078 皆の頼み

 ランニングをすることにした。

 ワイヤレスイヤホンを耳に着けて城の周りをグルグル走る。

 スタミナをつけて徘徊者戦の二時間を息切れせず動けるようにしたい。


「ぜぇ……ぜぇ……」


 走り始めて10分も経たずにバテバテだ。

 呼吸は乱れ、汗は滝のように流れ、ランニングウェアはぐっしょり。

 一方、隣を併走しているウシ君は涼しい顔をしていた。


「乳牛って思ったよりもスタミナがあるもんなんだな……」


「モー♪」


 よくもここまで生きてこられたな、と自分に驚く。

 俺のようなザコは初日に死んでいてもおかしくない。

 改めてコクーンの偉大さを認識した。


「よーし、ちと休憩するぞウシ君!」


「モー!」


 雑草の上に寝転ぶ。

 天然芝に似た感触で悪くない。

 虫がいないのも素晴らしい。


「違う曲でも聴くか」


 音楽配信アプリで良さそうなプレイリストを探す。

「イマドキ10代の超定番」というリストを開いた。

 ――が、並んでいる曲は知らないものばかり。

 どうやら俺はイマドキ10代に含まれていないようだ。


「おっ」


 リストの中に1曲だけ知っているものがあった。

 先日、麻衣に強くオススメされたものだ。

 聴いておけと言われていたことを思い出す。


「これにするか」


 忘れる前に再生。

 ピコピコとした電子音と共に女のボーカルが歌い出した。


「麻衣が絶賛するだけあってノリはいいが……」


 歌詞は意味不明だ。


「お前も聴いてみるか?」


「モー!」


 聴きたいようなのでイヤホンのペアリングを解除。

 スマホのスピーカーから音楽が流れる。


「モー♪ モー♪」


 リズミカルな動きを見せるウシ君。

 耳をピクピク、尻をプリプリ、まさにノリノリ。

 どうやらこの曲を知っているようだ。


「中毒性の高い曲だしリピート再生しながら走るか」


「モー♪」


「よっしゃいくぞー!」


 ワイヤレスイヤホンをポケットに入れて走り始める。

 ――はずだったが、何歩か進んだところで止まった。

 音楽が消えて通知音が鳴ったからだ。


 用件は音で判別できる。

 チャットアプリで誰かが個別通話を掛けてきたのだ。


「吉岡……? 俺に何の用だ?」


 相手は三年の男子こと吉岡。

 旧栗原ギルドこと〈アローテール〉の副マスターだ。


『漆田、今いいか』


 通話の応答ボタンを押すなり吉岡の声が聞こえた。

 えらく騒がしいところから通話しているようだ。

 ギルドの金策方法が酪農に変わったからだろう。

 全員が拠点の中で過ごしているわけだ。

 栗原の報復を恐れて迂闊に外へ出られないのもある。


「大丈夫だがどうしたんだ? 珍しいじゃないか」


『最終ミッションの件で話があってな』


「ほう」


『帰還するのは漆田なんだろ?』


 俺は否定も肯定もせず、「さぁ」とはぐらかした。

 吉岡の真意が不明なので手の内は明かさないでおく。


『はぐらかしたってお前以外じゃ話がまとまらないだろ』


「そんなこともないさ。で、用件は?」


『もし帰還したら家族に伝言を頼みたいんだ』


「どうして俺に頼む?」


『漆田のところ以外は失敗しそうだからな』


「まぁ、そうか」


 グループチャットは酷い有様だ。

 ギルドメンバー同士で言い争い、それを外野が囃し立てている。

 外野の奴等が足を引っ張ろうとしているのは明らかだった。

 自分たちが失敗したのに他所の成功は許せないという魂胆だろう。

 醜い、なんとも醜い。


『漆田じゃなくてもいいから、帰還したら俺の両親に伝言を頼むよ』


 吉岡に悪意がないことは分かった。

 だから俺も真面目に答える。


「悪いがそれはできない」


『なんでだよ』


「俺達は帰還の権利を獲得してもすぐには行使しないからな」


『行使しない? どういうことだ? この島に残りたいのか?』


「残りたくはないさ。ただ、帰るなら五人全員で帰りたいんだ」


『マジかよ』


「ああ、マジだ」


『すげーな。……いや、ほんとに、すげーよ』


 しみじみしたような言い方だ。


「すごいか?」


『他のギルドじゃ考えられない。俺だったら他の奴等を差し置いてでも帰りたいと思うぜ。アロテには親友もいるけど、それでも帰れるチャンスがあるならそいつと縁を切ってでも帰りたいと思うだろうな』


