083 変化の予兆
燈花と二人で底引き漁を開始した。
美咲の料理を食べた後なので二人でも余裕だ。
「うりゃあ! 負けないっすよー!」
船が次の魚群を目指している間、燈花はゲームに耽っていた。
ソファに浅く座りって前のめりでコントローラーをポチポチ。
格好がガーリー系のワンピースということもあり、とても漁に来ているとは思えなかった。
「いつも同じゲームをしているけど面白いのか?」
「一人だと微妙っすねー! でも今日のテレビはつまんないもん!」
今日はどの局も俺達のことを取り上げていた。
緊急特番という形でニュース番組を拡張し、里奈の帰還を報じている。
放送内容は全くと言っていいほど似ていた。
里奈を乗せた警察車両が病院に入る映像に始まり、スタジオ内でアナウンサーが失踪事件について触れる。で、最後に謎の専門家が的外れな解説をしたら終了し、再び最初に戻る。
つまらない放送ではあるが、おかげで里奈の現状は把握できた。
彼女は現在、どこぞの病院で精密検査を受けている。
検査結果は今のところ正常で、これといった異常は見られない。
また、同時進行で警察の事情聴取も受けているとのことだった。
俺は燈花の隣に座ってスマホをポチポチ。
ネットも俺達の件で盛り上がっている。
根も葉もない陰謀説が飛び交っていて滑稽だ。
ただ、ネットのほうがマスコミよりはまともだった。
YoTubeのライブカメラに触れているからだ。
俺達の転移する瞬間を捉えた映像がそこら中にアップされている。
テレビでは謎の情報統制によって一切触れられていないのに。
(これ以上は堂々巡りだな)
グループチャットを開いた。
「思ったより酷いなぁ」
「何が酷いっすか?」
「グルチャの雰囲気だよ、最悪だよ」
里奈の帰還が落ち着いたことで再び荒れ始めている。
特に酷いのが最終ミッションに失敗した〈サイエンス〉。
このギルドのギスギス感がグループチャット全体に伝染している。
〈サイエンス〉は早くも分裂の危機に陥っていた。
一部の教師がギルドを分割しようと提案しているらしい。
理由は次のギルドクエストに備えてとのこと。
ギルドが複数あれば帰還者の数も複数になる、という言い分だ。
もちろんこれは建前に過ぎない。
自分で仕切りたいという思惑が見えていた。
要するにただの離反だ。
しかし、ギルドマスターの増田は気にしていないようだ。
「来る者拒まず去る者追わず」の放任主義がここでも炸裂していた。
残念ながら、今回はこの姿勢がリーダーシップの欠如と捉えられている。
〈サイエンス〉ほどではないが、他も少なからずギスギスしていた。
第2ミッション以降に失敗したところは概ねよろしくない雰囲気。
唯一の例外は〈アローテール〉のみ。
矢尾の類い稀なる統率力の賜物……というわけではない。
ギルドクエストの直前にマスターが変わったのが理由だ。
「新体制になってすぐだから仕方ない」という形で揉めずに済んでいた。
(ギルドクエストが終わった今こそ団結力が試されているな……)
今のギスギス感が続くのは、俺達にとってもよろしくない。
早く落ち着いてほしいものだが、できることは特になかった。
「やーめた! 飽きた飽きた!」
突然、燈花がコントローラーを投げ捨てた。
それから体を倒して、俺の太ももに頭を載せる。
「今回は二人きりっすねー、風斗!」
「ああ、そうだな」
ニィと白い歯を見せて笑う燈花。
「麻衣の邪魔はない! 襲っちゃえ! いけ、風斗! チャンスっすよ!」
「馬鹿を言うな」と、俺は苦笑い。
「風斗は堅物だなぁ! 手を出そうと思わないっすか? こんなに近いのに!」
燈花はワンピースの裾を指で摘まみ、「ほれほれ」とヒラヒラさせた。
太ももをチラ見せして誘っている。
「どうっすか? 魅力に感じないっすか?」
「いや魅力は感じるけど、俺は太ももより胸派なんでね」
「そういえばそうだったっすねー!」
