093 宍戸里奈の憂鬱

 グループチャットではゼネラル徘徊者が話題になっていた。

 俺達だけでなく他所のギルドも襲撃を受けたようだ。


 ただ、全てのギルドがゼネラルと戦ったわけではない。

 約半数のギルドは戦わずに済んでいる。


 また、ゼネラルが量産型ではないと判明した。

 見た目や戦闘能力が敵によって異なっているのだ。


 そんな中、共通している点が二つあった。

 一つはゼネラルが登場するとザコが出現しなくなること。

 もう一つはこちらが逃げると追ってこないということだ。


 ゼネラルを倒せたギルドは今のところ存在しない。

 グループチャットではどこが最初に倒すかで盛り上がっていた。

 クラススキルの実装で徘徊者戦自体を楽しんでいるようだ。


 特に〈スポ軍〉は勢いを取り戻している。

 ギルドクエストに起因する内輪揉めを乗り切っていた。

 ギルドマスターの五十嵐はしょうもないギャグを連発して上機嫌だ。


 一方、〈サイエンス〉の雰囲気は今でも悪かった。

 なんだかんだで現状維持を貫いているが、いずれ分裂するだろう。


 ゼネラルの討伐について、俺達はそこまで乗り気ではない。

 労力と報酬が見合っていないように感じるからだ。

 少数ギルドなので徘徊者戦を楽しむ余裕などなかった。


 とりあえず目下の目標はスキルの把握だ。

 スキルを一通り使いつつ、機会があればゼネラルの討伐を狙う。

 無理なら無理でかまわない。


 それよりも、久々に船での脱出に挑戦したいと思っていた。

 改めて挑むことで何かしらの発見があるかもしれない。

 ま、十分にポイントを貯めてからの話だ。


 ★★★★★


 8月2日(火)、21時30分――。


「あのぉ、そろそろお母さんとお父さんに会いたいんですけど」


「申し訳ございません。もうしばらくの間はここで過ごしていただきます」


「はぁ……」


「それでは、また明日」


 私服姿の刑事が部屋から出ていくと、宍戸里奈はため息をついた。

 彼女は日本に帰還して以降、都内の高級ホテルで過ごしている。

 普段なら諸手を挙げて喜ぶ環境だが、今の彼女にとっては牢獄でしかない。


 警察にホテル暮らしを強制されているのだ。

 マスコミや未知のリスクから守るためというのが理由である。

 事情聴取もこの部屋で行われていた。


 携帯電話は取り上げられており、部屋から出ることは許されない。

 外部と連絡を取る時は刑事の立ち会いが必要だった。


 当然ながら場所を教えることは許されない。

 前に両親とテレビ通話をした際、里奈はうっかり現在地を話してしまった。


 もちろんその日の内に手を打たれた。

 飲み物に睡眠薬を盛られ、起きたら今の部屋に移されていた。

 どこのホテルなのかは教えられていない。


 また、場所を推測できる物は何もなかった。

 ホテル名を示す物は全て撤去され、タオルなども市販品だ。

 外の様子が分からないよう窓には板が打ち付けられている。


 なので、里奈は此処がどこか分からない。


「どれだけ事情聴取しても一緒なのになぁ、もー」


 里奈は刑事に真実を話している。

 島に転移した瞬間から帰還に至るまでのことを。


 グループチャットも見せた。

 帰還後は島の皆と話せなくなったがログは残っている。

 故に島でのやり取りは刑事も把握していた。


 それでも刑事は信じなかった。

 里奈が意図的に嘘をついているとは思っていない。

 洗脳されて変な記憶を植え付けられたと思っているのだ。

 グループチャットのログもよくできた捏造だと確信している。

 そのため、今は里奈の洗脳を解こうと躍起になっていた。


「いつになったら帰れるのかなぁ……」


 里奈は何度目かも分からないため息をついて服を脱ぐ。

 夜も遅いしシャワーを浴びて寝ようと思った。


 そんな時、部屋がノックされた。


「え、誰だろ?」


 刑事でないことはたしかだ。

 もしも刑事ならノックと同時に扉を開けている。

 今回の相手はノックのみで、叩き方も刑事と違って優しかった。


「はーい、どなたですかー」


 脱いだばかりの服を着て扉越しに応対する。


「こういう者だ」


 男の声がする。

 覗き穴の向こうに名刺が見えた。

 だが、近すぎて書いていることが分からない。


(ま、いっか、警察が許可した人だろうし)


