064 第四章 エピローグ
「風斗ー、誰かいたのー?」
「早くゲームするっすよー」
麻衣と燈花が様子を見に来る。
そして、二人とも栗原に気づいた。
「栗原じゃん!」
「わお! 栗原っすよ!」
驚く二人。
その声が聞こえたようで、美咲と由香里もやってきた。
「美咲ちゃん!」
美咲が現れた瞬間、栗原の視線は一点に集中した。
「栗原君……どうしてここに?」
「どの面下げてっつう話なのは分かってるけど――」
栗原が俺達に向かって頭を下げた。
「――今までしたことを謝る。だから俺を仲間に入れてくれ!」
自らのギルドを追放された憐れな暴君。
彼の選んだ末が俺達だったようだ。
俺の答えは決まっていた。
「入れるわけないだろ、馬鹿を言うな」
「お願いだ、漆田。この通りだ」
栗原は地面に膝を突き、そのまま土下座を始めた。
土砂降りの中、水溜まりに額を擦りつけている。
本当に切羽詰まっているのだろう。
それでも――。
「土下座されても返事は同じだ。仲間に入れることはできない」
「漆田!」
「栗原、お前は俺を殺そうとしたんだぞ。その事実は消えない。わるいが俺は聖人じゃないんだ。自分のことを殺そうとした奴と同じ空間では過ごせない」
「…………」
数秒間の沈黙を経て、栗原は立ち上がった。
真っ直ぐに美咲を見つめる。
「美咲ちゃん、俺と一緒にどこかへ行こう」
「えっ」
驚く美咲。
俺達も同様の反応を示した。
(この男は何を言っているんだ……?)
誰もがそう思う中、栗原は真剣な表情で言う。
「俺は美咲ちゃんのことが好きなんだ。本気で惚れているんだ」
「えっと……」
戸惑う美咲。
「美咲ちゃん、こいつらに同行する時に言っていたじゃないか。『生徒を二人きりにはさせられない』って。今の俺は二人どころか一人だ!」
なるほど、栗原の魂胆が見えた。
奴は最初から仲間になれるとは思っていなかったのだ。
美咲を引き抜いて二人きりで行動するのこそ本当の目的だった。
土下座して断られることで不憫さを演出したわけだ。
「行こう、美咲ちゃん! 断る理由なんてないだろ!?」
「………………」
美咲は何も答えない。
静かに栗原を見つめたまま固まっている。
「どうするのよ、風斗」
麻衣が耳打ちで尋ねてくる。
「どうするもこうするもないだろ」
俺達のギルドは自由だ。
美咲が抜けるなら止めることはできない。
どんな答えであっても、俺は彼女の意思を尊重する。
「……栗原君」
美咲が口を開いた。
「私は貴方と一緒に行くことはできません」
「どうしてだよ!」
栗原が怒鳴った。
「もしかして拠点が心配なの? それなら安心してくれ! 俺、フリーの拠点を知っているんだ!」
「そういうことではありません」
「だったらなんで!」
「貴方は人として越えてはならない一線を越えてしまいました。にもかかわらず、自分のことばかり考えていて全く反省していません」
「反省ならしているって! さっき土下座しただろ!」
「土下座はしましたが、貴方の姿からは反省の気持ちが感じられません」
「だったらどうすれば反省している風に見えるんだよ!」
防壁を叩く栗原。
「それは私にも分かりません。ですが、本当に反省しているのであれば、今のような態度にはならないと思います」
「…………」
栗原は言葉を失い、膝から崩れ落ちた。
「また、もしも今後、貴方が心から反省したとしても、私が貴方と二人で行動することはありません。私は〈風斗チーム〉のメンバーです」
美咲が「それでは」と栗原に背を向ける。
「嫌だ! 嫌だよ! 美咲ちゃん! お願いだから俺を見捨てないでくれ! 美咲ちゃんにまで見捨てられたら俺は本当に一人だ! 一人じゃ死んじまうよ!」
