089 大浴場とお姉さん
「体力的に厳しそうだが……美咲の料理もあるし、コクーンを最大限に活かせばどうにかなるか」
ネットを駆使することで、防衛力の強化に関する具体案が見えてきた。
忘れないよう詳細をメモ帳アプリに記録しておく。
「ふぅ」
次いでグループチャットを開いた。
今日の徘徊者戦について他所の状況を確認。
結果はまずまずだった。
敵の強さに関しては想定以上という意見が大多数を占めている。
既存の雑魚はまだしも、新手のエリートタイプに苦戦したという声が多い。
新手はギルドごとに異なるタイプのようだ。
外見や戦闘能力に関する情報がバラバラだった。
ただ、非常に厄介という点では共通している。
どうやら敵はこちらの弱点を突く戦い方をしてくるようだ。
俺達の場合は頭数の少なさと拠点の広さが弱点だ。
なので敵は圧倒的な物量で全方位から攻めてきた。
ということで、どこのギルドも少なからず被害を受けている。
それでも大惨事に陥っていないのは、ひとえに万能薬が偉大だからだ。
原則的には服用から間もなく全回復する。
だから、戦死しない限り無傷のようなものだった。
今回の戦死者は数名。
残念ながらゼロとはいかなかったが多くはなかった。
「なんにせよ、今日は疲れたな」
体内に蓄積している疲労がお湯の中に溶け出していくように感じた。
『本当に起きるのですかねー、大地震』
『そりゃいつかは起こるでしょう、そういうものです』
『50年以内に起きるらしいですよ』
『その程度のことなら学者じゃなくても言えると思うんですよね』
『あはは、西岡さんは相変わらず辛口ですねー』
スマホから会話が聞こえてくる。
風呂に入りながらアプリでラジオを聴くのが最近の日課だ。
「この場に小中学校時代の友達がいたらなぁ」
高校ではぼっちでも、それまでは違っていた。
少ないけれど同性の友達がいて、休みの日に遊んだものだ。
そいつらがこの場にいたらくだらない話で盛り上がれただろう。
などと思っていると、ガラガラと扉が開いた。
「おい麻衣、俺はもうすぐ上がるぞ。動物を洗うなら自分で――」
「残念! 麻衣ではなくお姉さんでしたー!」
入ってきたのは涼子だった。
「よっ! 漆田少年!」
涼子は俺の浸かっている浴槽の前に立つと、体に巻いているバスタオルを勢いよく取った。
当たり前のように全裸である。
「おい!」
慌てて顔を背ける。
「はっはっは! 漆田少年は本当にピュアボーイだなぁ!」
失礼するよ、と当たり前のように近づいてくる涼子。
そのまま左隣に腰を下ろすと、右腕を俺の肩に回してきた。
「お姉さんと混浴できるなんざ男の夢だろこれ! なぁ漆田少年!」
「それは否定しないが……なんで!?」
「なんでって、まだ入っていなかったんだもん」
すまし顔で言い放つ涼子。
「じゃあ今まで何していたんだよ」
麻衣たちが風呂を上がってから1時間近く経っている。
時刻は6時になろうとしていて、俺以外は寝ていると思った。
「部屋でスマホをポチポチしていたら眠くなってさぁ、気づいたら寝ちゃっていたんだよねー。でも体が汗でベトベトだから目が覚めちゃってね、これはお風呂に入らないかん! となったわけですよ」
「なるほど……」
「漆田少年こそこんな時間にお風呂とはどうしたんだい?」
「俺は起きた後にすることを部屋で考えていたら遅くなって――」
「お、こんなとこにスマホあるじゃん! 風呂に持ち込んでるんだ? 今時だねぇ!」
こちらの返事を待たずに話を変える涼子。
彼女は俺のスマホを手に取ると、フロントカメラを俺に向けて画面に触れる。
顔認証機能が俺の顔を捉えてロックが解除された。
「お、おい、人のスマホで何を――」
「せっかくだから記念撮影しようぜぃ!」
涼子は右手の力を強め、俺の体を自分に引き寄せる。
左手で巧みにスマホを操作し、俺とのツーショットを撮影。
「流石は私! 一発でいい写真が撮れた!」
撮影結果に満足する涼子。
(たしかに、この写真は……)
写真の俺は恥ずかしそうに両手で股間を隠している。
一方、涼子は屈託のない笑みを決めていた。
彼女のほうは何も隠れていない状態だ。実に素晴らしい。
「この写真、後で送ってね!」
「俺はかまわないけど、涼子は問題ないのか?」
「何が?」
「だってほら、裸だぜ?」
「いいじゃん! 他の人に見せるわけじゃないし!」
「そういうことなら……」
話が落ち着くと、涼子は右手の力を緩めた。
それでも互いの肩が当たる距離なのは変わっていない。
「涼子って男に裸を見られても気にしないの?」
「いんや、するよー?」
「するんだ……」
「そりゃするよー! だって女の子だもん!」
「そのわりに今は気にしていない様子だが」
「漆田少年にはお世話になっているから特別さぁ!」
「お世話にって、昨日まで話したこともなかっただろ」
「話したことは無かったけどグループチャットの情報には助けられたからねぇ! あと漆田少年はいつも他に先駆けて何かとするじゃん? 脱出しようとしたり、ゼネラル徘徊者を倒したり! ああいうのカッコイイと思うの!」
「だから特別ってか」
「そゆこと! やったな少年、役得だぞ!」
俺は「だな」と笑い、ゆっくりと立ち上がる。
もっと話していたかったがのぼせてきた。
「悪いがお先に失礼するよ」
「えー、寂しいなぁお姉さん」
「そう言われてもこれ以上長居すると茹で蛸みたいになっちまうよ俺」
「なら背中を流してあげよう! 江戸時代には〈三助〉というお背中流し係がいたんだぜぃ? 知らなかったろ、漆田少年!」
「知っているよ。それに〈三助〉は男の仕事だ」
「現代の〈三助〉は女もするのさ! 男女平等! 雇用機会均等法なのだ!」
涼子は立ち上がると、俺の手首を掴んで洗い場に向かう。
俺を適当な風呂椅子に座らせ、本当に背中を流してくれた。
ただし――。
「熱ッ! あっつ! 熱ぅい!」
「ごめんごめん、お姉さんってば温度調整を間違ったよ!」
――背中に掛けられたのは思わず飛び跳ねるほどの熱湯だった。
「漆田少年はリアクション芸のプロだねぇ! 本当に熱そうだ!」
「いや本当に熱いからな!? 60度くらいあったぞ! 今もなんか背中がヒリヒリしてやばいんだけどマジで!」
「あははは、もうやめてぇ! 息ができないって!」
涼子は腹がよじれるほど笑っていて、俺はため息をついた。
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