 里奈のいるフロアは警察が貸し切っている。

 部屋の外には常に誰かしらの警察官が待機していた。


「シャワーを浴びようと思ったのに何ですかー」


 里奈はうんざりしながら扉を開ける。

 ――が、ノックした相手を見て笑顔になった。


(やだイケメン!)


 相手は金髪の男だった。

 歳は里奈より少し上、大学生かその辺り。

 無知の彼女でも一目で分かる高級スーツを着ている。

 刑事の安くて汚いスーツとは大違いだ。


「はじめまして! 私は宍戸里奈! ただいま恋人募集中!」


 すかさず目の前のイケメンに体を密着させる里奈。

 早くも結婚後の生活に想いを馳せていた。


 彼女が男を見る際に最も重視するのは容姿で、次にお金だ。

 この二つは外せないが、性格に関しては二の次三の次である。

 金持ちイケメンの専業主婦になれるなら相手がクズ野郎でもOK。


 残念ながら、里奈の妄想は成就しなかった。


「悪いな、そういうつもりはない」


 男はムッとした顔で里奈を離したのだ。

 さらに左の薬指に嵌められた立派な指輪を見せた。


「嗚呼……」


 里奈はガクッと肩を落とす。

 そして顔を上げた時、彼女はようやく気づいた。

 イケメン君の後ろに大柄で強面の男が控えていることに。

 ボディーガードのようだが、顔を見る限りこちらも若い。

 猛禽類のような鋭い眼光を向けられて、彼女は「ひぃ」と震え上がった。


「えっとぉ、私に何の用ですか?」


「立って話すようなことではない。中で話すぞ」


 イケメンは返事を待たず部屋に入った。

 その後ろに強面の男が続く。


(この強引さ、イイ……。成約済みじゃなかったら最高だったのになぁ)


 里奈は扉の外を見る。

 彼女の警護を担当している警察官と目が合った。

 何も言ってこないので扉を閉める。


 男たちはリビングにいた。

 イケメンはソファに座り、強面はその後ろに立っている。

 里奈はイケメンの向かいに座った。


「とりあえず名前を教えてもらっていいですか」


「ああ、もちろんだ」


 イケメンは名刺を取り出し、目の前のローテーブルに置いた。

 里奈はそれを手に取り読み上げる。


「手島重工未来開発部部長、しまゆう……。え、あの手島重工!?」


 手島重工は里奈でも知っている日本屈指の大企業だ。

 時価総額は50兆円以上で、幅広い分野の最先端技術を有している。

 今時珍しい同族経営の企業としても有名だった。


「もしかして手島さんって手島一族の人?」


「そうだ。信じられないなら証明しよう」


「い、いえ! 必要ありません! 信じます!」


 手島の身なりや雰囲気は信じるに値するものだった。

 何より警察が面会を許可しているのだから間違いないだろう。


「では話を進めるが――」


 手島は真剣な表情で里奈の目を見る。


「――数年前にあった鳴動高校集団失踪事件のことは知っているか?」


「知っています!」


「君らはアレと似たような事件に巻き込まれたのではないか」


「そうです! そうなんですよ!」


「そのこと、刑事には?」


「もちろん話しましたよ! でも全然信じてくれないんです!」


「だろうな」


「でも事実なんです! 失踪中の皆は謎の島にいるんですよ! こうして話している間にも必死に頑張っているんです!」


 里奈は両手に拳を作って熱く語る。


「分かっているさ。安心しろ、俺は信じている」


「本当ですか!?」


「ああ、当然だ。何故なら俺は――」


 手島はそこで言葉を止め、「違うな」と首を振る。

 そして、左の親指で背後の強面を指しながら言い直した。


「何故なら俺達は鳴動高校集団失踪事件の被害者だからな」

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