079 最後の試用期間

 深夜――。


 グループチャットに不穏な空気が漂っていた。

 日中にあれだけ批判合戦を繰り広げていたのに今は大人しいのだ。


 別に何かがあったわけではない。

 外野の連中からは相変わらず醜い煽りが飛び交っている。

 だが、〈サイエンス〉や須藤ギルドの連中は静かだ。


 おそらく焦っているのだろう。

 今頃はどうにかクリアしようと取り組んでいる。

 いがみ合って失敗に終わるのが最もいけないことだ。


 では、どうやって帰還者を決めるのか。

 じゃんけんでも、あみだくじでも、必ず問題が起きる。


 それに、今から徘徊者戦だ。

 少なくとも終わるまでは話を進められないだろう。

 俺達以外のギルドがミッションを攻略するのは難しそうだ。


「風斗、何をしているの?」


 スマホを凝視していると麻衣が話しかけてきた。

 俺達は今回も城の外で迎え撃つ構えだ。


「アサルトライフルの説明を読み直していたんだ」


「説明? なんで?」


「クエストをクリアしても帰還できないからな。そうなると今後はクラス武器が重要になってくる」


 いくつかの武器の説明を見た後、改めてアサルトライフルの説明を表示した。


=======================================

【名前】アサルトライフル

【説明】

両手で扱う自動小銃。

攻撃力は低いが、連射性能が高くて扱いやすい。

装弾数:30発 / 再装填:3秒

=======================================


 短い説明文だが、やはり引っかかる。


「攻撃力って何だろうな」


「何その哲学的なセリフ」と笑う麻衣。


「だってさ、徘徊者に防御力なんてないだろ。ノーマルとエリート、どっちも攻撃が命中すれば即死だ。人間ならかすり傷で済むようなダメージでも死ぬ」


「でもボスは即死じゃないじゃん? そのことじゃない?」


「かもしれないが……」


「釈然としない?」


「うむ」


「まぁゼネラルタイプがもういないもんねー」


「それもあるけど、仮にゼネラルがいても気になっていると思う」


 とはいえ、何が引っかかるのか自分でも分からなかった。

 得も言えぬ違和感だけが燻っている。


「深く考えないほうがいっすよー!」


 燈花が背中を叩いてきた。


 俺は「そうだな」と答え、手首や足首を軽くストレッチ。

 それからクラス武器の設定を行い、草原の向こうにある暗闇を睨む。


 空気が変わった。

 時計を確認しなくても2時00分になったと分かる。


「グォオオオオオオオオオオオオ!」


 聞き飽きた咆哮とともに徘徊者の群れが迫ってきた。

 麻衣は「やるよー!」と、城壁に取り付けたライトの明るさを上げる。

 背後から照らされているので、目の前に自分達の大きな影が映っていた。


「パーティータームっすよー!」


 ガトリングガンを構える燈花。


「装弾数6発の爆風地獄をお見舞いしちゃうよん!」


 麻衣の武器はグレネードランチャー。


「美咲さん、何だか様になってますよ」


「そうですか?」


 美咲は両手でショットガンを持っている。


「よーし、風斗、撃ちまく……って、その武器何!?」


 麻衣が俺の武器に気づいて驚く。

 他のメンバーもこちらに目を向けた。


「やっぱり攻撃力の表記が気になるからコレにしてみた」


「だからって刀はないでしょ、刀は!」


 俺が選んだのは刀。

 ただの刀のはずだったが、刀身に炎を纏っていた。


=======================================

【名前】刀

【説明】

近接戦闘に使う一般的な武器。

攻撃力が非常に高く、リロードの必要がない。

=======================================


 刀の説明は簡素だ。

 見たままのことが書かれている。


「パワードスーツみたいな変わり種なら分かるけど、普通の近接武器を選ぶのなんて風斗くらいじゃないの」


「俺もそう思う」


 グループチャットを見る限り、クラス武器は銃火器の人気が高い。

 当然と言えば当然だ。


 刀が欲しけりゃ〈ショップ〉に数万で売っている。

 一方、銃を買うにはその10倍以上のポイントが必要だ。

 弾代だって馬鹿にならない。


 安く買った近接武器とクラス武器の銃を組み合わせて戦う。

 それが一般的な認識であり、俺もそれが正解だと思っていた。


 だが、試す。

 気になったまま別の武器を使って後悔したくないから。

 試用期間は今回がラストだ。


「俺は突っ込むから援護を頼むぜ」


「風斗に向かってぶっ放せばいいわけね? 了解!」


「おい」


「大丈夫っすよー! 私もガンガン風斗を撃つっすから!」


「何が大丈夫なんだ……」


「私の武器はショットガンなので近くまで一緒に行きます」


「サンキュー美咲」


「大丈夫、風斗は一人じゃない」


 由香里が自らのクラス武器に目を向ける。

 それは近接武器でもなければ銃火器でもなかった。

 かといってタブレットやノートパソコンでもない。


 ロボットだ。

 全長約2メートルの人型ロボ。

 正式名称は「自動戦闘ロボット」である。


「風斗を守って」


 由香里が命じると、ロボは無言で動き始めた。

 足の裏にローラーでも付いているのか滑るように進んでいる。

 スピードはマウンテンバイクを軽く漕いでいる時と同程度。


「頼もしいな、行くぜ! うおおおおおおおおおお!」


 俺はクラス武器の刀を左手で持って敵に突っ込む。

 走りながら腰に差している普通の刀も抜いた。

 左右の刀を持ち替え、クラス武器を右手で持つ。


「おらぁ!」


 デタラメな二刀流で敵を切り裂いていく。

 近くではロボもボクシングスタイルで暴れていた。


 クラス武器で斬った敵は炎上することなく即死する。

 どうやら刀身の炎はただの演出だったようだ。


 ドガァン! ドガァン!


