100 毒嶋の真相

 〈サイエンス〉の連中に防衛を任せ、毒嶋を締め上げることにした。


「そもそもお前は本当に帰還の方法を知っているのか?」


「あ、ああ、知ってる! 知っているよ! 証拠も見せる! だから許してください! お願いします!」


 額を地面に擦りつけて懇願する毒嶋。

 彼の周りには200人を超える殺気だった連中が蠢いている。

 奴に騙されて囚われていた者たちだ。


「どうせ嘘だろ! 殺しちまえ!」


「そうよ! こいつらは人間じゃない! 人の皮を被った悪魔よ!」


「殺せ! 殺せ! 殺せ!」


 場が「殺せ」コールに包まれる。

 まるで一触即発の事態。

 彼らが暴走すると止める術がない。


「待て! 気持ちは分かるが待ってくれ!」


 俺は両手を上げて場の収拾を図る。


「毒嶋は証拠を見せると言っているんだ。少なくともそれを確かめるまでは手を出すべきではない。ここでこいつらを殺せばその方法は分からなくなるぞ。そうだろ?」


「そうだけど……こいつらのしたことは許せねぇんだよ……」


 男子の一人が悔しそうに言う。

 怒りのあまり涙目になっていた。


「分かっているさ。俺も見た。でも今は待ってくれ。ここで理性を保てずに暴走したらこいつらと同じだぞ! 俺達に助けてもらった恩があるだろ? 恩返しだと思って今は冷静に待ってくれ!」


 ここまで言ってようやく場が落ち着いた。


「さぁ毒嶋、証拠とやらを見せてもらおうか」


「じゃ、じゃあ、まずは手錠を外してくれ」


「いいだろう。こちらもそのつもりだった」


 足枷はまだ外さない。


「これでいいな?」


 手錠を外して確認する。

 毒嶋は頷き、スマホを取り出した。


「この期に及んで何かする気かな?」


 増田が尋ねると、毒嶋は慌てて首を振った。


「拠点の入場条件を『誰でも』に変更するんです!」


 毒嶋は俺達に画面を見せた状態でスマホを操作。

 言葉通り防壁の状態を変更した。


「たしかに変更したようだね」


 増田が確かめる。

 3時を過ぎているが問題なく中に入れた。


「さぁ証拠を見せろ」


「証拠は拠点の中、パソコンに保存してるんだ」


「ではスマホを預かるとしよう」


 俺は毒嶋からスマホを没収。

 これで防壁の設定を後から変えることはできない。


「行こうか」


 足枷を外して毒嶋に案内させる。

 中に入るのは俺と増田だけで、後はその場に待機させた。


 ◇


 毒嶋は自身の部屋に俺達を通した。


 部屋の角に大きなPCデスクがある。

 PCは1台だが、モニターは6枚もあった。


 反対側の角にはキングサイズのベッド。

 その周囲には無数のビデオカメラが設置していた。

 ベッドの上にはアダルトグッズが転がっている。

 彼の性癖が垣間見えた。


「前にグループチャットで帰還の方法について話したのは覚えているか?」


 パソコンを操作する毒嶋。

 俺と増田は彼の背後に立ってモニターを見る。


「警察のデータベースにハッキングして云々ってやつか?」


「そう。鳴動高校集団失踪事件の三組目が二組目までとは違う方法で帰還したって話だけど、あれは本当なんだ。これがその証拠さ」


 毒嶋が音声データを再生する。

 聴取を受けているのは鳴動高校の生徒だ。

 当時三年の男子で、最初に彼が名乗り、次に刑事が言った。


『どうせ謎の島から船で戻ったとでも言うのだろう』


 馬鹿にしたような話し方をしている。

 信じていないのだろう。


『違うって! たしかに俺達は謎の島にいたよ! 気が付いたら島にいて、なんかスマホに変なアプリが入っていて、それを使ってずっと生きてたんだ! でも船で戻ってなんかいないって! そもそも俺、戻りたくなかったし!』