納得したようで誘惑をやめる燈花。
俺は無表情を装いつつ、心の中で安堵の息を吐く。
実は必死に我慢して理性を保っていた。
「ところで風斗、ペットは飼わないんすか?」
「急に話を変えたな」
「まぁまぁ、いいじゃないっすか」
俺は適当な相槌を打ってから答えた。
「1匹くらい飼ってもいいとは思うんだけどな」
「1匹と言わず大量に飼えばいいじゃないっすか! 効率よく稼げるっすよ! レベルが上がったら餌代が大幅に安くなるんだし!」
「まぁな」
燈花の言い分は一理どころか百里、いや、万里ある。
【調教師】はレベル20になると餌代が75%オフになるのだ。
そして、俺のレベルは20ぴったり。
サボり魔の麻衣に代わって搾乳をした時に上がっていた。
既に75%オフの餌代でペットを飼える。
「ペットをポイント稼ぎや戦闘の道具としては見たくないんだ」
「アニマル大作戦を閃いたのに!?」
「あの一件で思ったんだよ、効率よりも大事なものがあると」
ライオンと別れる時に抱いた感情は今でも覚えている。
胸が締め付けられるほどの寂しさがあり、申し訳なく思った。
「従順なペットをあんな風に扱った俺に動物を飼う資格があるとは思えないんだよな。それが甘えだとは分かっているんだけどさ」
「風斗は後悔しているんすか? アニマル大作戦のこと」
「後悔はしていないよ。反省もしていない。ただ、あの経験を経て考え方が変わっただけさ」
「風斗は真面目過ぎるんすよ」
「そうかなぁ」
「そっすよ! 気にせず飼ってみりゃいいじゃないっすか! 動物はいっすよ! 可愛いし癒やされるし、ネガティブにならないっす! こういう環境だとメンタルケアも大事でしょ? 動物は最適っす!」
「たしかに」
「じゃ、一緒に迎える子を検討しようっす!」
「なんだか口車に乗せられた気もするが……まぁいいか」
「そうそう! 深くは考えない! とりあえずこの子とかどうっすか?」
燈花は素早くスマホを操作してから見せてきた。
〈ショップ〉の画面が映っていて、商品は――。
「ライオンじゃねぇか!」
「百獣の王っすよ!」
「傷口をえぐろうとするんじゃねぇ!」
「なはは」
◇
そんなこんなで漁が終わり、燈花と城へ向かう。
城と海の距離はマウンテンバイクで片道一時間。
行きはともかく帰りはヘトヘトだ。
「あれも嫌これも嫌って、結局決まらないじゃん! もしかして風斗、動物が嫌いなんすか?」
「いやいや、動物は好きだぞ。好きだからこそ慎重になるんだ」
「ほんとっすかー?」
「本当だって」
「怪しいっすねー! 風斗はすぐに嘘をつくから」
「そんな頻繁についてねぇだろ」
「それも嘘っすよね!?」
「ちげぇよ!」
「なはは! 風斗、ノリいっすねー!」
「やれやれ」
森を抜けて草原に入った。
前方には俺達の城が見える。
「「ん?」」
草原を走り始めてすぐに気づいた。
門の前に一人の女子が立っていたのだ。
朱色のセミロングで、身長は女子の中だと高め。
服は白地のプリントTシャツで、下はショートパンツに黒のニーハイ。
こちらに背を向けているので顔は分からない。
「風斗、あれって由香里っすか?」
「髪の色が違うし制服じゃないから別人だ」
「そっすよね。気づいていないようだし迂回するっすか?」
「いや、相手は一人だし問題ないだろう」
俺達は警戒感を強めながら女子に近づいていく。
「チリンチリーン!」
燈花がベルの代わりに口で言う。
この声に反応して女子が振り返った。
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明日9月6日に書籍第三巻が発売します!
書き下ろしエピソードはちょっぴりエッチな内容ですよっ!
余裕がございましたら、何卒一冊どうぞよろしくお願いします……!
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