 周囲に爆音が轟く。

 麻衣のグレネードが炸裂していた。


「ロボがいるとはいえ単機で突っ込むのは厳しいか」


「風斗君!」


 ショットガンの銃声が響く。

 俺の死角を突いた小賢しい徘徊者に、美咲が散弾をお見舞いした。


「助かったぜ美咲」


「いえいえ。仲間に命中しても大丈夫なので遠慮せず撃てますね」


「その仕様は大きいよな」


 話していると由香里の放った矢がすぐ近くの敵を射抜いた。

 この矢はクラス武器ではないため当たると普通に怪我をする。

 由香里の腕前がなければ普通の弓は扱えないだろう。


「前衛をロボに任せて後ろから弓で戦うとは賢いな」


 由香里は可能な限り愛用の弓で戦いたがっていた。

 クラス武器にロボを選んだのもそのためだ。

 現在の状況を見る限り、彼女の目論み通りになっている。


「――武器の使用感は分かったしこのくらいでいいだろう」


 今回も1時間ほど戦ったところで撤退準備に入る。

 俺の合図で美咲が下がり、代わりにタロウが前に出た。


「美咲は……無事に麻衣たちの場所まで下がれたな」


 あとは俺の撤退だけだ。


「タロウ、戻るぞ」


「ブゥ!」


 目の前で止まったタロウに跨がる。

 タロウはくるりと反転して城門に向かった。


 先に仲間たちが門をくぐり、少し遅れて俺とタロウも続く。

 門を閉めたら撤退完了だ。

 あとはロボと機械弓兵に任せておけばいい。


「これでクラス武器の試用期間は終わったわけだが――」


 俺はタロウから下りて皆と話す。


「――やっぱり使い勝手がいいのは銃だな」


「だねー」と頷く麻衣。


「ま、私は指揮棒タクトに決めてるっすけどねー」


「私はロボットがいい」


 燈花と由香里は本決定の意志を固めている。


「美咲はロッドか?」


「そうですね。悩みましたが、やはりいざという時に殴打できるので」


 銃が扱いやすいのは満場一致なのに誰も銃を選ばない。

 なんとも不思議な光景だった。


「あとは俺と麻衣か」


「風斗は何の武器にするか決めた?」


「刀だな。一人くらい近接用の武器を持った人間がほしい。保険みたいなものだ」


「それならロボでよくない? 試用期間が過ぎたら武器被りとかどうでもいいわけだし」


「ロボはいいよ、風斗」


「たしかにロボもそそられるが……やっぱり刀だな」


「気に入ってるねぇ! メラメラの刀身にそそられた?」


「ぶっちゃけそれもある」


 麻衣は笑い、それから言った。


「じゃあ私はアサルトライフルにしようかなぁ」


「ライフルか」


「ガトリングガンと迷ったんだけど、動き回れて隙がないから」


「なるほどな」


 ガトリングガンは装弾数がライフルの10倍以上ある。

 攻撃力も説明文を見る限りライフルよりも高い。

 一方で、リロードが遅くて重いのは大きな欠点だった。


「使う武器が決まったことだし、今日はもうお風呂に入ろー!」


「なら敵の監視はペットに委ねるか」


「了解!」


 ウシ君以外のペットを総動員して監視させる。

 これで城門を破られても問題ない。

 まだ徘徊者戦の途中だというのに、俺達は城に戻った。


「私達の裸が覗きたかったらいつでも来ていいからねー」


「待っているっすよ、風斗!」


「みんなでお風呂に入るの、楽しいよ」


「それでは風斗君、お先に失礼します」


 女性陣は大浴場に向かい、俺は自室でくつろぐ。

 この後は入浴を済ませて寝るだけだ。

 起きたらクラス武器の本決定と最終ミッションの投票がある。


 どちらも予定調和。

 クエストをクリアするのは俺達だけで、他のギルドは失敗する。

 帰還者に選ばれた麻衣は権利を行使せず俺達と過ごす。

 グループチャットでは俺達に文句を言う者が続出するだろう。

 日本に戻って家族に無事を伝えろ、と。

 しかし俺達は静観を貫く。

 2日もすれば落ち着いているだろう。

 深夜になれば徘徊者戦だ。

 初日は全員で参加して門の上で待機するだろう。

 そこで問題ないと判断したら、次の日からは2~3人で回す。


 そんな未来が待っている――そう、思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る