085 栗原との関係

「ではでは、またあとでっすー!」


 城に入ると燈花は大浴場に向かった。


 俺は涼子に城内を案内する。

 まずは厨房に行き、調理中の麻衣と美咲を紹介。

 話が長引かないよう軽い挨拶に留めさせる。

 それが済んだら他のフロアを見て回った。


「見ての通りここも客室だ」


「よし、ここを私の部屋にする!」


 2階の客室を案内していると涼子が言った。


「ここでいいのか? 3階にもあるぞ?」


「いーや、ここにするよ漆田少年。お姉さん、ビビッときちゃった!」


「そういうことなら」


「さっそく家具を配置しちゃう? しちゃいます?」


「別にかまわないよ。客室を除くと大浴場くらいだしな、案内が残っている場所は」


「なるほどねー。私ってば好きなタイミングでお風呂に入りたいタイプだから、できれば部屋にバスルームが備わっていると嬉しかったんだけど」


「気持ちは分かるが、その点は諦めてもらうしかないな。拡張できないし」


「まぁいいでしょう!」


 涼子はベッドサイドに腰を下ろし、手でふくらはぎを揉む。


「あ、そうだ、ギルド金庫から50万ptを引き出してくれないか?」


「え、漆田少年のギルドは誰でも金庫にアクセスできるの?」


「少人数だからその辺は緩いんだ。信頼の上で成り立っている」


「ほっほぉ? お姉さんを信頼しちゃっていいのかい? もしかしたらとんだ悪党かもしれないよ? 金庫のお金を全部盗んで逃げ出しちゃうかも!」


 ニヤリと笑う涼子。


「その時は勉強代だと思って諦めるさ」


「強いねー! 漆田少年!」


「何が強いかは分からないが……とりあえず50万を引き出したようだな」


「おう! このお金でお姉さんを買収するつもりかい?」


「いや、部屋を整えるのに使ってくれ」


「ほぇ?」


「あれこれ家具を買うと結構な額になる。その50万を足しにしてくれ」


「いいの?」


 涼子が素のトーンで尋ねてきた。

 本当に驚いているようだ。

 それが何だか面白くて、俺は笑ってしまう。


「もし余っても金庫に戻す必要はないよ」


「太っ腹だねぇ! 漆田少年!」


「久しぶりの新人ルーキーだから抜けられないよう必死なのさ」


「ははは、漆田少年は嘘が下手だなぁ」


「よく言われるよ。じゃ、案内はこのくらいにして、1時間後に食堂で会おう」


「ラジャ!」


 涼子の部屋から出て行こうとする俺。

 しかしその時、涼子が「待った」と止めてきた。


「漆田少年、ちょっとこっちに来てくれないかい?」


 自身の横を手で叩く涼子。

 そこに座れということのようだ。


「どうかしたのか?」


「いいから、いいから」


 言われたとおりにする。

 肩と肩が当たる距離だと彼女の匂いがよく分かった。

 情欲を刺激するようなフェロモンの香りだ。


 視線を向けると大きな胸が目に入る。

 慌てて下に逸らすと剥き出しの太もも。


(これは、まずい……!)


 ゴクリッ。

 唾を飲み込み、邪な妄想を理性で押さえつける。


「漆田少年、えらく緊張してるねー?」


 下から顔を覗き込んでくる涼子。

 どぎまぎする俺を見て舌なめずりをしている。


「そ、それより、用件をだな……」


「かぁー! つれないなぁ漆田少年! 襲ってもいいんだぞ?」


 俺が何か言う前に、涼子は「それはさておき」と話をぶった切る。

 一転して真顔になった。


「漆田少年のギルドって栗原と一悶着あったよね?」


「あ、うん、あったよ。一悶着どころじゃないけど」


 栗原の件で隠すことはない。

 グループチャットで真実を全て話しているから。

 奴が「犯す」や「殺す」と言ったことも知れ渡っている。


「栗原、本当にグルチャに書いていたような悪事をしでかしたの?」


「本当だよ。疑っているのか?」


「ううん、疑ってはいないよ。本人も否定していないし、きっと本当なんだろうとは思う。でも、意外というか、信じたくないなって」


「どういうこと?」


「私ね、学校では栗原と仲が良かったの」


「ほう」


「ま、正確には仲良しっていうほどの関係でもないんだけどさ、栗原アイツってあんな性格だから学校でも友達が少なくてさ」


「容易に想像がつく」


 涼子は「でしょ」と笑った。


「で、私はこういう性格だから、相手が栗原でも物怖じとかしないわけ。それで気に入られてね。といっても、美咲と違って私はお友達枠だけどね」


「ふむ」


「栗原って暴力的な性格だったけど、根は優しくていい子だったんだよね。だから、グルチャにあったような暴走ぶりが本当に残念でさ。そういうことはしないだろうって思いがあったから」


「なるほど」


「この島の環境に上手く適応できなかったんだろうね」


 俺は「だろうな」と頷いた。


「呼び止めてごめんね、用件はそれだけ」


「そうか」


「つまんない話に付き合わせちゃったよね」


「そんなことないよ。涼子と栗原の関係が分かってよかった。後になって実は友達なんですよって言われても困るし」


「たしかに、それもそうだね。じゃ、揉んでいくかい?」


 ほれ、と自分の胸を両手でブルブルさせる涼子。


「そうだね、では遠慮無く……って、揉まねぇよ!」


「なんですと!? 揉みたくない!? 太もものほうが好みかい?」


「いや俺は胸派……って、そういうことじゃねぇから!」


「いいノリだぞ漆田少年!」


 愉快気に笑う涼子を見て、俺は「やれやれ」とため息をつく。


「念の為に言っておくけど、俺達がここにいることは――」


「誰にも言うな、でしょ?」


「そうだ。栗原は当然として、他の奴にも伏せておきたい」


「安心して! お姉さんもトラブルは避けたいからねー!」


「では、晩ご飯の時に会おう」


「それまで女の魅力を磨いておきます!」


「いや部屋の内装を整えろよ!」


 涼子との会話を終え、俺は部屋を出る。


(新入りのおかげでギルドが明るくなりそうだな)


 と思った時、涼子の部屋から「アチョー!」という声が響いた。

 その後も派手な音とともに彼女の奇声が聞こえてくる。


「家具を設置するだけなのに何を騒いでいるんだ……」


 とんでもない奴を仲間にしたのかもしれない。

 今日の徘徊者戦が色々な意味で不安になった。

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