090 防衛力の強化

 転移21日目。

 8月2日、火曜日――。


 朝食が終わると、全員で北門の外に集まった。

 拠点の防衛力を強化するために。


「いよいよ漆田少年の奇策が爆発する時ですな!?」


「うん、風斗は凄いから」


 涼子と由香里が話している。

 彼女らをはじめ、女性陣はこれから何をするのか知らない。

 だから皆、好奇心に満ちた目で俺を見ている。


「まずは二手に分けるぞー」


 〈ショップ〉で買った木の棒を使い、足下に線を引く。

 その線を境に、麻衣と涼子を左側、残りを右側に立たせる。

 俺自身は左側だ。


「これは無作為ではなく明確な基準があって分けている。さて問題だ。その基準とはいったい何だと思う?」


 えっ、と驚く女性陣。


「ちなみにヒントはステータスだ」


 そう言った瞬間、「分かった!」と燈花が手を挙げた。

 クイズ番組をよく観ているだけあって反応が早い。


「私のほうがレベルの高い人、風斗のほうがレベルの低い人っす!」


「なるほど、クラスレベルで分けたってことねー」と麻衣。


「たしかにクラスレベルで分けてもこうなるが……残念ながら不正解だ」


「えー! じゃあ何っすか?」


「正解は【細工師】のレベルで分けている。俺、麻衣、涼子は【細工師】のレベルが10以上なんだ」


「つまりお姉さんたちが高い側で、燈花たちが低い側ってことだ!」


「そういうことだ」


 俺達の【細工師】レベルはそれほど高くない。

 栗原のせいでペットボトルトラップを放棄せざるを得なかったから。


「これから【細工師】レベルが10以上の者と10未満の者でペアになって行動してもらう。ペアの組み合わせは自由だ」


「それだとお姉さんは漆田少年とイチャイチャできないんじゃ!?」


「おう、残念だったな」


「くぅ! 世界が憎い!」と、大袈裟に地団駄を踏む涼子。


「じゃあ風斗は私が――」


「私とペアになりましょう、風斗君」


「じゃあ美咲は俺と組むか」


「はい!」


 美咲は頷き、由香里に向かって微笑みかける。

 意味深な笑みだが、俺にはその意味が分からない。

 ただ、由香里は口をポカンと開けて固まっていた。


「由香里はお姉さんと組もう!」


 こうして、俺と美咲、麻衣と燈花、涼子と由香里のペアが完成。


「風斗ー、そろそろ何をするか教えてっすよー!」


 皆が「そうだそうだ」と言いたげに頷いた。


「ではお答えしよう。俺が考えた防衛力の強化策、それは――掘だ」


「堀って、お城の周りにあるあの堀っすか?」


「そう、その堀だ。深い穴を掘って、徘徊者が城門や城壁に触れないようにする。俺達は南門以外を使わないから、南側はそのままにして残り三方を堀でグルリと囲もうって考えだ。水は張らないので〈空堀〉と呼ばれるやつだな」


