068 大浴場とスク水

 皆で晩ご飯を楽しんだ後、入浴時間がやってきた。

 3階にある広すぎる大浴場で一人寂しく風呂に浸かる。

 ――はずだった。


「モー♪」


「ワンッ!」


「ブゥ!」


 ウシ君、ジョーイ、タロウが一緒だ。

 3頭は当たり前のように湯船でくつろいでいた。


「これで寂しくないっしょ!?」


 そう言うのは、3頭をここへ連れてきた張本人。

 麻衣だ。


「たしかに賑やかにはなったが……」


「せっかくだから風斗のパンツも洗濯しといてあげるよ」


「お、わるいな」


「いいってことよー! じゃ、ごゆっくりー!」


 麻衣は大浴場から出ていった。


「ペットと風呂に入るのは生まれて初めてだな」


 別の湯船で犬かきを堪能中のジョーイを眺める。

 快適そうだが熱くないのだろうか。

 そんなこと考えていると浴場の扉が開いた。


「麻衣、今度は何――って、由香里じゃねぇか!」


「うん、ダメだった?」


 由香里が近づいてくる。


「ダメというか……その格好は何だ!?」


 由香里はスク水を着ていた。

 髪にはバスタオルを巻いている。


「お風呂、風斗と一緒に入りたいなって」


「さっき入っていなかったか?」


 拠点が変わっても風呂の順番は変わらない。

 女子が先だ。


「入ったけど大丈夫だよ」


 何が大丈夫なのか分からないが大丈夫のようだ。

 俺は「あ、あぁ、そうか」と答えた。


「それで、どうしてスク水を?」


「湯船にタオルを浸けるのはマナー違反だから」


「なるほど」


 スク水はセーフらしい。

 由香里は俺の隣に座った。


(そっちは水着でもこっちは全裸なんだが……)


 当然ながら俺も湯船にタオルを浸けない。

 透明のお湯を通して陰部が丸見えというわけだ。


(由香里は気にしていないようだし何も言わないでおくか……)


