095 ハッカーズの毒嶋

「え、待って、それどういうこと?」


「言葉通りさ。日本に帰還する方法を見つけたと言っている奴がいるんだ」


 麻衣は料理を中断してスマホを取り出した。

 近くの壁にもたれて凄まじい速度でポチポチする。

 そして、目をカッと開いた。


「本当なのかな、この話」


「どうなんだろうな」


 帰還の方法を突き止めたと主張しているのは毒嶋ぶすじまという二年の男子。

 彼は約30人からなるギルド〈ハッカーズ〉のギルドマスターだ。


 毒嶋曰く、きっかけは里奈に関する報道だった。

 警察が里奈に事情聴取をしているという点に注目したという。


『聴取内容を知るため、俺は警察のデータベースにハッキングした』


 毒嶋はPCに関する高度な知識があるそうだ。

 ギルド名の〈ハッカーズ〉もハッキングに由来している。


 それはともかく、彼はハッキングに成功した。

 そして、狙っていた事情聴取の音声記録を入手したという。

 鳴動高校集団失踪事件の。


 そう、彼が目を付けたのは里奈ではない。

 先人たちが警察に語った内容を知ろうとしていたのだ。


『鳴動高校集団失踪事件では三度に分けて戻ってきている』


 一組目は俺達も世話になっているサイトの制作者たち。

 男1女4からなる5名で、日本に戻ったのは転移から約1ヶ月後のこと。


 二組目は手島重工の御曹司を含む計25名。

 こちらは転移から約2ヶ月後のこと。


 三組目は生き残っていた生徒全員だ。

 転移の約半年後に帰還を果たした。


 この内、一組目と二組目は同じ方法で島から脱出している。

 それが船を使ったものであり、俺達が何度か挑戦しては失敗した方法だ。

 俺達の時と違い、先人らは悪天候を突破すると日本に戻れた。


『ここで大事なのは三組目の帰還者たちだ』


 三組目については知られていない。

 テレビや週刊誌、ネットですら大して話題にならなかったからだ。

 麻衣のような情報通ですら帰還者の大まかな数を把握している程度だった。


『実は三組目だけ別の方法で帰還していたんだ』


 毒嶋は事情聴取の音声データを聴くことでその方法を知ったという。


『この方法なら危険を冒すことなく日本に戻れる。それも全員で』


 で、その方法は何なのか?

