067 引っ越し
全員で城内を見て回る。
これまでの常識を覆す新拠点は、定番の洞窟とは大きく異なっていた。
最初に気づいたのは城門の開閉機能。
四方の門はコクーンでの〈拠点〉から操作可能だ。
ボタン一つで自動的に開いたり閉まったりする。
これは序の口で、最も目を引いたのは防壁のステータスだ。
防壁は城門と同じ場所、つまり四方に設置されている。
被弾面積が洞窟の比にならない点は注意が必要だ。
ただ、それを加味にしても凄まじいステータスだった。
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【H P】30,000,000
【防御力】125
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あまりにも高い。高すぎる。
これまで使っていた洞窟と比較すれば一目瞭然だ。
ちなみに洞窟はこんな感じ。
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【H P】765,000
【防御力】15
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まさに難攻不落。
徘徊者の攻撃をどれだけ受けても怖くない。
しばらくは安泰だ。
ただ、いずれは厳しくなる。
城には“拡張できない”という大きな問題があった。
スペースの拡張だけでなく、防壁の強化や範囲変更もできない。
今は頑強に感じる防壁だが、時が経てば脆く思えてくるだろう。
ひとしきり見終えた後、1階のエントランスで皆と話した。
「洞窟は俺の個人所有にしておくよ、維持費削減のために」
「なんで拠点の所有数が増えると維持費が跳ね上がるんだろうね」
麻衣の言葉に、「不思議ですよね」と美咲が頷く。
「維持費が固定だと拠点を独占する奴がでるんじゃないか。この拠点の維持費は20万とクソ高いけど、普通の洞窟は1~2万だからな。その気になれば全部の拠点を押さえることもできる」
「あー、それはまずいね。独占されたら逆らえなくなるし」
「ま、これだけ島が広いと独占する奴なんていないと思うけどな」
「たしかに! じゃ、私は自分の部屋を弄ってくる! ディナーで会おう!」
麻衣が「さらば!」と傍の階段を駆け上がっていく。
燈花が「私もー!」と続いた。
「俺達も部屋を整えるとするか」
美咲と由香里が同意し、俺達は静かに階段を上った。
◇
城は三階建ての石造り。
一階は大広間や食堂などの共用エリアが占めている。
客室は二階と三階にあり、部屋の数は10室以上。
それだけあると部屋決めで揉めることもなかった。
俺の部屋は三階。
同じ階には麻衣と由香里の部屋もある。
「さて……」
部屋の中を見渡す。
20帖ほどのワンルームだ。
クローゼット、トイレ、洗面所はあるが浴室はない。
風呂に入りたい時は三階の大浴場を使う必要があった。
「何から手を着けるかな」
部屋には上質なベッドがポツンとあるのみ。
俺が設置したのではなく最初から備わっていたものだ。
残りの家具は自分で設置する必要があった。
「とりあえず床からいくか」
ツヤツヤの石の床は落ち着かない。
なので、厚みのあるもふもふの絨毯を敷いた。
部屋の雰囲気がガラッと変わって落ち着いた雰囲気になる。
「いい感じだ」
そこから先は思い立った物から順に設置していった。
で、作業が一段落した時に気づいた。
「これ洞窟の自室と同じじゃねぇか!」
無意識のうちにこれまでの自室を再現していたのだ。
「だが、これは洞窟になかったな」
視線に映るのは窓だ。
外の様子が見えており、開けるとバルコニーに出られる。
日本では当たり前だった窓がここでは新鮮で、とても嬉しかった。
「うおおおおおおおおおお!」
バルコニーに出て大声で叫んだ。
腹の底から全力で声を出すと気持ちよかった。
「さて、ご飯までに改めて中を散策しておくか」
部屋を出て一階に向かう。
広すぎてどこが何の部屋か覚えていなかった。
あとで麻衣に洒落たドアプレートを作ってもらおう。
「……ん?」
食堂に入ると音がした。すぐ隣の厨房からだ。
様子を見に行くと我がギルドの料理番がいた。
美咲だ。
「キッチンにいる時はいつも上機嫌だな」
「あ、風斗君」
美咲は振り返り、俺を見て微笑んだ。