「どうやって掘るんすか!? 皆でシャベルを使って頑張っても数ヶ月は掛かるっすよ!」


「空堀をこしらえるのに【細工師】のレベルがどう関係するの?」


 燈花と麻衣が同時に言う。

 俺は聖徳太子ではないが、二人程度なら聞き取れた。


「まずは穴を掘る方法についてだが――コイツを使う」


 俺は油圧ショベルを召喚した。

 レンタルでも1台100万ptを超える最強の重機だ。

 今回は〈操縦の簡略化〉というオプションを搭載した。

 船と違って自動操縦機能がなかったからだ。

 これによってレンタル費は200万に達したが問題ない。


「操縦するのは【細工師】のスキルレベルが10未満の3人だ」


「えー! お姉さんも操縦したい!」


「作業が終わった後なら好きなだけ楽しんでくれていいよ」


「やった!」


「風斗君、油圧ショベルは――」


「分かっているさ美咲、無免許はダメって言うんだろ? 安心しろ、ここは日本国の法が及ばない謎の島だ。無免許で運転してもセーフ、圧倒的セーフ!」


「いえ、そうではなくて、操縦方法が分からないと言いたかったのです」


 麻衣が俺に向かって「ダサッ!」とニヤニヤ。

 燈花や涼子もニヤついていて、俺の顔は恥ずかしさから真っ赤に染まる。


「風斗、どんまい! セーフ、圧倒的セーフっすよ!」


 女性陣が「ぎゃはは」と笑う。

 由香里や美咲までクスクスと笑っていた。


「うるせー! それよりも操縦についてだが! 心配しなくていいぞ!」


 強引に話を進める。


「何か策があるのですか?」


「オプションを付けておいた。これでゲーセンのクレーンゲームと同じような感覚で穴を掘れるはずだ」


 油圧ショベルの操縦席は、一般的な物とは大きく異なっていた。

 運転は車と同じハンドルで、アーム操作は3ボタンからなるクレーンゲーム方式。

 複雑な制御はマシン側が勝手にやってくれる。


「掘った土をどうするかについてだが、ここで【細工師】が役に立つ。実演してみせよう。美咲、油圧ショベルの操縦席に座ってくれないか」


「分かりました」


「適当に近くに土を掘ってくれ」


「はい!」


 美咲がたどたどしい手つきでボタンを押す。

 すると油圧ショベルのアームが動いて土を掘った。

 女性陣から「おお」と歓声が上がる。


「本当に簡単ですね! これなら私でも操縦できます!」


「素晴らしい。よし、掘った土をコレに入れてくれ」


 コレとは〈ショップ〉で買った専用の布袋のことだ。

 ショベルの土を丸ごとぶち込めるだけの容量があって耐久度も高い。

 商品名に「土嚢袋」と書いているだけのことはある。


「いきます!」


 美咲がポチッとボタンを押した。

 ショベルが半回転して、アームがこちらに向く。


 さらにボタンを押すとアームが下がってきた。

 俺の持っている土嚢袋に土をぶち込み、最初に戻った。


「とまぁ、こんな感じだ」


 女性陣が改めて「おお!」と歓声を上げた。


「美咲、実際に油圧ショベルを使ってみてどうだった?」


「風斗君の言っていた通りゲーム感覚で動かせました。細かい制御を必要としないので誰でも扱えると思います」


「なら燈花と由香里も問題なさそうだな」


 残すは土嚢袋の処理だけだ。

 袋を縛ったところで皆に言った。


「この土嚢は堀の外側に積んで塀のような形で利用する。だが、このままだと重くて運べないよな」


「そこで【細工師】の出番ってわけかー!」と麻衣。


「正解。この土嚢袋に土を詰めたのは美咲だが、口の部分を縛ったのは俺だ。なので俺と美咲の合作という扱いになり、製作者の俺は【細工師】の効果で収納・召喚ができる」


「あったねー、その仕様! 風斗考案の〈槍の棘〉か何かで分かったやつ!」


「正しくは〈棘の壁〉だ。あと、この仕様が判明したのは一緒に作ったフェンスの撤去であって〈棘の壁〉は関係ないぞ」


「よく覚えているなー!」


「まぁな」


 土嚢の運搬も実演してみせた。

 まずは収納機能を使って目の前の土嚢を消す。

 次に任意の場所で召喚する。

 所要時間は1分未満。


「これで完了だ。わざわざ掘った土を運ぶ必要がなく、土嚢袋を積むのもスマホをポチッとするだけで済む。これなら一日で立派な空堀をこしらえられるだろう」


「考えたねー、やるじゃん風斗!」


「やっぱり風斗は凄い」


「流石は頼れるリーダーっすよ!」


 皆に褒められ、「ヘヘッ」とニヤける俺。


「作業の流れは分かったな? 俺と美咲は引き続き此処を担当するから、麻衣と燈花は西側、由香里と涼子は東側で作業を頼む」


「「「「了解!」」」」


「油圧ショベルをレンタルする時はオプションの付け忘れに注意な!」


 防衛力の強化に向けて皆が動き始める。

 そんな中、涼子だけは立ち止まっていた。


「どうかしたのか?」


「いやぁ」


 涼子は頭をポリポリ掻きながら俺を見る。


「漆田少年って、思った以上に凄いんだね」


「真面目なトーンで何を言っているんだ」


「いやいや、本当に凄いなと思ったの。短期間でここまで具体的で画期的な案を閃くなんてね」


「それが俺の役目だしな」


「たぶん漆田少年や他の子らからしたら何の変哲もないやり取りなんだろうけど、私みたいな昨日まで余所者だった人間からすると本当に凄いことなんだよ」


「そうなのか?」


「期待に応える漆田少年も凄いし、少年を信じて丸投げした他の子らも凄い。こういう環境だと、他人のことをそこまで信じるのって難しいからね」


「そんな風に言われると誇らしい気持ちになるな」


 照れ笑いを浮かべる俺。


「もっと誇らしげにしていいくらいだよ」


 涼子はニッと白い歯を見せて笑った。

 それから俺の頭をポンポン叩き、普段の陽気なトーンで言う。


「断言しよう! 漆田少年、君は英雄になる!」


「英雄って柄じゃないけどな」


「風斗はもう英雄だよ」


 由香里が近づいてきた。

 彼女は涼子の肩を掴み、「話はおしまい」と切り上げさせる。


「おっと失礼! それでは漆田少年、さらば!」


「おう、頑張ってくれ」


 涼子と由香里がこちらに手を振りながら離れていく。

 俺は振り返り、「待たせたな」と美咲を見る。


「いえいえ、大丈夫ですよ」


 と答える美咲は、油圧ショベルの操縦席で準備万端だった。


「よっしゃ、頑張っていくぞー! 作業開始だ!」


「はい!」


 俺達は朝から晩まで作業を続けた。

 その甲斐あって、その日の内に立派な空堀が完成。

 レンタル代は痛い出費だが、その価値はある代物だ。

 全員の【細工師】レベルも上がったし文句はなかった。

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