080 第五章 エピローグ

 徘徊者戦が問題なく終わり、8月1日の朝を迎えた。

 世の学生は夏休みを満喫し、ニュースでは頻繁に海が登場。

 気温は当たり前のように30度以上、日によっては40度に迫る時もある。


 そんな中、俺達の最終ミッションは最終局面に入っていた。

 食堂に集まり、緊張の面持ちでダイニングテーブルを囲む。


 投票画面は朝10時00分ちょうどに表示された。

 投票可能時間は3分しかない。

 その間に投票できなければ無効票となりミッション失敗だ。

 短い猶予だが、俺達には何ら問題なかった。


「麻衣に投票したぜ」


「私も」


 由香里が続く。


「入れました」


「私もっすー!」


 美咲と燈花も麻衣に投票。

 そして、当の麻衣本人はというと――。


「私も自分に入れたよ!」


 これで投票終了。

 投票開始から10秒程で終わった。

 次の瞬間、画面が切り替わった。


=======================================

 全員が「夏目麻衣」に投票しました。

 これにより最終ミッション突破となります。


 おめでとうございます。

 あなたのギルドは、ギルドクエスト『団結力』をクリアしました。

 報酬として、夏目麻衣には「日本に帰還する権利」が付与されます。


【権利の行使について】

 コクーン内の〈帰還〉からいつでも行使できます。

 行使すると即座に日本に転移されます。

 権利の行使期限はございません。

=======================================


 画面に書かれていることは予想通り。

 ただ、別の画面に進めないのは予想外だった。


『投票時間が終わるまでお待ちください』


 そう表示されたまま固まっている。

 液晶画面のある文鎮と化していた。


「第1ミッション以外楽勝だったっすねー」


 燈花はスマホをテーブルに置き、両手を頭の後ろで組んだ。

 彼女の肩にいたコロクはテーブルに飛び移り、興味津々といった様子でスマホを眺めている。


「他所的には第2・第3ミッションのほうが大変だったぽいけどね」


 麻衣もスマホをテーブルに置いた。

 今日は制服姿で、夏だからか襟元のリボンを外している。


「俺達は特殊だからな。お、投票が終わったようだぞ」


 お待ちくださいの文字が消えた。

 クエスト攻略や帰還方法の書かれた画面を閉じる。


 すると、またしても新たな通知が出てきた。

 今度は俺達だけでなく島の全員に対して送られたものだ。


=======================================

 ギルドクエスト『団結力』が終了しました。

 クエスト報酬を獲得したのは以下の2名です。

・夏目麻衣

しし里奈りな

=======================================


「え、私ら以外にもいるの!? クリアしたギルド」


 口を大きく開けて驚く麻衣。

 彼女だけでなく、俺や他のメンバーも愕然としていた。


「信じられんな……」


 最終ミッションの難易度は桁違いに高い。

 俺達のように固い絆で結ばれていない限り困難だ。


「どっちがクリアしたんだ? 〈サイエンス〉か? それとも須藤か?」


 すぐさまグループチャットを開く。


「これは……どういうことだ?」


 衝撃の事実が判明する。

 里奈はどちらのギルドでもなかったのだ。


「そもそも宍戸里奈って誰? 二年じゃないよね」と麻衣。


「三年だよ」


 答えたのは由香里だ。

 二年の時に同じクラスだったらしい。


「どんな生徒なんだ?」


「普通」


「普通? 本当か?」


「うん、普通だった。髪は黒で、言動も普通」


「友達の数は?」


「少ないと思う。いつも同じ子と二人で過ごしていたから」


 ますます混乱する。

 話を聞いている限り投票で選ばれるタイプには思えない。

 いや、それよりも――。


「宍戸里奈の所属するギルド自体が不明過ぎる」


 彼女自身のこともそうだが、何より所属ギルドのことが気になった。

 ソロで参加した……という可能性はありえない。

 クエストを受けられるのは二名以上のギルドに所属している者だけだ。


 つまり、里奈には最低でも一人は仲間がいる。

 第1ミッションの難易度を考慮するともっと多いはず。

 少なくとも10人前後はいるだろう。

 それだけの数が今まで情報を隠し続けていたことになる。

 にわかに信じがたい話だった。


 島で生き抜くため、グループチャットでは積極的に情報交換がされている。

 そこに参加しているメンバーだけで転移者の過半数を占めていた。

 死んだ人間と数少ない未転移者を除けばほぼ全員になる。


 そのことからも、里奈の所属するギルドが少人数だと分かる。

 だが、俺達以外の少数ギルドなど聞いたことがなかった。


「もしかして栗原と連んでいるんじゃない?」


 と言ったのは麻衣だ。


「それならここまで静かなのもありえるっすね!」と燈花。


 美咲や由香里も頷いているが、俺は「そうは思わない」と否定的。


「栗原が仲間なら帰還者に宍戸里奈が選ばれるのはおかしい」


