074 船上でのひととき
「うおりゃあ! 燃えるがいい! うははは!」
船が自動航行している
コンロに設置した複数のフライパンから火柱が立っている。
この船に修復機能が無かったら看過できないほどの火力だ。
何を作っているのかは分からないが、後ろ姿は中華料理の巨匠である。
『トマトに含まれていることでも知られる赤い色素で、美容や健康にも効果があるとされている有機化合物と言えば!?』
「はい! リコピン!」
『正解はリコピン!』
「やったー! 正解っす!」
燈花はクイズ番組の再放送を観て一人で盛り上がっている。
この手の番組が大好きだと前に言っていた。
その頃、俺はベッドで仰向けになってスマホをポチポチ。
久しぶりに自分たちの扱いがどうなっているか調べていた。
結果は想像通り。
話題になっていないどころか、完全に忘れ去られていた。
一番新しい関連記事ですら投稿日は1週間以上も前だ。
しかも、その記事は週刊誌の記者が書いたデタラメの作文だった。
それによると、俺達はどこぞの国に拉致されているらしい。
ライブカメラが捉えた転移の瞬間の映像は合成だという。
しかも「政府関係者」なる胡散臭い人物の証言付きだ。
「こういうデタラメばかり書いているから信用を――」
「ドーン!」
燈花が横から飛び込んできた。
いつの間にかテレビが消えている。
「なーにしてるっすか、風斗」
「暇だからスマホを見ていた」
「そりゃ分かるっすよー!」
燈花は俺の隣で仰向けに寝そべり、じーっとこちらを見てくる。
シングルサイズのベッドなので、二人で並ぶと窮屈極まりない。
「スマホで何をしていたかって話っすよー」
「俺達に関するニュースを調べていたんだ」
「おー! 何か新しい情報はあったっすか?」
「いや、全く」
「ありゃま!」
燈花はスマホを取り出した。
何も言わずにインターネットの海を彷徨っている。
(今日は互いに制服だし、なんだか……)
「今の私たち、恋人同士って感じがするっすよねー!」
思っていたことを燈花が言う。
「そ、そうか? そんなこと、とく、特に意識していなかったが?」
「ほんとっすかー? あーやしぃ!」
燈花はスマホを腹の上に置き、再び俺の目を見つめてきた。
「風斗ってー、恋愛経験はあるっすかー?」
「いきなりだな」
「いいじゃないっすかー、恋バナっすよ、恋バナ!」
はぁ、と苦笑いでため息をつく。
それから彼女の質問に答えた。
「ないよ、前にも話した気がするけど」
「えーそうだったっすかねー」
「燈花はどうなんだ? あるの?」
「そりゃあもう、ばりばり」
「やっぱりモテるんだなぁ」
「嘘っすよー! 私も未経験!」
何が面白いのか「なはは」と手を叩く燈花。
「じゃあ、キスはどうっすか? 前に美咲としたのが初めてっすか?」
「え? なんだって?」
聞きそびれたフリをして時間を稼ぐ。
どう回答するのが適切か分からなかった。
転移初日に麻衣から口移しで万能薬を飲まされた一件がある。
あれを含めるなら初めてではないし、含めないなら初めてだ。
「だーかーらー! 美咲とのキスが人生初のキスなのかって!」
「……まぁ、そんなところかな」
チラリと麻衣の様子を窺う。
先程とは打って変わって静かに調理している。
明らかに聞き耳を立てていた。
「そんなところ!? 何その言い方! 怪しいっすねー?」
「……まぁ、そんなところだ」
「もういいっすよー! その返事は!」
燈花は不満そうに唇を尖らし、俺の頬を指で突いてきた。
「で、どうだったっすか? 美咲とのキスは!」
「悪くなかった」
「悪くなかったぁ? つまり良くもなかった!? 美咲に言わないとっすね!」
「いや、良かったよ! 良かったから!」
「なはは、風斗は分かりやすいっすねー!」
燈花は手をバンバン叩くと舌なめずりをした。
「私も体験してみたいっすねー、キス」
「え?」
「風斗、試しにキスしよーっす!」
燈花は「ほら」と目を瞑ってキスをせがんでくる。
「いやいや、そんな軽いノリでしたらいけないだろ」
「風斗が相手ならいっすよー! それとも私とじゃ嫌っすか?」
「そんなことはないが」
「なら問題ないっすねー!」
燈花の両手が伸び、俺の後頭部をがっしり掴む。
そのまま強引にキスしようとする。
――と、その時だった。
「こらぁ! 人が頑張っているってのにイチャついてんじゃねー!」
麻衣の怒声が飛んできた。
燈花の手がピタリと止まる。
「そんなことばっかしているとご飯抜きにするよ!」
「えー、それはダメっすよ! 料理を食べないと力が出ないっす!」
慌ててキスを中断する燈花。
俺はホッと胸をなで下ろすが、その一方で残念にも思った。
なんとも複雑な気分だ。
「燈花、暇なら手伝えー! もう終わったからいいけどさ!」
「申し訳ないっす……」
「風斗も〈地図〉を見ろ! もう魚群に着いているんじゃないの?」
〈地図〉を確認したところ、たしかに到着していた。
網を引き揚げる段階に入っている。
「仰る通り作業の時間だった」
「ミッションなんだから気をつけてよね」
「わりぃ」
「じゃ、ご飯を食べたら網の引き揚げに行くよ!」
「「了解!」」
麻衣の作ったチャーハンと餃子を食べた後、俺達は漁を開始した。
◇
特に問題なく250万ptを稼いだ俺達。
もっと言えば倍の500万ptも稼いでしまった。
夜、晩ご飯を終えた俺は自室のバルコニーにいた。
椅子にもたれて満天の星を眺める。
この島はクソだが、星空の美しさに関しては認めざるを得ない。
「そろそろ結果が出揃う頃かな」
グループチャットで他所の状況を確認する。
「思ったより難航しているな……」
第2ミッションのクリア報告は一件も上がっていなかった。
どこのギルドも現在進行系でポイント稼ぎに明け暮れているようだ。
真っ暗な森を徘徊して魔物を倒したり、全力で酪農に取り組んだり。
分かっている限り現時点でクリアが確定しているのは俺達のみ。
1人平均50万ptを1日で稼ぐのはそれだけ難しいのだ。一般的には。
「俺達がどうやって稼いだか……」
グループチャットで金策の手法を尋ねられた。
底引き網漁だけで300万ほど稼いだが、そのことは黙っておく。
ペットと協力して適当に魔物を狩ったことにしておいた。
核心を突いていないだけで嘘ではない。
「明日の最終ミッションはどうなるのかな」
第1ミッションでは数の力が問われた。
第2ミッションでは個の質が問われた。
第3ミッションでは何が問われるのだろうか。
クエスト名は団結力。
おそらくギルドメンバーと協力する何かだろう。
「ま、どんな内容であったとしても俺達なら突破できるはずだ」
不思議と不安はなかった。
失敗する気はせず、成功して帰還する未来が見える。
「そのためにも、まずは徘徊者戦をきっちりこなさないとな」
俺は立ち上がり、シャワーを浴びるため大浴場に向かった。
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