096 悪の実態
〈ハッカーズ〉の拠点は島の中央から少し西へ進んだ荒野にある。
俺達の拠点からだと北西に位置する場所だ。
翌朝、その拠点に大勢の生徒と教師が向かっていた。
毒嶋の提示した厳しい条件を受け入れた参加希望者たちだ。
移動に際して、皆は自動車をレンタルしていた。
オプションで自動運転機能を付けるので事故の恐れはない。
もちろんレンタル費は馬鹿にならないが問題なかった。
合流すれば所持金を全て献上する決まりだから。
その甲斐あって夕方には全ての参加希望者が〈ハッカーズ〉の拠点に到着できていた。
しかし、この件で盛り上がったのはここまでだ。
参加希望者がスマホを差し出したこともあり、次の日以降、〈ハッカーズ〉の面々がグループチャットで発言することはなかった。
一方、俺達は代わり映えのない日々を過ごしていた。
朝食が終わると、俺と燈花は船で底引き網漁を行う。
料理担当として麻衣か美咲も乗船。
由香里と涼子はペアを組んで魔物を狩る。
働き過ぎは良くないので土日は休んだ。
夜になったら徘徊者戦だ。
日替わりでクラススキルを試していった。
こちらは土日でも関係ない。
二刀流のゼネラルタイプとは毎日戦った。
色々なスキルや作戦を試し、どうにか倒そうと頑張った。
しかし結果は全て引き分け。事実上の敗北だ。
防壁が出るまで戦い、防壁が出たら撤退する。
この繰り返しだ。
ゼネラルとの戦闘は決して無駄ではない。
戦うたびに強くなっている実感があった。
戦闘技術は高まり、チームワークも洗練されてきている。
相手の強さが変わらないのであれば、いずれ倒せるはずだ。
そんなこんなで、8月も半ばに差し掛かろうとしていた――。
◇
転移29日目、8月10日。
クラス武器が実装してから1週間以上が経った。
毒嶋が「帰還の方法を見つけた」と言い出してからはちょうど1週間。
テレビでは、里奈に関するニュースが完全に報じられなくなっていた。
週刊誌も取り上げず、ネットの関心も冷めたようだ。
残念なことに再び忘れ去られてしまった。
「そういえば帰還の話ってどうなったんだろうな?」
朝食の時、俺は〈ハッカーズ〉の件に触れた。
「まだ帰還していないとか意味不明っすよねー!」
「時間のかかる方法なのでしょうか」
「失敗したんじゃない?」と麻衣。
「お姉さんが思うに失敗したんじゃなかろうか!」
「涼子それ私が言ったばっかじゃん!」
「では二人の手柄にしよう!」
「意味不明だし!」
食事中に失礼、と一声掛けてからスマホに触る。
グループチャットを見ても閑古鳥が鳴いているだけだった。
〈ハッカーズ〉からは音沙汰がなく、他の連中も静かなものだ。
『毒嶋、帰還の件はどうなっているんだ? まだなのか?』
試しに尋ねてみた。
同様の質問は過去にも飛びだしている。
対する毒嶋の返事はいつも同じであり、今回も変わらなかった。
『詳細は話せないけど滞りなく進行中』
俺は「そうか」と返し、ため息をついてスマホを懐へ。
「風斗、様子を見に行ったほうがいいんじゃない?」
隣に座っている由香里が言った。
「そうだな。ちょっと行ってみるか」
「私は意味ないと思うけどなー。たぶん拠点の奥で作業していて外からは見えないようになっているよ。ここまで徹底して秘密にしたがっているくらいだし」
麻衣の言葉に、由香里は「たしかに」と納得した。
「拠点の奥で作業をしていたとしても、誰かしらが拠点から出てくるかもしれない。上手くいけば話しかけて情報を得られるかもしれないぜ」
「そっか! そういうパターンもあるんだ!」
「〈ハッカーズ〉の拠点はそう遠くないし、この後にでも偵察へ行こう。美咲、車の運転を頼めるか」
「もちろんです!」
「提案したのは私だし私も行く」
「なら俺と由香里、美咲の三人が偵察で。残りは船でいつも通りの作業を頼む」
「「「了解!」」」
話し終えると、俺は卵焼きを頬張った。
「美咲、今日の卵焼きも美味いな!」
「えっ、作ったのは私じゃありませんよ」
「マジで? こんなに美味いのに?」
「残念! 今日は私が作ったんだよねー!」
ふふん、とドヤ顔の麻衣。
「嘘だろ? 味もさることながら見た目も芸術的な美しさだぞ?」
「それだけ私も成長したってことよ!」
「おー、やるなぁ、麻衣。すごいじゃないか」
「でしょー? 褒めて褒めて! 褒め称えて!」
麻衣はいつになく嬉しそうだった。
◇
「美咲って料理と運転だとどっちのほうが好きなんだ?」
「難しいですねー、どちらも大好きなので悩みます」
朝食後、俺と美咲、由香里は〈ハッカーズ〉の拠点に向かっていた。
拠点のある荒野は思ったよりも広い。
大きな岩が点在しているので、開けているわりに視界が優れなかった。
「由香里、魔物だ」
「任せて」
後部座席の窓から矢を放つ由香里。
比類無き命中精度によって魔物は屠られた。
「あの岩の先が毒嶋君の指定した座標です」
美咲が大きな岩を迂回する。
前方に洞窟が佇んでいた。
「あれだな」
美咲は「ですね」と車を近づける。