「なんで?」


「栗原なら絶対に自分が帰還すると言って聞く耳を持たないぞ。あいつの性格上、自分が帰還できないならクエストが失敗でもいいと考えるはずだ」


 全員が「たしかに」と納得する。


「栗原なら帰還した後に日本から『ざまぁみろ』って言ってきそうだよね」


「そう、それでこそ栗原だ」


 そもそも、栗原はクエストを受けていない可能性が高い。

 クエストが発令されたのは選挙が終わってすぐのことだから。


 その頃の奴はギルドを追放されて彷徨っていた。

 直ちに里奈と合流してギルドに参加するというのは難しい。


 グループチャットも里奈の件で持ちきりだ。

 彼女が何者で、どこのギルドに所属していたのか。

 そのギルドはどうしてグループチャットで何も言わないのか。

 誰もが答えを知りたがっていた。


「あ、見て! 噂の宍戸里奈が発言しているよ!」


 麻衣に言われてグループチャットに注目する。


『私のことはどうでもいいでしょ。それより日本に戻ってからしてほしいことがあるなら言って。30分後には権利を行使するから早めにお願いね』


 この発言でグループチャットの雰囲気が一変。

 里奈や彼女のギルドのことを探る流れが一瞬で止まった。

 数百人が一斉に家族への伝言を頼み始めたのだ。


『ログが流れすぎて拾いきれないから個チャでお願いw』


 軽い調子で返す里奈。

 この発言でグループチャットが静寂に包まれた。

 皆、彼女に個別チャットを送っているのだろう。


「この様子だと里奈本人に詳細を訊くのは無理そうだな」


「だねー」


「仕方ない、俺達も伝言を頼んでおくか」


「私が帰らない以上、里奈しか伝言役はいないからね」


 他所に倣って俺達も里奈に個別チャットを飛ばす。

 俺は家の住所と電話番号、それから両親に対する伝言を書いた。

 伝言の内容は無事を知らせるもの。


「むっ」


 里奈にメッセージを送信後、驚くことが起きた。

 彼女が俺にだけ返信してきたのだ。

 麻衣や他のメンバーには既読無視を貫いている。

 おそらく他所の奴等にも返していないだろう。

 数百人に返事をする余裕なんてないはずだ。


=======================================

宍戸里奈:

 漆田君、いつも有益な情報をありがとう。

 君のおかげで私や私の仲間は死なずに済んだよ。

 私が日本に帰れるのも君のおかげ。

 感謝してもしきれないくらい感謝しています。

 君は私達にとっての英雄だよ。

 伝言、必ず伝えるから安心してね。

=======================================


 このメッセージの直後、里奈はグループチャットで発言した。


『では、お先にー!』


 それが最後の発言だった。


 本当に帰還できたかどうかはすぐに分かった。

 1時間もしない内に里奈の件が報じられたからだ。


 全てのテレビ局が、彼女の生還を大々的に取り上げていた――。


 ★★★★★


「意外な結末でしたね」


 純白の空間で、モニターを見つめながら男が言った。

 彼の上官は無表情で「そうだな」と返す。


「まさか漆田風斗のギルド以外にも攻略できるギルドがあるとはな」


「それもですけど、夏目麻衣を選んだのも予想外でしたね」


「ああ、我々の感覚だと帰還者は漆田風斗以外にあり得ない」


「不思議な考え方をしていますよね」


 上官の男は頷いた。


「イベントの結果は報告書にまとめて提出しろよ」


「報告書って……。面倒だから我々の方法で報告していいですか?」


「ダメに決まっているだろ」


 部下の男は「ですよねー」と苦笑いでため息をつく。


「ほんと非効率的だなぁ、この世界は」


 上官の男は何も言わずに部屋を出ていく。

 彼が扉を開けた時、すぐ外には一人の女が立っていた。

 膝丈まで伸ばしたピンクの髪が特徴的な女だ。


「アリィ、どうかしたのか?」


「ようやく私の出番が来る頃だと思って」


 アリィと呼ばれたピンク髪の女が答える。


「その通りだ。それがどうかしたのか?」


「特異存在の彼」


「漆田風斗のことか?」


「うん、彼のギルドは私に任せてもらいたい」


「お前が自ら志願するとは珍しいな」


「だからいいでしょ? お願い、クロード」


「かまわないが――」


「規則は守れ、でしょ? 分かっている」


「そうか、なら漆田風斗のギルドはお前に任せる」


「ありがとう」


 上官の男――クロードは頷き、静かに去っていく。

 アリィは純白の部屋に入り、報告書の作成に励む同僚に近づいた。

 そして、彼の背後からモニターに映る風斗を見る。


「ようやく……」


「ん? ……って、アリィじゃねぇか! どうかしたか?」


「ううん、何でもない。何も言っていない」


「そかそか。なら聞いてくれよ。この紙は報告書って言うんだけどさぁ」


 同僚の男が報告書の愚痴をペラペラ話す。

 アリィはその発言を完全に無視すると、踵を返して足早に去った。

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