 チラリと由香里を見る。

 彼女の視線は洗い場のタロウに釘付けだった。


 タロウはどうやったのかシャワーを利用している。

 大きな口を開けて降り注ぐ水をがぶがぶ飲んでいるのだ。


「タロウって器用だよな」


「うん、すごい」


「タロウやジョーイに比べるとウシ君は大人しいな」


 ウシ君だけ静かに浸かっている。

 深めの湯船から顔だけ出して気持ちよさそうだ。


「あ、ウシ君で思い出したけど、風斗が正しかったね」


「何がだ?」


「搾乳。麻衣、搾乳機に頼っているよ」


 俺は「あー」と笑った。


「麻衣が手搾りを続けられるわけないからな」


「そうなの?」


「だって麻衣だぜ? 俺達の中で一番の現代人で、しかも面倒くさがりときた。何日か手搾りを続けただけ粘ったほうだよ」


「たしかに」


 由香里はクスリと笑った。


「話は変わるが、燈花とは仲良くやっているか?」


「うん、なんで?」


「二人が話している姿をあまり見ないから気になってな」


 由香里と燈花の会話シーンは貴重だ。

 燈花が加入して間もない頃しか見た記憶がない。


「言われてみるとあまり話していないかも」


「無理する必要はないけど気が向いたら話してみるといい。面白い奴だぞ」


「そうする。風斗は皆のことよく見ているんだね」


「どうだろうな」


「立派だよ」


「はは、サンキューな」


 俺はおもむろに立ち上がった。


「のぼせたので上がるとしよう」


「じゃあ私も」


 二人で浴室の外に向かう。


「先にあいつらを出してやらないとな。自力じゃ扉を開けられないだろう」


「だね」


 浴場の扉を全開にして3頭に言う。


「入浴タイムはおしまいだ、脱衣所に移動しろ」


「モー♪」


「ワンッ!」


 ウシ君とジョーイは大人しく従った。

 タロウは低い声で「ブゥ」と鳴いて物足りなさをアピール。

 それでも、居座ることなく脱衣所へ移った。


「さっさと乾かして寝ないとな。徘徊者戦だ」


「そうだった」


 由香里は小走りで脱衣所へ行き、スク水を脱ぎ始める。


「ちょま! 俺がいるんだから脱ぐのは待ってくれ!」


「でも、このままだと冷える」


「それは困るな……」


「見られても大丈夫だよ、風斗なら」


「俺が大丈夫じゃないんだが……まぁいいか、脱いでくれ」


「分かった」


 由香里から目を背け、俺はバスタオルで体を拭く。


「風斗、ありがとうね」


 彼女に背中を向けたまま「何が?」と返す。


「ギルドに入れてくれて。今までの人生で、今が一番楽しい」


「そう言ってもらえてよかった」


 そこで間を置いた後、「だがな」と続ける。


「日本に帰ったらもっと楽しくなるぜ」


「ほんと?」


「間違いないよ」


「だったら日本に帰らないとね」


「おう! ミッションをクリアして皆で日本に帰還だ!」


「楽しみ」


 日本に帰ったらまずは何をしよう。

 第1ミッションすら始まっていないのに、早くもそんなことを考えていた。


 ◇


 仮眠を挟み、徘徊者戦の時間になる。

 俺達は南門近くの城壁に集まっていた。


 ペットはタロウとルーシーが参加する。

 タロウは階段前を防衛し、ルーシーは全体の警備。


「もうじき戦闘が始まるっすよー! 皆の者、武器を持ったっすかー!?」


 燈花が愉快気に言う。


「ねぇ、こんな高いところからどうやって攻撃するの? バリスタじゃ下に撃つのは厳しいよ」


 麻衣が尋ねてきた。


「今回は可能な限り何もしない予定だ」


「見ているだけ?」


 俺は頷いた。


「場所が変わって初めての徘徊者戦だから敵の強さを知りたい。前の拠点と大差ないのかどうか。あと、城の頑強な防壁や門で防げるかも知りたいところだ」


「なるほどねー」


「もしもヤバそうならどうするっすか?」


「その時は死に物狂いで戦うさ」


 燈花は「うはーっ!」と両手を上げた。


「ノープランっすかー! まずいっすねー!」


「問題ない。いざとなれば〈踏み倒しアニマル軍〉で切り抜ける」


「出た! 風斗のインチキ技!」


「インチキじゃねぇ、代償を伴う決死の作戦だ」


「普通ならそっすけどー、風斗は戦闘後に〈要望〉でゴネてペナルティを解除させるからなぁ」


「Xが勝手に解除しただけさ。次もそうなるとは限らない」


「たぶん無理っしょ」と麻衣。


「ま、何があるか分からないから警戒は怠らないようにしといてくれ」


「了解っす!」


 スマホを取り出して時間を確認する。


「あと10秒……9……8……」


 戦闘開始のカウントダウン。


「3……2……1……」


 そして、0になる。


 その瞬間、俺達は「来る」と確信した。

 草原に不穏な風が吹き、闇の向こうがざわつき始めたのだ。

 コクーンのアイコンも真っ赤に染まった。


「「「グォオオオオオオオオオオオオオ!」」」


 大量の徘徊者が押し寄せてくる。


「視界の確保だ! 麻衣!」


「任せなってー!」


 麻衣がスマホをタップする。

 城壁に取り付けておいた大量のサーチライトが一斉に起動した。


「どうよ! これが最先端の戦争! IoTの真骨頂!」


「IoTが何か分からないがナイス!」


 数十メートル先の敵までくっきり見える。

 それで分かったが、数がこれまでよりも遙かに多い。

 軽く1000体を超えていた。

 残り三方も同程度の数なら合わせて5000体に迫る大軍だ。


「凄まじい数ですね……」


 不安そうな美咲。


「大丈夫さ、どれだけ数がいようと防壁で詰まる」


 防壁はボトルネックだ。

 洞窟の頃より被弾面積が増えたとはいえ、殴れる数はそう多くない。

 1つの門につき数十体が関の山だろう。

 残りは押し寄せるだけで何もできない。


「さて、門に群がる敵を眺めるとしようか」


 余裕綽々でそう言った時、予想外のことが起きた。


「風斗君、機械の弓兵たちが――」


「ああ、動き出したぞ!」


 カカシと思われていた機械弓兵が突如として起動したのだ。

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