「それが普通だと思うよ。俺達は馬鹿なんだ」


『謙遜するなよ、カッコイイじゃん。ま、そういうことなら諦めるわ』


 吉岡が『またな』と通話を切った。


「あ、ギルドの様子を訊いておけばよかったな」


 通話が終わった後に思う。

 〈アローテール〉の内情を知るチャンスだったな、と。


 矢尾がマスターになって以降の様子が分からない。

 すぐにギルドクエストが始まったからだ。


 栗原のことも何か知らないか訊いておきたかった。

 俺達を「殺す」「犯す」と息巻いていたが、その後は音沙汰がない。

 グループチャットでは一度すら発言していなかった。

 〈履歴〉を見る限りペットボトルトラップにも手を付けていない。


「わざわざ掛け直してまで訊くのも面倒だしまぁいいか。どうしても知りたいなら麻衣に訊けばいいし」


「モー!」


 ウシ君も「そうだそうだ」と言っている。


「体力も回復したことだし追加のランニングでもすっか」


「モー!」


 ということでランニングを再開。

 走っては歩き、走っては歩きを繰り返す。

 とにかく足を止めないよう頑張った。


「あ、風斗君、ランニングとは珍しいですね」


 12時に差し掛かった頃、美咲が戻ってきた。

 愛犬のジョーイだけでなく、由香里とルーシーのコンビも一緒だ。


「由香里と一緒に出かけていたのか」


「いえ、たまたまそこで会いまして」


「なるほど」


「風斗、すごい汗」


 由香里が俺の首筋を指した。


「ざっと30分は休まずに走り続けていた・・・・・・・からな」


「30分も? すごい」


「へへ、まぁな」


「モー!」


 ウシ君が頭で小突いてきた。

 嘘は良くないぞ、と言っているようだ。

 その仕草のせいで二人に嘘が露呈してしまう。


「ところで由香里、ルーシーを借りていいか?」


「どうしたの?」


「近くに栗原がいないか調べてもらおうと思ってな」


 先程、吉岡から通話があったことを話す。


「そういうことなら――ルーシー、お願い」


「キュイイイ!」


 ルーシーは凄まじい速度で飛んでいった。


「待っている間にBBQでもするか、ここで」


「いいですね。麻衣さんと燈花さんに声を掛けますね」


「頼んだ」


 俺は〈ショップ〉で道具を買おうとスマホを取り出す。

 だが、個別チャットが大量に届いていたので手が止まった。


「由香里、BBQの準備をしてもらっていいか」


「分かった」


 BBQのことは由香里に任せてチャットを確認する。

 チャットの送信者は数十人いて、全員が同じ用件だ。

 ――日本に帰還したら家族に伝言を頼む。


「やっぱり誰だって家族にメッセージを届けたいよな」


 皆の気持ちは理解できる。

 俺だって両親に「元気にしているよ」と言いたかった。

 そうは思うけれど、だからといって方針を変える気はない。


「仕方ない、グループチャットで意思表示を……いや、待てよ」


 そんなことをすれば炎上するのは確実だった。

「権利を行使しない? ふざけるな!」と八つ当たりを受けるだろう。

 吉岡のように大人しく納得する奴のほうが珍しい。


 ということで、個別チャットは無視することにした。

 心の中で「すまねぇな」と謝っておく。


「キィイイイ!」


 そうこうしているとルーシーが戻ってきた。

 栗原は近くにいないようだ。


「今日はじゃんじゃん食べちゃうよー!」


「お肉! お肉! お肉の時間っすよー!」


 麻衣と燈花がやってきて、皆で仲良くBBQを堪能した。

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