063 アローテールの誕生
選挙が終わってすぐに矢尾は動いた。
これまでの沈黙を破り、グループチャットで詳しく語り始めたのだ。
まずはギルド名を〈栗原チーム〉から〈アローテール〉に変更。
サブマスターには決選投票の相手である吉岡が選ばれた。
次に栗原の追放。
俺達は知っていたが、グループチャットでは初出の情報だ。
それだけにチャットはざわついた。
アローテール内に反対する者はいなかった。
これまでAランクで優遇されていた者ですら異を唱えていない。
栗原の排除を済ませたら方針に移った。
基本的には〈サイエンス〉を参考にしたものだ。
ランク制を廃止し、立場に関係なく毎日1万ptをギルドに納める。
メインの金策もペットボトルトラップから酪農へシフト。
これもグループチャットでは初出の情報だった。
『漆田のギルドには本当に申し訳ないことをした。謝って許されることではないと承知しているが、それでもギルドを代表して謝らせてほしい。ごめんなさい』
方針の説明が終わると俺達に対する謝罪が行われた。
『ウチのメンバーが迷惑をかけるようなことがあったら教えてほしい。こちらに非がある場合は厳重注意し、改善が見られない場合は速やかに追放する』
これは俺達だけでなく全てのギルドに対する宣言だろう。
その後も矢尾は、いかにギルドが生まれ変わったかを雄弁に語った。
「矢尾って思ったよりしっかりしていそうっすね!」
燈花はスマホに目を向けたまま言った。
「出だしはいい感じだな。グループチャットの反応も好意的だし、負けた吉岡も表向きは協調路線でいくことを表明している」
これからどうなるかは分からない。
だが、この調子ならしばらくは大丈夫だろう。
少なくとも俺達に害を及ぼすとは考えにくい。
「お! さっそくアロテに動きあり!」
麻衣が個別チャットで情報を入手したようだ。
「アロテって……もう略称が決まったのかよ」
苦笑いしつつ、俺は「それで?」と先を促した。
「住居をシャッフルするみたいだよ」
「どういうことだ?」
「今は男子と女子で洞窟を分けているじゃん? それを完全なランダムにするんだって。新たな割り当てはくじ引きで決めるみたい」
「なんでそんなことをするんだ?」
「矢尾が言うには差別の残り香を払拭するためらしい」
「差別の残り香? なんだそれ」
「ランクによって部屋の豪華さに差があったからじゃない? あと、美咲が抜けた後のAランクは男しかいなかったから、女子の洞窟に比べて男子の洞窟だけ発展し過ぎていたみたいだし」
「そういった性別の差をなくすためにくじで割り当てを決めるわけか」
「矢尾って女子思いっすねー!」
「それはどうだろうな」
「え、違うっすか?」
首を傾げる燈花。
「女子の洞窟が発展していないならギルド金庫のポイントで拡張してやればいい。わざわざシャッフルする必要はないし、女子は女子だけで過ごせるほうが安心だと思うよ」
かつて栗原が洞窟の割り当てを説明した時、多くの女子が喜んでいた。
「それに、割り当てをくじで決めるのは男子にとっても嬉しくない話だ。もし女子が使っている洞窟へ移ることになったら環境が悪くなる」
風斗に同感、と手を挙げる麻衣。
「私も男子と女子の両方にとって嬉しくない話だと思う。家具を移動する手間もあるし!」
「なるほどー、そういう考え方もあるっすねー」
「で、実際のところはどうなんだ?」と、麻衣を見る。
「待ってね」
しばらくの間、麻衣は静かにチャットでやり取りを行った。
「なんとびっくり! 男子と女子の両方から好評みたい!」
「マジで? どうしてだ?」
「徘徊者戦の都合で今までも女子の洞窟に男子が入っていたらしいよ。だから男子と同じ空間で過ごすことに抵抗がなくなっているのかも」
「なるほど。女子はそれでいいとして、どうして男子からも好評なんだ?」
「それは分からないや」
〈アローテール〉に所属する男子の気持ちを想像する。
野郎だらけのむさ苦しい空間が嫌になったのかもしれない。
そんな風に考えると納得できた。
「俺が女なら洞窟は性別ごとに分けていて欲しいが……ま、内と外では見え方が違うのだろう。男女共に好評なら次の選挙も安泰そうだな」
問題がないようなので矢尾の勝利を祝うとしよう。
俺はグループチャットで矢尾に「おめでとう」のスタンプを送信。
矢尾からは「ありがとう」のスタンプが返ってきた。
◇
えげつないレベルの土砂降りは昼以降も続いた。
テレビではお天気お姉さんが「久々の洗濯日和」などと言っている。
なんだか再放送でも観ているかのようだ。
そんなわけで、臨時休業が継続されることになった。
「ふんふんふーん♪」
美咲は今日も上機嫌で料理に励んでいる。
何を作っているのかは知らないがいい香りが漂っていた。
「ルーシー、お手」
「キィ!」
「おかわり」
「キュイ!」
「ルーシー、賢い」
「キュイイイイイイイイイ!」
由香里はダイニングでルーシーと戯れている。
お手で右足、おかわりで左足を動かすようだ。
「はぁ、風斗弱すぎー!」
「風斗頼むっすよー!」
「誘っておいて酷い言い草だな……」
俺は麻衣たちとゲームで遊んでいた。
リビングのソファに仲良く座ってスマホと睨めっこ。
プレイしているのは、三人でチームを組んで戦うオンラインゲーム。
麻衣と燈花はベテランだが俺は今回が初プレイだ。
そのせいで遺憾なく足を引っ張っている。
「コツは分かった。次は勝つぞ。俺の指示に従って動けよ!」
「いやぷー」と麻衣。
その時だった。
「漆田ァ!」
「ん? なんだ燈花。苗字で呼んでくるとは珍しいな」
「いやいや自分じゃないっすよ! ていうか明らかに男の声だったじゃないっすか! 風斗の耳バグってないっすかねー?」
「言われてみればたしかに男の声だったな」
ハッとする。
「もしかして外に誰かいるのか?」
麻衣と燈花が口を揃えて「まさか」と笑う。
「敵のボイチャが聞こえたんじゃない? 風斗のプレイヤーネーム『漆田』だし」
「そっすよ! こんな土砂降りの日に誰か来るわけないじゃないっすか!」
「そうだけど……気になるから見てくる」
俺は立ち上がり、出入口に向かう。
「捜したぞ、漆田」
燈花の予想は外れていた。
防壁のすぐ外に大柄の男が立っていたのだ。
「お前は……」
男は傘を差しておらず、雨合羽も着ていない。
全身を雨に打たれてずぶ濡れになっている。
奴の名は――。
「栗原!」
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