防壁にしがみついて泣き喚く栗原。
彼のことは嫌いだが、こんな無様な姿は見たくなかった。
あまりにも男らしさに欠けていて、あまりにも醜い。
「一人だと死んでしまうのですか」
美咲が振り向いた。
「そうだよ! 一人じゃ死んじまう! 美咲ちゃんのせいで死ぬんだ!」
「そうですか……」
美咲は防壁に近づき、腰をかがめ、目線を栗原に合わせた。
「だったら死ねばいいのではないでしょうか」
「え……」
驚きのあまり固まる栗原。
俺達も耳を疑った。
「何度も言いますが、貴方は人を殺そうとした。なのに反省していない。そんな人間は見捨てられて当然です」
「みさ……美咲……ちゃん……?」
美咲は立ち上がり、栗原を見下ろす。
「先程、貴方は私のことが好きだと言いましたね。惚れていると。ですが、私が貴方に抱いている感情は嫌悪です。好意から最もほど遠い。栗原君、私はあなたのことが嫌いです。心の底から大嫌いです。貴方のような人間を見ていると反吐が出ます」
完全なオーバーキルだ。
栗原の目は虚ろになっていた。
それでも美咲は止まらない。
「栗原君、よく見ていてください」
「見るって、何を……」
次の瞬間、美咲は俺にキスしてきた。
俺の頭に両腕を回し、口内に舌をねじ込んでくる。
万能薬を口移しで飲まされた件を除けば人生初のキスだった。
(なんで俺にキス!?)
突然のことに驚いたが、俺は自然と受け入れていた。
前に美咲と観た過激な恋愛ドラマのようなキスを堪能する。
栗原や女性陣が見ている前で貪るように舌を絡めた。
「これが私の気持ちです」
キスが終わると、美咲は栗原に向かって言った。
「あ……嗚呼……嗚呼……」
栗原は壊れたように呻く。
その目からは涙がたらたらと流れていた。
「それでは、さようなら」
冷たく言い放ちリビングに向かう美咲。
そのまま彼女の姿が消えそうになった時――。
「ガァァアアアアアアア!」
栗原が吠えながら立ち上がった。
そして、怒りに満ちた顔で俺達のことを睨む。
「漆田! お前は殺す! 女は犯した後で殺す! 美咲もだ!」
栗原の右ストレートが俺に向かって飛んでくる。
――が、防壁が守ってくれた。
「お前らは絶対に許さない! 平和に過ごしたいなら拠点に籠もってろ! 二度と出てくるな! 出てきたら殺してやる!」
捨て台詞を吐くと、栗原は森の奥へ消えていった。
「犯すとか殺すとかって本気なのかな……?」
麻衣が不安そうに呟く。
全員の顔に少なからず恐怖の色が窺えた。
「奴の性格的に俺達よりも〈アローテール〉の面々を恨みそうだが……それでも油断できないな。魔の手が俺達に及ぶ可能性は十分にある」
「私のせいです。出過ぎた真似をしてすみませんでした」
美咲が深々と頭を下げる。
「そんなことないさ。むしろスカッとしたぜ!」
「そうっすよ! かっこよかったっす!」
「風斗なんておこぼれでキスしてもらえたもんね!」
「その件はあえてノーコメントで」
「何がノーコメントだよ。喜んでいるのが丸分かりだっての!」
燈花が「そっすよー!」と麻衣に便乗する。
由香里は「美咲さん、ずるい」と謎の呟き。
「ともかく、今後は栗原に用心しないとな」
いや、用心だけでは足りないだろう。
何かあってからでは遅い。
もっと根本的な対策――例えば引っ越しを検討するべきだ。
そんなことを考えながら、俺は皆と共にリビングへ向かう。
ソファに腰を下ろすと中断していたゲームを閉じて〈履歴〉を開く。
案の定、栗原がペットボトルトラップを根こそぎ奪っていた。
◇
昨日は土砂降りのまま終わった。
久しぶりで不安だった徘徊者戦も特に問題なし。
