062 選挙の行方

 次の日。

 麻衣と由香里が拠点で昼ご飯を食べているであろう頃――。

 俺は美咲と燈花を連れて海に来ていた。


「どんな船になるか楽しみっすねー!」


「キッチンのある船だと嬉しいです」


「価格と相談だな。どうなるかは俺にも分からねぇ」


 これから船をアップグレードする。

 昨日の漁で【漁師】レベルが20になったからだ。

 新たに追加された効果は「船の購入・拡張費用が安くなる」というもの。

 正確には75%オフになる。


 アップグレードに伴い、船の所有権を俺に戻している。

 所有権を個人に戻すには過半数のギルドメンバーに同意してもらう必要があった。

 拠点と同じだ。


「できるだけ大きくて速い船となると……」


 船のリストを見ながら吟味する。

 カタログスペックだけだと今ひとつイメージできない。

 できれば試乗して決めたかったが、そんな機能はなかった。

 レンタル代も馬鹿にならないし直感で決める。


「これだ! これにしよう!」


 最終的に中型のガレオン船を選んだ。

 アップグレード費は50万。

 スキルの効果がなければ200万だ。


「いくぜ! これが俺達の新たな船! ガレオンだ!」


 ポチッとスマホの画面をタップする。

 新品ホヤホヤのガレオンが姿を現した。

 それを見た感想は――。


「デケェ!」


「中型どころか大型じゃないっすかー!」


 想像以上に大きかった。

 船体の巨大化に伴ってマストも3本に増えている。

 船内にも入れるようになっていた。


「商品説明によると船内には調理場があるはずだ」


「本当ですか? 見たいです!」


 美咲が声を弾ませる。


「サッと乗船して出航だ! 今日も稼ぐぞ!」


 俺達は搭乗用のスロープを進んだ。


 ◇


 自動操縦のガレオン船が魚群に向かって突き進んでいる。

 その間、俺達は船内で優雅に過ごしていた。


「ここにはオーブンレンジを置きましょう。するとこっちには……」


 美咲は独り言を呟きながらキッチンを整えている。

 調理器具を設置する度、「いいですねぇ」と満足気に微笑んでいた。


 燈花はソファに座ってテレビを視聴している。

 ソファやテレビ台は広々とした船内のど真ん中に設置された。

 テレビの映像は乱れることなく鮮明だ。


 俺はベッドでゴロゴロ。

 船体が大きくなったからか揺れが減って快適だ。

 酔い止めの効果もあるだろう。


「風斗ー起きているっすかー?」


 仰向けで目を瞑っていると燈花が話しかけてきた。

 テレビに飽きたようだ。


「起きているよ、どうした?」


「決選投票の結果はどうなると思うっすか?」


「決選投票? ああ、栗原のところか」


「そっす!」


 栗原のギルドでは決選投票が行われていた。

 投票の結果、上位二人の得票数が同じだったのだ。


 その二人とは――吉岡と矢尾。

 栗原の落選は予想通りだったが、矢尾の躍進は予想外だ。

 俺ら部外者は吉岡の圧勝だろうと思っていた。


「やっぱり吉岡の勝利っすかね? それとも矢尾っすか?」


「どうだろうな、情報が少なすぎる」


 部外者は盛り上がっているが、当の栗原たちからは情報が出てこない。

 昨日は声高に栗原を批判していた吉岡も今日はだんまりを貫いている。


 ただ、俺達は少しだけ情報を得ていた。

 麻衣が個別チャットを駆使して情報を聞き出していたのだ。


 それによって、矢尾が男子に支持されていると分かった。

 昨日の投票では、女子のほぼ全員が吉岡に投票したらしい。

 裏で動いていた吉岡の票田が女子だったのだ。


 そのため女子は吉岡の勝利を確信していた。

 吉岡自身も自分が勝つと信じていて疑わなかったようだ。

 だから、今朝のギルド専用グループチャットはざわついたらしい。


 あと、矢尾の立候補が自分の意思であることも分かった。

 そして、本気で勝ちに来ていることも。

 吉岡だけでなく彼も票固めを行っていたのだ。


 決選投票が決まると、矢尾はギルド専用のグループで発言した。


『選挙に勝ったら栗原を追放する。吉岡と栗原は仲がいいから、吉岡がマスターの場合は栗原を追放できない。そうなると、栗原に投票しなかった人は栗原の報復を受ける可能性が高い』


 矢尾は自らの公約も語っていた。

 どうやってポイントを稼ぐのか、どんなルールを設けるのか。

 ひたすら「栗原のままだとダメだ」と訴える吉岡よりも具体的だった。


「なんにせよ明日の10時に結果が出る。その時まで待つしかないさ」


 選挙の行方に、誰もが注目していた。


 ◇


 転移15日目、水曜日。

 平和ウィークが終わった今日。

 ついにアイツがやってきた。


 ――雨だ。


 目が覚めた頃には既に土砂降りだった。

 これまでの晴天が嘘のように降りまくっている。

 食べ放題で「元を取るぞ」と意気込む運動部の如き勢いだ。

 ちなみに、今日の日本は全国的に晴れである。


「こりゃ今日の作業は中止だな」


 水平にした右手を額に当てながら洞窟の外に向かって呟く。

 足下に目を向けると、地面に溜まった泥水が流れ込んできていた。

 だが、それらは床に吸収され、侵入から間もなく姿を消した。


「風斗ー! 10時になったよー!」


 リビングから麻衣の声が聞こえる。

 いよいよ吉岡と矢尾の対決が終わった。


「まさか選挙結果にワクワクする日が来るとはな」


 リビングに向かう。


「どうだ、結果は公表されたか?」


 リビングには皆が揃っていた。

 女性陣はダイニングテーブルを囲み、動物たちは自由にくつろいでいる。

 普段は調理にいそしむ美咲も今日は椅子に座っていた。


「まだだけどもうすぐ出ると思う」


 俺は空いている椅子に座った。

 美咲と燈花の間だ。


「皆はどっちが勝つと思う? 吉岡と矢尾」


「私は吉岡だと思うなぁ! 決選投票でも女子の票は吉岡に固まっているみたいだし。男女の数に差があるといっても女性票を固められたらおしまいでしょ!」


 麻衣が真っ先に答えた。

 由香里も「同感」と吉岡に一票。


「私も吉岡が有利かなとは思うけど、ここは矢尾さんを推すっす!」


 燈花は矢尾に一票。


「美咲はどう見る?」


「私は――」


「あ! 結果が出たよ! グルチャ見て!」


 麻衣が話を遮る。

 俺達は慌ててグループチャットを確認した。

 複数の生徒が選挙結果を伝えている。


 決選投票に勝ったのは吉岡――ではなく、矢尾だった。


 いじめられっ子が下剋上を果たしたのだ。

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