061 忘れられていた仕様

 日曜日ものんびり過ごし、月曜日になった。

 早いもので平和ウィークも残り3日でおしまいだ。


 朝食を終えた後、俺達は休憩していた。

 ダイニングテーブルから動かずに雑談を楽しむ。


「じゃ、そろそろ行くか」


 ようやく重い腰が上がった10時00分――。


 ピロロッ!


 俺達のスマホが一斉に鳴った。

 浮いたばかりの腰が再び椅子に戻る。


「そうか、月曜日だから選挙があったんだな」


「すっかり忘れていたっすねー!」


 毎週月曜日にギルドマスターを決める選挙が行われる。

 通知が出るまでつゆほども覚えていなかった。

 まずは選挙に立候補するかを決めなくてはならない。


「立候補しないにしといたよー」と麻衣。


 他の女性陣もそれに続いた。


「俺も立候補しないにしたらどうなるんだろうな?」


「その場合は風斗がそのままマスターを継続っしょ」


「そうとは言い切れないぜ。立候補者不在でギルドが解体されるかも」


「あー、その可能性もあるのかぁ! でも気になるなぁ!」


 麻衣がチラチラと目で「立候補しないを選べ」と訴えてくる。

 俺も好奇心には勝てなかった。


「試しに立候補しないを選択してもいいかな?」


「その前にギルド金庫のポイントを移しておきましょう」と美咲。


「賛成だ」


 ギルドの金庫を空にした。

 これでギルドが潰れてもすぐに立て直せる。


「やるぜ」


 立候補しないを押す。

 その結果――。


『立候補者がいなかったため、漆田風斗がギルドマスターを継続することに決定しました』


 引き続き俺がマスターの座に着くことが決まった。

 他に立候補者がいないので投票は行われない。


「麻衣の言った通りだったな」


「でしょー!」


 何故かドヤ顔の麻衣。


「他所の選挙はどうなっているんだろうな」


「ウチらと一緒じゃない? マスターが変わる所なんてないっしょ」


「そっすよねー!」と燈花。


「他所のことは分からないからなんともだな」


 俺はグループチャットで選挙の話に触れた。

 まずは誰も立候補しなかった場合の情報を共有する。


 すると、各ギルドから続々と報告が上がった。

 〈サイエンス〉を始め、大半のギルドは投票に発展せず終了していた。

 既存のギルドマスターのみ立候補するパターンだ。


 それもそうか、と思う。

 現行の方針に不満がない限り、新たな立候補者が出ることは稀だ。

 だが、そんな中、派手な選挙活動を繰り広げているギルドがあった。


 五十嵐率いる〈スポ軍〉だ。

 10人を超える立候補が激しく競っている。

 といっても、選挙をネタにして楽しんでいるだけだ。


『俺がマスターになったら消費税をゼロにします!』


『社会保障って何のことかよく分からないので全部カットしまーす!』


 グループチャットで〈スポ軍〉の立候補者らが公約を語っている。

 他のギルドに所属している部外者連中がノリノリで応援していた。


 一方、真剣に選挙を進めているギルドもあった。

 険悪な雰囲気をこれでもかと醸し出している〈栗原チーム〉だ。

 栗原以外に二人の生徒が立候補しており、栗原はそのことに激怒していた。

 その二人とは吉岡と矢尾だ。


「え、矢尾が立候補してんの!? あの矢尾!?」


 驚きのあまり机を叩く麻衣。


「どうやらそうらしい」


 矢尾のことは俺達も知っている。

 眼鏡を掛けたモジャモジャ頭のいじめられっ子だ。

 とても立候補するタイプには見えない。


「矢尾さんに勝ち目なんてあるっすか?」


「難しいだろう。栗原か吉岡の勝利が濃厚じゃないか」


「そっすよねー!」


「ていうかそもそも何で立候補したんだろ?」と麻衣。


「誰かに立候補させられたんだろう、無理矢理」


「ありえそう」


 矢尾はネタ枠として、注目すべきは吉岡だ。

 彼は栗原と仲がいいはずだが、完全に反旗を翻していた。


『最近のクリは独裁が過ぎる。漆田を殺そうとしたり、他所のペットボトルトラップを奪ったり、とにかくやり過ぎだ。俺がマスターになったらこんなことは絶対に許さない』


 グループチャットで熱弁する吉岡。

 チャットの様子を見るに、どうも選挙に備えて裏で動いていたらしい。

 事前に票固めをしておくとは大した男だ。


「いいこと言うじゃん! 吉岡!」


「あいつがマスターなら関係を改善できるかもしれんな」


 俺は「よく言った!」というセリフ付きスタンプを送信。

 それを皮切りに大量の部外者が好意的なスタンプを吉岡に飛ばす。

 この外圧とも言える反応が栗原にとって不利に働くのは確実だ。


「じゃ、そろそろ作業に……」


「その前に牛乳寒天でも食べていかない? 朝作ったんだよねー! もちろんウシ君のお乳を使ったよ!」


「おー、食べる食べる」


 麻衣はキッチンの冷蔵庫から牛乳寒天を取り出した。

 適当なサイズにカットして綺麗なガラスのお皿に盛り付ける。

 みかん入りで美味しそうだ。


「ほれ、召し上がれぃ!」


「サンキュー」


 さっそく食べてみたところ、想像以上に美味しかった。

 よく冷えているのもグッド。


「市販の牛乳寒天にも負けていないぞ」


「やったね!」


 麻衣は大喜びで、ウシ君も嬉しそうだ。


「それにしても……」


 周囲を見渡す。

 5人の人間に、ウシ、サイ、イヌ、オコジョ、ハヤブサ。

 たくさんいるのに窮屈に感じない。


 昨日、ウシ君の加入に伴って拡張したからだ。

 もはや面積の大多数をリビングが占めている。

 ダイニングとキッチンスペースがオマケになっていた。


「約2週間でずいぶんと仲間が増えたものだ」


「初日は私と風斗の2人だったのにねー」


「だなぁ」


 しみじみと思いつつ、本日の作業に臨むのだった。

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