洞窟は数十メートル先だが、外に人がいないことは遠目にも分かった。
「麻衣の言った通り拠点の中で作業をしているようだな」
「無駄足だったね、ごめん」と由香里。
「そんなことないさ。結果的に無駄足だったとしても、そうだと分かったことには意味がある。それに待っていれば誰か出てくるかもしれない」
車は洞窟の傍でストップ。
すると、洞窟から何か聞こえてきた。
「…………てぇ…………け…………」
男の声だ。
何を言っているかは分からない。
「確認してくる。二人はここで待機していてくれ」
俺は車から降り、徒歩で洞窟に接近。
洞窟は入ってすぐのところで分岐していた。
正面に伸びる道は奥が暗くてよく分からない。
ただ、分岐路となる脇道の方は一目で分かった。
「おいおい、なんだよこれ……」
そこには鉄格子があったのだ。
中には全裸の男が所狭しと蠢いている。
「助けてくれ!」
一人が俺に気づいて叫んだ。
その途端、他の連中も鉄格子に群がってきた。
まるで徘徊者のように。
「漆田! 漆田じゃないか!」
「助けてくれ! 俺達は嵌められたんだ!」
「毒嶋の奴、嘘をついてやがった!」
「日本に戻る方法なんてないんだよ!」
「スマホを没収されて自力では出られない!」
「頼む! 助けてくれ!」
鉄格子をガンガン叩きながら訴える男たち。
生徒だけでなく教師もいる。
「そう言われても……」
中に入ろうとするが、案の定、防壁に妨げられた。
防壁を突破するには〈ハッカーズ〉に加入しなくてはならない。
もちろんそれは不可能な話だ。
「おやおや、こんなところに来客とは珍しいなぁ」
正面の通路から男がやってきた。
低い背丈、分厚いレンズのメガネ、ニキビ顔、キノコ頭……。
クラスメートであり〈ハッカーズ〉のマスターこと毒嶋だ。
彼の存在に気づくと、檻の中の連中は一瞬で黙った。
体を震わせ、目を合わせまいと俯いている。
毒嶋は防壁のギリギリ手前で立ち止まった。
「これはこれは英雄の漆田ではないか」
「英雄になった覚えはないけどな」
「それで、我々のギルドに何の用かな?」
「帰還の方法とやらを盗み見ようと思ってな」
素直に白状する。
ここで嘘を言うメリットがなかった。
「残念ながら外からでは見えないようになっているよ」
「どうやらそのようだ。徹底しているな」
「これも全てXに手を打たれないためさ」
毒嶋は鉄格子に囚われた連中がいないかの如く答える。
なのでこちらから触れてみた。
「ところで毒嶋、そこの檻は一体どういうことだ?」
「ま、色々とね、内輪のことだから話せない」
「さっきそこの連中が言ってたけど、お前、彼らを嵌めたんだって? 日本に戻る方法もないと言っていたぜ?」
「誤解だよそれは。日本に戻る方法はある。今この時もその方法を実行している。それは本当さ。ただ、あいつらが嵌められたと感じるのは無理もないね」
そこまで言うと、毒嶋はニィと黄ばんだ歯を見せて笑った。
「だって嵌めるつもりで集めたんだし」
「認めるのか?」
「バレたところで何も変わらないからね」
防壁があるから強気なのだろう。
「男は閉じ込めているとして、女はどうしたんだ? 女子もたくさんいただろう」
「決まっているだろ、性奴隷さ。性奴隷♪」
「お前……!」
自然と顔が歪む。
なんという邪悪な奴だ。
「漆田、お前も仲間に入れてやるよ。別にお前のところにいる女を献上しろとは言わない。お前だけウチに来ればいいさ。どうせお前も童貞なんだろ? ここで卒業していけよ、俺達みたいにさ」
「…………」
あまりにも酷すぎて、すぐには言葉が出なかった。
ただちに殴り飛ばしてやりたいが、防壁があるのでそうもいかない。
俺はどうにか冷静さを保ちながら言った。
「お前のようなクズの仲間に入る気はない。それと、俺はもう童貞ではない」
「なんだと……!」
「毒嶋、今ならまだ間に合う。皆を解放してやれ。そうしないと俺がお前を許さないぞ」
「許さないからって何になるって言うんだよ」
「それは……」
話が長くなったからか毒嶋の仲間たちが奥からやってきた。
主に学校ではカーストの最下層にいたオタク系の男子連中だ。
ただし全員がそういった類の生徒というわけではない。
中には毒嶋と無縁そうなガラの悪い奴もいた。
「どうかしたのか? 毒嶋」
仲間の一人が尋ねる。
「漆田が皆を解放しろってよ」
毒嶋が言うと、彼の仲間たちは腹を抱えて笑った。
それから「馬鹿じゃねーの」やら何やら言ってくる。
「漆田、この島で正義のヒーローごっこは通じないぜ。ここは悪が得する島なんだ。分かったらさっさと帰れよ。さもないと――」
毒嶋の視線が美咲の車へ向かう。
「――あの車を潰して美咲先生をお前の前で犯すぞ」
仲間達が「いいぞー!」「やれー!」と
(むかつくが、今は撤退するしかないな)
俺はため息をつき、毒嶋を睨む。
「後悔するぜ、お前」
それだけ言い残して去っていく。
毒嶋が「負け惜しみを言うんじゃねぇ!」と吠えた。
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