 聴取を受けている男子は島が気に入っていたそうだ。


『ならどうして戻ってきた?』


 俺の思ったことを刑事が尋ねた。


『昨日も別の刑事さんに言ったけど、戻りたくて戻ったんじゃないんだって! 急に意識が飛んでさ、気が付いたら戻っていたんだよ!』


 その後も男子生徒は同じような話を繰り返していた。


「と、こういうことさ」


 毒嶋が音声を止める。


「こういうことって、もしかして……」


「待ってたら勝手に戻されるってことだ」


 何もしないで待機するだけ。

 それが毒嶋の言う「帰還の方法」だった。


「つまり毒嶋君に何かしらの策があるわけではないと?」


「うん、何もないよ」


 飄々と言い放つ毒嶋。


「そうか」


 増田は会話を切り上げて部屋から出て行った。

 興味が失せたようだ。


「漆田は他に質問ある?」


「ない……と言いたいが、一つある」


「何でも答えるよ。その代わり外の奴等から守ってくれ。全面的に協力するから頼むよ。このままだと俺、本当に殺されちまう」


 俺は何も考えずに「分かっているって」と流した。


「質問だけど、どうしてこんなことをしようと思ったんだ?」


「こんなこと?」


「男を檻にぶち込んで女子を性奴隷にしただろ」


「ああ」


「あれはお前のアイデアなんだろ? ギルドマスターだし、明らかにお前がこのギルドを仕切っている」


「たしかに俺が考えた」


「どうしてそんなことを閃いたんだ? 前々からそういう願望があったのか? 女を性奴隷にして侍らせたいみたいな変態欲求がさ」


「変なところに注目するんだな」


「だっておかしいからな」


「おかしい? 何が?」


「お前は待っていると日本に戻れると思っている。そうだろ?」


「ああ、そうだ」


「なら悪いことはしないで大人しくしているはずだろ、普通は。ここまでのことをしでかせば、日本に戻った時に警察沙汰を免れない」


 毒嶋は「かもなぁ」と気の抜けた返事。


「なのにお前やお前の仲間は平然と蛮行に及んだ。まるで戻った後のことなど恐れていないかのように」


「戻る前に皆殺しにすれば問題ないんじゃ? それなら筋が通るだろ?」


 俺は「いや」と即座に否定した。


「それだったら檻の中に男を閉じ込める理由がない。徘徊者戦に使うわけでもないんだしさっさと殺せばいい」


「たしかに」


「しかも檻の中の連中は痩せ細っていなかった。服を剥がれただけで食糧はしっかり与えていたわけだ」


「……」


 黙る毒嶋。


「すると日本に戻ったら刑務所に入って罪を償うつもりだったのか? いや、ありえない。たとえお前がそういった殊勝な心意気だったとしても、お前に従っていた連中までそうとは限らない」


「……漆田って鋭いんだな」


「さぁな。それより納得いく説明をしてもらおうか」


「分かったよ」


 毒嶋は別の音声データを開いた。

 それも事情聴取の模様だが、今度は女子生徒だ。


『島の存在を信じる信じないなんてどうでもいいんです! 信じたくなければそれでいいし、洗脳されていると思っているならそう思ったままでいてください! でも、彼らのことは逮捕してください! 私らはレイプされたんですよ! おかしいじゃないですか、レイプ犯を野放しにするなんて!』


 女子生徒は涙声で訴えていた。


「これは?」


「察しのいい漆田なら分かるだろ。鳴動高校集団失踪事件でも同じようなことが行われていたんだ。さっき増田先生がいる時に再生した男子の聴取があったろ、アイツは島で好き放題にレイプしていた連中の一味さ。もちろん本人はそう言わないが、被害者が名前を言ってるから間違いない」


「女子の聴取内容からすると、レイプ犯は裁かれていないのか」


「そうさ。島でのことはお咎めなしだ」


「どうしてだ? 証拠がなかったのか?」


「証拠は大量にあった。何人かの女子はレイプ犯の子を孕んでいたし。でも、日本で起きたことじゃないから関係ないってのが警察の見解だ」


「そんなことがありえるのか」


「ありえるんだよ、実際に。漆田は犯罪者が裁かれる流れを知っているか?」


「いや、詳しくは……。裁判所で有罪判決を受けるってことくらいだな」


 毒嶋は「そう、それだよ」と語気を強めた。


「検察が起訴して、刑事裁判があって、裁判官が有罪判決を下して、そこで初めて犯罪者は裁かれる。仮に誰かを殺したとしても、検察が起訴しなければ前科すらつかないんだ」


「つまり何が言いたいんだ?」


「検察が起訴した場合、ほぼ確実に有罪だと言われている。逆に言うと、検察は勝てる裁判しかしないんだ」


「島の犯罪は訴えても勝てないってことか?」


「そうさ。裁判になったら島での犯罪を証明するのは検察の仕事だ。何月何日にどこでどういう事件があったかってのを正確に証明しなければならない。でも、日本から島に侵入することはできないだろ」


