」


「なるほど。ならここで問題ないな」


「問題ない?」


 首を傾げる里奈。

 しかし手島は答えず、近くの研究員に声を掛ける。


 その研究員が妙な機械を持ってきた。

 里奈にはそれがトランシーバーに見えた。


「その機械は?」


「計測器さ」


 手島は機械を手に取り、真剣な表情で画面を眺めている。


「たしかにこの辺りは数値が異常だな」


「数値って?」


「気になるか?」


「そりゃここまで連れてこられたんだから気になりますよ。武藤さんもそう思いますよね?」


「…………」


 武藤は何も言わない。


「先に言っておくが、真を口説き落とすのは無理だと思うぞ」


「やってみないと分からないじゃないですか! ほら私、なかなか可愛いし!」


「それは認めるが真のタイプじゃないからな。重村しげむらのほうが似合いそうだ」


「えー、重村さんかぁ」


「えーって、知らないだろ」


「えへへ。それで重村さんって? イケメンですか? 年収はどのくらい?」


「重村は俺達の仲間で、鳴動高校集団失踪事件の被害者さ」


「それより顔と年収ですよ! 顔と年収!」


 手島は「ふっ」と笑う。

 武藤も微かながら頬を緩めた。


「じゃあ二択だ。計測器か重村の話、どっちが聞きたい?」


「両方聞きたいのに!」


「時間がないから一つだけ答えてやろう」


 里奈は首筋を流れる汗を拭いながら答えを出した。


「じゃあ計測器について教えて下さい!」


「重村を選ぶと思ったが……まぁいい、なら教えてやろう。この計測器は我が手島重工未来開発部が作った特殊なもので、俺が発見した手島祐治係数、略してTY値を計測しているのだ」


「数値に自分の名前を付けるって……」


「何か?」


 手島が里奈を睨む。


「い、いえ、何でもありません! それで、そのTY値が異常だったんですよね? そのことが分かったらどうなるんですか?」


「要するにこの場所は普通に見えて普通ではないってことさ。君の過ごしていた島がこの辺りにあるのは間違いないだろう」


「そんなことが分かるとは……すごい!」


「ふっ、手島重工の技術力は伊達ではないからな」


「でも、島があるからってどうだって言うんですか?」


「分かってないなぁ」


「分かりませんよ! だって私、ただのJKなんだもん!」


 それもそうか、と納得する手島。


「難しい話は端折ってただのJKにも分かるように言うとだな、もう少し頑張ってアレコレすれば島に干渉できるかもしれないってことだ」


「島に干渉? え、それって、もしかして……!」


 手島は「その通り」とニヤリ。


「隔絶世界――君が先日まで過ごしていた無人島に侵入するのさ」

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