094 魅惑の太もも
転移22日目――。
朝食が終わると、俺は麻衣と涼子を連れて船に乗った。
日課の底引き網漁をするためだ。
昨日の空堀作りでポイントを大量に消費したから頑張りたい。
「ここまで済んだら再び網を投げ入れる。それで終わりだ」
「また魚群を突っ切るまで自由に過ごせるのかい?」
「おう」
俺は涼子に底引き網漁の流れを教えていた。
麻衣は船内で昼食作りに励んでいる。
「これほど楽に稼げるとは! 漆田少年、君は本当に天才だな!」
涼子が「アンビリーバボー!」と拍手する。
俺は「ふっ」と笑った。
「他のギルドには内緒にしておいてくれよ」
「どーしよっかなぁ! 言ったらお仕置きしてくれる?」
「お仕置きはしないが追放するだろうな」
「それはダメだ! それはよくない!」
「だったら他言無用で頼むぜ」
「分かった! だからお仕置きしてくれる?」
「しねぇよ! お仕置きされたがるとか変態かよ」
「はっはっは! 漆田少年はノリがいいなぁ!」
話していると強めの風に襲われた。
吹き飛ばされるほどではないが、涼子の髪は暴れまくっている。
「中に入るか」
「いぇあ!」
俺達は船内に避難した。
「お、もうすぐできるよー!」
調理場にいる麻衣が手元に目を向けたまま言う。
どうやら炒飯を作っているようだ。
中華鍋を豪快に振りつつ、お玉で中の具を叩いている。
「わお、いい香りだ! 美咲といい麻衣といい、このギルドには料理の達人が多いな!」
涼子はダイニングテーブルの椅子に座って足を組んだ。
今日も当然のようにニーハイを穿いている。
色気のある太ももが俺を誘惑していた。
「お、漆田少年、いよいよ太もも派に転向かい?」
ギクッ。
視線に気づかれてしまう。
「何のことだか分からない」
俺は目を逸らし、そそくさとソファへ。
テレビの電源を入れ、適当なニュース番組を流す。
「いいんだよー? お姉さんの太ももは見放題、触り放題だ!」
涼子はこちらにやってきて俺の右隣に座った。
そして俺の右手を掴み、ニヤニヤしながら自身の太ももに持っていく。
「そのままゆっくり撫でてみ?」
耳元で囁かれる。
おっぱい派なのに心がぐらついた。
「い、いいのか……?」
「漆田少年だから特別にね」
「で、では……!」
導きに従って太ももを撫でようとする。
――が、そこに「こらぁ!」という怒声が響いた。
麻衣だ。
「燈花といい涼子といい、弁えろっての!」
「おやおや、嫉妬かい?」
「嫉妬じゃないし! 涼子、新参者なのに調子に乗りすぎだよ!」
お玉を掲げて怒る麻衣。
一方、涼子はヘラヘラと笑っている。
「今すぐ適切な距離に修正しないとご飯抜きだからね! 二人とも!」
「俺もかよ!」
「当たり前! 風斗が拒否しないから涼子がつけあがるんでしょ!」
「そうだぞ漆田少年! 嫌なら拒否しないと!」
「別に嫌じゃないしな……」
鬼の形相で睨んでくる麻衣。
「りょ、涼子! 適切な距離を保て!」
「これが適切な距離だと思ったのになぁ」
と言いつつ、涼子は座り直した。
先程よりも拳一つ分ほど離れている。
「イチャイチャするのも禁止だから! 分かったね!?」
麻衣はプンスカした様子で料理を再開した。
『いやぁ、清純派で売っていたのに不倫はまずいですよ不倫は』
『こういう時ゲスキャラで売っていると得ですよね』
テレビでは若手女優の不倫が取り沙汰されていた。
一方、里奈に関する話題は殆ど触れられていない。
昨日までの盛り上がりが嘘のようだ。
「里奈の奴、ネットのできない環境に閉じ込められているのだな」
涼子がポツリと呟いた。
「ネットのできない環境? どういうことだ?」
「里奈には戻ったら状況を報告するよう言っておいたのだ」
「それは無理だろう、こっちから向こうに連絡できないんだし。それに、鳴動高校集団失踪事件の被害者が作ったサイトによれば、向こうからこっちに連絡することもできないはずだ」
「分かっているさ。だから連絡は一方通行で行う手はずだったのだ」
「というと?」
「トゥイッターの呟きさ。それならこちらからでも確認できるだろう?」
「たしかに」
「なのに里奈は殆ど呟いていない。昨日と今日に至っては完全に沈黙している。妙だとは思わないかい?」
「トゥイッターの存在を忘れているんじゃないか」
「戻ってすぐに『日本なう!』と呟いていたからそれはないだろう。それに里奈は生粋のトゥイッター中毒者なのだ。何かあれば呟かずにいられない。きっと警察にスマホを取り上げられたのだろう」
「落としたのかもしれないぞ」
「落としたのなら落としたと呟くさ、パソコンから」
「なるほど、筋金入りのトゥイッター中毒者だ」
ニュースのトピックが不倫から天気予報に変わる。
今日の日本は西側が曇りで東側が雨のようだ。
全国的に気温が高く、北海道ですら最高気温は30度を超えていた。
「どこもかしこも猛暑だな」
「我々の船は快適だな! エアコンに感謝だ!」
「今はいいが戻る時が大変だ」
8月の猛暑はこの島でも変わりない。
正確な気温は分からないが、体感温度は30度を超えている。
外にいるだけで汗をかくレベルだ。
「さて、次の作業まで暇だからシャワーでも浴びるとしよう!」
立ち上がる涼子。
当たり前のようにその場で服を脱ぎ始めた。
瞬く間に黒の紐パンとニーハイだけになる。
「今からシャワーを浴びても後でまた汗をかくぞ」
「しかし体がベトベトでな! 漆田少年が舐めてくれるなら話は別だが?」
「舐めねぇよ! 早くシャワー室に行ってこい!」
「はいよ!」
涼子はブラを投げ捨て奥のシャワー室に向かう。
「もうすぐできるよ……って、なんで裸なのよ!?」
涼子の姿を見て驚く麻衣。
その後、何故か俺を睨んでくる。
俺は何かを否定するように激しく首を振った。
「シャワーを浴びてさっぱりしてくるのだ!」
「ご飯はどうするのさ?」
「もちろん食べる! 間に合わせるから安心してくれたまえ!」
シャワー室に消える涼子。
「ほんと自由人なんだから、あの痴女は……」
麻衣は大きなため息をついた。
「ところで風斗、美咲たちはどう? 問題ない?」
「確かめてみるか。向こうも昼食時だろうしな」
俺はギルド専用のグループチャットを開いた。
『由香里、そろそろ戻ってくるっすよー!』
数分ほど前に燈花が発言していた。
彼女は美咲と城内で料理を作っている。
『分かった、すぐに戻るね』
由香里は1分以内に返事していた。
相変わらず絵文字や顔文字、スタンプは使っていない。
「特に問題なさそうだ」
今度は学校全体のグループチャットを開く。
そちらには大きな問題があった。
「マジかよ、これ……」
衝撃のあまりスマホを落としてしまう。
「どうかしたの?」
「とんでもねぇことが書いてあった」
震える手でスマホを拾う。
「とんでもないって何!?」
すぐには答えず深呼吸する。
何度もログを読み返し、間違いないことを確認。
それから真剣な表情で麻衣に言った。
「日本に帰還する方法が分かったらしい」
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