「島の存在自体を証明できないのだから、島で起きた犯罪を証明することもできないというわけか」


「そう。で、起訴しても勝ち目がないので検察は起訴しない。不起訴になったら裁判に発展するまでもなく無罪確定だ」


「酷いな……。被害者は泣き寝入りだ」


「ああ、その通りさ。事情聴取の音声データにはそういった話も含まれていてね、それで俺達も好き放題にしたんだ。漆田だって何をしても捕まらないなら、今とは違う振る舞いをするだろ? むかつく奴の家に火を放つとかさ」


「まぁ言いたいことは理解できる。ところで、罪に問われない確信がありながら檻の中の連中を殺さなかったのはどうしてだ?」


「俺が言うのもなんだけど、人を殺すのは一線を越えていると思うんだ。それに、あいつらに見せつけるのは気持ちいいんだよね。オスの本能が満たされるっていうかさ、そんな感じがするんだ」


「……やっぱりお前たちってクズだな。許せねぇよ」


「法や秩序の存在しない世界じゃ俺たちみたいなのが普通だと思うけどなぁ」


「毒嶋、おまえ全く反省していないようだな?」


「そ、そんなことないって! 今後はこんなこと絶対にしないから! 大人しくするから許してくれよ」


 両手を上げて降参のポーズをする毒嶋。


「ま、そうだな。二度とこういうことはするなよ」


「分かっているよ。これで話は済んだだろ? 外に戻ろうぜ。俺はもう悪いことをしないし、なんだって協力する。必要なら皆から奪ったポイントも返す。だから命だけは助けてくれ」


「ああ、分かっているさ」


 毒嶋と一緒に外へ向かう。


「遅かったから心配したじゃん!」


 拠点の外には皆が揃っていた。

 いつの間にか4時になっていたようで徘徊者が消えている。


「帰還の方法について増田先生から聞いたっすよ!」


 燈花がグッと親指を立たせる。


「なら俺から話すことは特にないな」


 俺は皆の前で毒嶋を跪かせた。

 周りには腹を空かせた猛獣のような連中。

 今にも毒嶋や彼の仲間を殺したくてうずうずしている。


「お、おい、漆田……?」


 涙目で振り向く毒嶋。


「分かっているさ。命は助けてやるよ」


 俺はトラックを指した。


「俺達のギルドは撤収するぞ」


 ホッと安堵する毒嶋と仲間たち。


「えー、毒嶋たちに制裁は?」


 不満そうな麻衣。


「必要ないだろ。別に俺達が被害を受けたわけじゃないし」


「風斗は優しいなぁ!」


「だろー」


 仲間たちがトラックに乗り込んだ。


「増田先生、ご協力していただきありがとうございました」


「いえいえ、こちらこそ助かったよ。いい作戦だった」


「それでは失礼します」


 増田に一礼してから俺もトラックに乗る。


「え、漆田? 嘘でしょ? 漆田?」


 毒嶋が何やら言っている。

 俺は窓を開け、顔を出して答えた。


「約束は果たしただろ。俺は許した。ついでに俺の仲間たちも説得して許してやった。後のことは知らねぇよ」


「そんな! 話が違うじゃないか! 漆田ァ!」


「違わないさ。俺は許したし、ギルドメンバーも説得した。俺は殺さないし、ウチのギルドメンバーも手を出さない。俺にできるのはここまでだ。それ以外の奴を止める権利なんざ俺にはねぇよ」


 言い終えると「じゃあな」と窓を閉める。


「漆田ァアアアアアアアアアアアア!」


 毒嶋の悲鳴が響く中、美咲の運転するトラックがその場を離れていく。

 その後、〈ハッカーズ〉がどうなったのかは知らない。

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