「今は調理環境の構築中か?」
「はい。これだけ広いと好きなだけ器具を置けますね」
美咲はコクーンで謎の調理マシンを買いまくっていた。
次から次へと設置される機械を見ても、俺には何が何やら分からない。
「本当に広いよなぁ。厨房だけで10人は入れるぞ」
「快適です」
と言いつつ、美咲の顔はなんだか浮かない様子。
「どうかしたのか?」
「この厨房、一つだけ残念な部分があるんです」
「というと?」
パッと見た限りだと最高に感じる。
石造りで雰囲気はいいし、広々としていて、シンクも大きい。
「今までと違って完全に独立した空間なので……」
「ああ、他の人と話しながら作業できないのか」
「話せなくても見えたらそれで十分だったんです。楽しそうにしている皆様の様子を眺めていると私まで楽しくなってくるので」
「なるほど」
俺は右手で顎を摘まみながら対策を考える。
「そうだ! 閃いたぞ!」
「え?」
「美咲は気にせず作業を進めていてくれ。俺が改善してやる!」
「分かりました」
俺は食堂に移動した。
「お、風斗じゃん! キッチンにいたの?」
「やっほー風斗ぉ! お洒落な部屋にできたっすか?」
食堂には麻衣と燈花がいた。
二人でソファやテレビを設置している。
只の食堂からリビングを兼ねたものに変えるつもりのようだ。
ここの食堂は洞窟のLDKより広いから問題ないだろう。
「部屋は前と同じような感じだ」
えー、と呆れる二人。
そんな彼女らを傍目に、俺は適切な場所を探す。
「ここにしよう」
食堂と厨房を隔てる壁に目を付けた。
「何をするの?」
「厨房と繋げるのさ」
〈ショップ〉を開いて色々と購入。
目的のアイテムをサクッと設置して厨房に戻った。
そして、厨房でも同じ物の設置に取りかかる。
「美咲、ここの壁を使わせてもらうけど大丈夫か?」
「大丈夫ですが何をするのですか?」
「食堂と繋げるのさ」
俺はニヤリと笑って購入した物を召喚。
大型モニターとマイク内蔵の高性能カメラだ。
「今時は便利なものでな、モニター本体にPCと似たような機能が備わっているんだ。だからこれをこうして、こうしてやれば……よし、映ったぞ!」
モニターに食堂の様子が映し出された。
麻衣と燈花のゲラゲラ笑う声がよく聞こえる。
「凄いです! これなら皆さんの様子が分かります!」
目を輝かせて拍手する美咲。
「驚くのはまだ早いぜ」
俺はマイクをオンにした。
「これで話すことも可能だ」
「おー!」
俺達の会話が聞こえたようで、麻衣と燈花がモニターを見る。
『風斗ー、美咲ー、聞こえているっすかー?』
『やっほー!』
手を振る二人。
美咲は満面の笑みで「聞こえています!」と答えた。
「こちらの声は届いていますか?」
『ばっちり聞こえているよー!』
「よかったです!」
そう言って笑う美咲は本当に嬉しそうだ。
喜んでもらえたようで俺も嬉しくなった。
「風斗君、本当にありがとうございます!」
美咲が抱きついてくる。
モニターから麻衣たちの茶化す声が響く。
それでも美咲はギュッとしたまま離さなかった。
「こ、このくらい大したことないさ!」
美咲の背中に腕を回し、ポンポンと優しく叩いた。
「じゃ、俺は城壁の機械弓兵を見てくるよ」
「分かりました!」
美咲とのハグを終え、俺は城から出た。
いつの間にか日が暮れていて、辺りは暗闇に染まりつつある。
部屋の内装を弄るのに結構な時間を費やしていたようだ。
「念の為にライトを買っておくか」
懐中電灯を持って城壁の内側にある階段を上っていく。
「こいつら本当に只のカカシなのかな」
不気味な機械弓兵たちは近づいても反応しない。
コクーンを開いてアレコレ試すが、操作機能は見つからず。
どうやっても動かせなかった。
「やっぱり只のカカシぽいな」
そう結論づけた時だった。
「キィー!」
ルーシーが戻ってきた。
草原に目を向けるとジョーイや他のペットの姿も。
「これで全員揃った。引っ越し完了だな」
門を開けてペットたちを迎え入れた。
それが済んだらすぐに門を閉じ、城壁の階段を下りる。
頭の中は明日のミッションでいっぱいだ。
だが、その前に本日の徘徊者戦が控えている。
久々だし新拠点なので些か不安だった。
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