俺達の倒したゼネラルは復活していなかった。
夜が明けて転移16日目――。
本日の天気は晴れ。
昨日とは打って変わっていつもの晴天に戻った。
「で、栗原対策は何か考えた?」
朝食時に麻衣が尋ねてきた。
「安全を確保する方法ならあるよ」
「流石! どうするの?」
「外出時に乗り物を使えばいいんだよ」
「マウンテンバイクで移動するってこと?」
「いや、それじゃ追いつかれる。車がいい」
「車って……。私ら免許ないじゃん!」
「この島じゃ免許は関係ないだろ」
「それもそうだけど、運転できないのには変わりないでしょ!」
「まぁな。だが問題ない。俺達の中に運転できる者がいる」
麻衣はハッとして美咲を見た。
無言で焼き魚を食べていた美咲が顔を上げる。
大きな胸がぷるんと動いた。
「洞窟の外を領地化すれば安心して乗車できる。拠点から海まで車で運んでもらえれば安全だと思うのだがどうかな?」
「え! 車の運転をさせていただけるのですか?」
美咲は嬉しそうに言った。
目がキラキラと輝いている。
「車ってちょー高くないっすか?」と燈花。
「物にもよるがレンタルなら50万程度だ」
「高いっすねー。でも、それなら大丈夫っすね!」
「じゃあ防壁から出る時は車を使うってことで決定だね!」
麻衣は「ちょっと失礼」とスマホを取り出した。
栗原に関する情報が何か入っていないか確認しているのだろう。
「どうだ?」
「特になし。
「フリーの拠点を知っているらしいし、そこで過ごしているのだろう」
麻衣は「かもね」と会話を打ち切り、話題を変えた。
「コクーンのアイコンが点滅しているのって私だけ?」
皆が一斉にスマホを確認する。
結果、俺達のコクーンも点滅していた。
「お知らせの類は何も出ていないが……」
コクーンを立ち上げると〈地図〉が点滅していた。
導かれるがまま〈地図〉を開く。
「なんかピンが刺さっているぞ」
知らない座標がピン止めされていた。
この拠点からだとかなり遠い。
「こっちもピン止めされている!」と麻衣。
美咲、燈花、由香里も同じだった。
「〈地図〉で見た限り何の変哲もない場所だが……」
「行ってみない?」
「そうだな。気になるし行ってみるか。遠いが車なら問題ない距離だ」
「運転は私がしていいのですか!?」
興奮した様子の美咲。
「そのつもりだが頼めるか?」
「お任せ下さい!」
◇
朝食後、俺達は洞窟を出た。
洞窟前の木々が生えていないエリアを領地化する。
領地内なら防壁が守ってくれるので絶対に安全だ。
「では車のレンタルに移ろう。予算内であれば美咲の好きな車を選んでくれていいよ。その代わり全員が乗れるやつで頼む」
「分かりました!」
ウキウキの美咲が車をレンタルした。
愛車と同じ真紅のSUVだ。
「この車はオフロードでも大丈夫なんだろうな?」
「もちろんです!」
車には俺達5人とルーシーが乗った。
運転席に美咲、助手席に俺、他は後部座席だ。
「風斗君、シートベルトを」
「日本じゃないのに必要なのか?」
「必要です」
きっぱりと断言されては仕方ない。
俺は素直に従った。
「お前ら、大人しくしているんだぞ」
「ブゥ!」「ワンッ!」「モー♪」「チチッ」
お留守番のペットたちが並んで座っている。
オコジョのコロクはタロウの角にしがみついていた。
「よし、行くか!」
「はい!」
「美咲、頼んだぜ!」
「行きます!」
美咲がアクセルを踏み込み、SUVが領地の外へ飛び出す。
俺達は謎の座標に向かって出発した――。
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