 誰もがそう思い、中にはチャットで訊いた者もいる。


『方法をチャットで教えることはできない』


 それが毒嶋の答えだった。

 さらに『どうしてかは、分かるだろ?』と続く。

 明言を避けているが、理由を察することはできた。

 具体的な手法を言ってXに対策を練られたくないのだろう。

 もしも毒嶋が本当のことを言っているのなら、の話だが。


『君の話が本当だって証拠はあるのか?』


 誰かが尋ねた。

 すると、毒嶋は三つの音声データをチャット上で公開。


 それらは全て事情聴取の音声データだった。

 二つは鳴動高校集団失踪事件の一組目と二組目の帰還者の物。

 残り一つは里奈の聴取記録だった。


 流石にこれだけ揃っていると、彼の話を疑うことはできない。

 本当に警察のデータベースにハッキングをしでかしたのだ。


『帰還の方法は以下の条件を守った者にだけ教える』


 そう言って、毒嶋は三つの条件を提示した。


 1.彼のギルド〈ハッカーズ〉に入る。

 2.〈ハッカーズ〉加入時に所持ポイントを全てギルド金庫に入れる。

 3.スマホを毒嶋に差し出す。


 とてつもなく厳しい条件だ。

 情報の漏洩を防ぐため、というのが毒嶋の言い分だった。

 必要以上に厳しくしていることは本人も自覚しているそうだ。


『そこまでの覚悟がある者にだけ教える』


 毒嶋が話し終えると、当然ながら批判の声が殺到した。

 スマホを差し出すという点に誰もが拒否反応を起こしている。

 当然だろう、スマホはこの島での生命線だ。

 そこまですることはないだろう、と誰もが憤っていた。


『受付は今回限りだ。俺達は既に帰還へ向けて動き出している』


 毒嶋は姿勢を変えない。

 これによって、俺達は究極の二択を迫られることになった。


 生殺与奪の権利を毒嶋に渡することで帰還の方法を教わるか。

 それとも、今まで通り暗中模索の状態で帰還の方法を探すのか。


「ふぅーさっぱり! さーて、瓶のコーヒー牛乳をグビッと決めたら美味しいご飯をたらふく食べちゃうぞー! それで足りなければ漆田少年のことも食べちゃうぞー!」


 シャワー室から涼子が出てきた。

 首にバスタオルを掛けた状態で当たり前のように全裸だ。


「ありゃー? お姉さんがいない間に修羅場った感じ?」


 涼子は俺と麻衣の間に立ち、俺達の顔を交互に見ている。


「別に修羅場ってはいないが、とんでもないことが起きたんだ」


 俺は涼子に近づき、スマホを見せた。


「そんなこと言っちゃって、本当はお姉さんの大きなおっぱいを近くで拝みたいだけ――って、え、嘘、これマジなの?」


 涼子は真顔になって固まった。


 ◇


 船内で昼食を済ませると、俺達は城に戻った。

 皆で食堂のテーブルを囲む。


 午後の作業を中止して緊急会議を行うことにした。

 議題はもちろん毒嶋の件だ。


「どうせ帰還するんだからギルドに入ってポイントを渡す分にはかまわないけど、スマホを差し出すのはちょっと抵抗があるよね」


 切り出したのは麻衣だ。


「そもそもこの毒嶋って人は信じられるっすか?」と燈花。


「ハッキングに成功しているのは確かなようだが、よく知らないから人として信じられるかどうかってなると何とも言えないよなぁ」


「私も同感」


「一応、俺と麻衣は毒嶋と同じクラスなんだけど――」


「絡みがないから人柄とかは全く分からないんだよね」


 俺の言おうとしたことを麻衣が言った。


 毒嶋は俺と同じく地味な男子だ。

 顔中にニキビがあり、メガネを掛けていて、マッシュルームヘア。

 あだ名は「キノコ」で、いつも数人の仲間と連んでいた。


「美咲はどう? 何か知ってる?」


 美咲は俺達の担任だ。

 この中だと誰よりも毒嶋のことを知っているはず。


「PCが得意で、情報の授業では抜きん出た成績だったと記憶しています」


「たしかに情報の授業になるとキラキラ輝いていたな……」


「あと、デジタル研究部を立ち上げたのも毒嶋君です」


「そんな部があったとは知らなかったぞ! どういった部なのだい?」


 涼子が食いつく。

 美咲に代わって俺が答えた。


「パソコンで好き放題に遊ぶ部だよ。表向きはプログラミングやパソコン関連の資格取得に向けて頑張る部ということになっている。結果を出さないと怒られるってことで、大して勉強しなくても取れるレベルの資格を定期的に取得して誤魔化しているんだ。最近は仮想通貨の取引に熱中していたはず」


「ほう! 漆田少年は流石の情報通だな!?」


「毒嶋に誘われたことがあるんでな」


 学校での俺は誰とも話さないコミュ障野郎だった。

 それに目を付けた毒嶋が自身のグループに引き込もうとしてきたのだ。


「毒嶋について分かるのはPCが得意なことくらいだな」


 俺は話をまとめると、皆に尋ねた。


「皆は毒嶋を信じられるか?」


 詰まるところ焦点はそれに尽きる。

 毒嶋を信じられるのなら、彼の条件は大したことない。


「俺は……無理だ。これまで少しでも可能性があるならリスクを承知で挑んできた。だが、この島でスマホを差し出すのは流石に危険過ぎる。それに毒嶋の言う帰還の方法が実際に使えるか分からない」


 麻衣が「私も同感」と続く。


「そもそも先人と同じ方法で帰還できるなら、私達は既にこの島から抜け出せているっしょ。毒嶋のことは分からないけど、せめて誰かしらが帰還を成功させるまでは話に乗れないかな」


 美咲と由香里、燈花も同意見だと言う。


「残ったのはお姉さんだけかー」


 涼子は「まいったなぁ」と苦笑いで後頭部を掻く。


「涼子は毒嶋の話に乗りたいのか? それなら乗ってくれてもいいんだぞ。残念ながら俺達はついていってやれないが」


「んー」


 涼子は「そうだねぇ」と考え込む。


「毒嶋少年の話も面白そうだけど、やっぱりお姉さんは漆田少年がいいかなぁ」


「つまり、涼子も?」


「そういうことになるねー。皆と過ごした時間はまだまだ少ないけど、なんかもう感じちゃってるんだよね、ベストフレンドってやつをさ」


「は、はぁ……」


 よく分からないが涼子も抜けないようだ。


「とにかく、俺達は毒嶋の話に乗らないということでいいかな?」


 皆が頷き、ギルドの方針が決まった。


「時間が中途半端なので自由に過ごすってことで。では解散!」


 皆が一斉に席を立つ。

 そんな中、俺は座ったままグループチャットを確認。

 見計らったかのように毒嶋が発言した。


『今から俺たちの帰還計画に参加したいメンバーを募集する。さっき言った条件を守れる人は、1時間以内にここで参加希望の意思を表明してくれ』


 次の瞬間、大量の生徒と教師が参加を表明した。

 その数はあっという間に100人を超え、200人に達する。

 分裂の危機にあった〈サイエンス〉の連中は大半が名乗りを上げた。


 スマホを差し出すのが不満でも、帰還の可能性には代えられない。

 ――それが大多数の判断だった。


 これによって〈ハッカーズ〉の人数は急増。


 一方、隆盛を極めていた〈サイエンス〉は急減。

 約50人の平凡なギルドになった。


『Xの掌で踊らされるのは終わりにしよう!』


 毒嶋の発言にガッツポーズや万歳のスタンプが連打される。

 凄まじい熱狂ぶりだ。


 俺のような部外者には、毒嶋が怪しげな宗教の教祖にしか見えなかった。

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