第五章:団結力

065 ギルドクエスト

「これで3000件突破ですよ、日本に帰りたいって要望。送信できないと返しても気にせず送り続けてくる。例のイベントで落ち着いてくれますかね」


 純白の空間で、男はため息をついた。

 彼の前にはパソコンを模した機械が置いてある。


 男の後ろにいる上官が無表情で返した。


「イベントが終われば何かしらの変化はあるだろう」


「そもそもクリアできるギルドなんてあるのでしょうか」


「あるだろう、いくつかは」


「例えば……漆田風斗のところとか?」


「そうだ」


「すると、漆田風斗とはこれでお別れになりそうですね」


「残念ながらな」


 モニターに風斗の姿が映る。

 男たちは静かにそれを眺めていた。


 ★★★★★


「このまま真っ直ぐ進むと数分で到着するはずだ」


 俺はスマホの〈地図〉を見ながら言う。

 ピン止めされている謎の目的地がすぐそこまで迫っていた。


「予定よりだいぶ早く着きそうですね」


 ハンドルを握る美咲が前を向いたまま答える。

 後部座席の女性陣とハヤブサのルーシーはスヤスヤ眠っていた。


「思ったほど森ばかりというわけでもなかったからな」


 道中における森の割合は半分程度だった。

 残りは色々で、草原や荒野、果てには小さな城まで。

 城は洋風で緊急クエストの対象だった。


「目的地には何があると思いますか?」


「見当もつかん。ただ、ギルド単位の何かだと思う。グルチャによればギルドごとに座標の位置が違うようだし」


 竹林を抜けると野原が広がっていた。

 そこが目的地だ。


「三人とも起きろ、着くぞ」


 寝ぼけた声で「おー」と答える麻衣。

 由香里と燈花も緩やかに目を覚ました。


「この辺でしょうか?」


 野原の上を少し進んだところで美咲が言った。


「そうだ――たぶんアレを指しているのだろう」


 前方に光の玉が浮いている。

 大きさはソフトボールの球と同じくらい。


「何が起きるか分からないから戦闘準備を整えていてくれ。美咲は有事に備えての車の中で待機を。ヤバそうなら即撤退だ」


「分かりました」


 俺は車から降り、光の玉に近づいていく。

 麻衣たち三人は車の傍で待機。

 由香里は弓を構えて戦闘に備えていた。


「近づいても何も起きないな」


 光の玉は変わることなくふわふわ浮いたままだ。


「触るぞ」


 不安と緊張に胸中を支配される中、俺は左手で玉に触れた。

 すると玉は輝きを強め、天に向かって一筋の線を描くように伸びていく。


「なんかヤバいことが起こりそうな予感っす!」


 燈花は両手でピッケルを握る。


「遠路はるばるここまで来たんだ。光っておしまいじゃないだろ?」


 ほどなくして光が消えた。空に吸い込まれるように。

 浮いていた玉もなくなっており、そして――。


 ピロンッ。


 全員のスマホが同時に鳴った。

 迷うことなく確認する。


『ギルドクエストが発令されました』


 太字でそう書かれており、その下にはずらずらと長い説明文。

 要約すると「ギルド単位で挑むクエストで、参加は強制」とのこと。

 ただ、クエストに失敗しても失うものは特にない。

 興味がなかったら無視してもいいとのことだ。


「で、肝心のクエスト内容や報酬は……」


 俺達はさらに下へ読み進めていく。

 そして、その場にいる全員が口をあんぐりさせた。

 クエストのクリア報酬が日本への帰還だったからだ。


=======================================

【クエスト名】団結力


【参加資格】

・メンバー数が2名以上のギルドに所属している


【クリア条件】

・ギルドメンバーと協力して3つのミッションをクリアする


【クリア報酬】

・日本に帰還する権利


【補足】

・ミッションは明日、明後日、明明後日の午前10時に発令されます。

・ミッションをクリアできなければ、その時点でクエスト失敗となります。

・第1ミッションと第2ミッションの内容はギルド毎に異なります。

・クエスト期間中、ギルドの加入・脱退ができなくなります。

・クエスト期間中、ギルドメンバーの追放ができなくなります。

・クエスト期間中、ギルドマスターを決める選挙は行われなくなります。

・クリア報酬の権利は任意のタイミングで行使できます。

=======================================


「これマジ? 本当に帰れるの?」


 麻衣が信じられないといった顔で呟く。

 独り言のような言い方だったが俺は答えた。


「ミッションをクリアすればだけどな」


「どうせ攻略不可能なミッションっすよー!」


 燈花は早くも諦めている様子。


「でも、私達なら」と由香里。


「ま、ミッションの内容をあれこれ言っても意味はない。明日の10時までは分からないわけだしな」


 クールぶっているが、俺も少なからず興奮していた。

 手がかりがなくて諦めつつあった帰還が現実味を帯び始めたからだ。

 Xの掌で踊るのは癪だが、日本に戻れるならなんだっていい。


「じゃあ早く戻って明日に備えよう! 美咲、運転お願い!」


 車に飛び乗る麻衣。

 俺や由香里、燈花も車内に戻った。


「拠点に戻りますね!」


「いや、待ってくれ」


 俺はエンジンを掛ける美咲を止めた。


「拠点へ戻る前に提案したいことがある」


「提案? 何でしょうか?」


「せっかくここまで来たんだし、拠点を引っ越ししないか?」


 皆が「えっ」と驚いた。

 由香里の太ももの上でくつろいでいたルーシーも目を開ける。


「今まで使っていた拠点は栗原に知られているだろ? だから距離を置きたい」


 今の栗原は何をしでかすか分からない無敵の人だ。

 彼の言っていた「殺す」や「犯す」は本気の可能性がある。


「すると私の洞窟に引っ越しっすね!」と燈花。


「そっか! 燈花も洞窟を持っていたんだ! ナイス!」


 麻衣が親指をグイッと立てる中、俺は「いや」と首を振った。


「燈花の拠点も危険だ。栗原に居場所を知られているかもしれない」


「え、そうなの?」


「栗原のギルド……今では矢尾の〈アローテール〉だけど、そこには燈花のかつての仲間だって在籍している。栗原に拠点の場所を話していてもおかしくない」


「たしかに」


「だったらどこに引っ越すっすか? 他にあるっすか?」


 後部座席の女性陣が首を傾げている。

 一方、運転席の美咲は少し考えてからハッとした。


「風斗君、もしかしてあそこですか?」


「そう、あそこだ」


 俺は笑顔で頷いた。

 良さそうな場所に心当たりがあったのだ。

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