060 牛乳の作り方
その後も女性陣は搾乳を楽しんでいた。
俺は少し離れたところでスマホをポチポチ。
搾乳機による搾乳でどれだけ稼げたかを調べた。
結果は約2リットルで約3,600pt。
これはスキルの補正を適用した後の数字だ。
搾乳で得られるポイントには【調教師】の補正がかかる。
俺の【調教師】レベルは18なので補正は+180%。
補正抜きだと約1300ptの稼ぎということになる。
単独での作業だったので相棒ブーストは発生していない。
「増田先生の情報と合致しているな」
乳牛1頭につき1日30リットル搾乳できる。
上限まで搾乳機で搾乳した場合の収入は約2万pt。
手搾りだと1.5倍の約3万ptになる。
スキル補正も考慮すると搾乳機で十分だ。
〈サイエンス〉が酪農をメインの収入源にするのも頷ける。
拠点内で完結するから他所の妨害や天候の影響を受けないのも嬉しい。
〈履歴〉の次はグループチャットを開く。
ちょうど〈サイエンス〉に所属している生徒が話していた。
いかに〈サイエンス〉が素晴らしいギルドか説明している。
その説明を見ていて面白いと感じることがあった。
最大のアピールポイントが自由や安全ではない点だ。
では何が魅力なのか。
答えは授業だ。
〈サイエンス〉では教師陣が授業を行っている。
参加は自由なので嫌なら休んでゲームに耽ってもいい。
にもかかわらず、ほぼ全ての生徒が自主的に参加しているらしい。
受験を控えた三年生だけでなく、一年や二年も積極的だという。
日本ならありえないことだ。
好き好んで授業を受けに行く奴など少数派だった。
どうして授業が人気なのか。
大学受験を見据えている、というのもあるだろう。
だが、一番の理由は非日常的なものになったからだ。
俺もいつかは授業を受けたくなるのかもしれない。
しかし、今はまだその段階に至っていない。
故に〈サイエンス〉の宣伝を見ても魅力に感じなかった。
「それにしても……やっぱり頭数が多いのは強いな」
〈サイエンス〉では毎日1万ptを徴収している。
栗原のギルドと違って
ギルドマスターの増田も納めている。
こうして集まったお金が運営費になるわけだ。
マンモスギルドなので1万の徴収でも十分過ぎる。
防壁をガンガン強化しても使い切れない。
「〈サイエンス〉の環境は一つの理想系だな」
ポイントを稼ぐ作業――つまり搾乳は午前中に終わる。
昼以降は完全に自由だ。
授業を受けてもいいし、遊んでもいい。
潤沢な運営費で防壁を強化しているので夜も安心だ。
万が一防壁を破られても大人数で戦えるから怖くない。
「風斗ー! 牛乳の試飲タイムだぞー!」
麻衣が話しかけてくる。
いつの間にかウキウキ搾乳タイムが終わっていた。
「もう加工まで済ませたのか」
「加工って?」
「牛乳だよ。試飲するんだろ?」
「そうだけど、加工って何?」
「もしかして搾ったお乳をそのまま飲もうとしているのか?」
「そうよ!」
「えぇ……」
驚いたのは美咲だ。
その反応に、麻衣が「えっ」とびっくりする。
「私、何か間違っている感じ?」
「搾りたてのお乳は牛乳じゃないぞ」
「そうなの!?」
「常識だと思ったが……」
反応を見る限り、燈花と由香里も知らなかったようだ。
「加工前のは牛乳じゃなくて
「知らなかったー! で、加工はどうするの?」
「加熱殺菌をしたり、他には……何だろう」
「詳しいことは分からない感じ?」
「おう!」
「おう、じゃねー! そこは知っとけよー!」
「まぁ待て、検索すれば解決する問題だ」
俺はスマホで生乳の加工法を調べた。
「どうやら殺菌の前に清浄化って作業が必要らしい」
「清浄化? なにそれ?」
「不純物の除去をそう呼ぶそうだ」
「
「その通り。俺達みたいに専用の機械を持っていない人間は布か何かで濾せばいいんだってよ」
「了解! みんな手伝ってー」
「ラジャっす!」
すかさず女性陣が麻衣のサポートに入る。
俺も手伝おうとしたが断られた。
加工法を読めとのこと。
「清浄化が終わったよー! 次は?」
麻衣はステンレス製ミルクタンクの蓋を撫でた。
30リットルの牛乳を蓄えられるだけあってかなりの大きさだ。
「次はいよいよ加熱殺菌だが、殺菌方法は大きく分けて3種類あるそうだ」
「3種類も?」
「温度と加熱時間が違うようだ。1つ目は超高温殺菌と言って約130℃で数秒間加熱する。市販の牛乳はこの方法が一般的らしい」
「ほほぉ。で、2つ目と3つ目は?」
「2つ目は高温殺菌と言って約75℃で15分、3つ目は約65℃で30分の低温殺菌だ」
「1つ目はともかく、2つ目と3つ目なんて10℃しか変わらないじゃん。たったそれだけでずいぶんと加熱時間に差があるんだねぇ」
「そのようだ」
「どの殺菌方法がいいの? やっぱり1つ目?」
「人によるみたいだぞ」
「どういうこと?」
「殺菌方法によって牛乳の味が変わるらしい。サイトの説明が大袈裟でなければ別物レベルで違うそうだ」
女性陣が「へぇ」と口を揃える。
説明している俺も心の中で「へぇ」と呟いていた。
「市販の牛乳と同じような味がよければ1つ目の超高温殺菌、生乳に近い味がいいなら3つ目の低温殺菌、間を取りたいなら高温殺菌って感じだと思う」
自信がないので、言い終えた後に「たぶん」と付けておく。
「なら低温殺菌にしようよ! 折角だから市販品とは違う味の牛乳が飲みたい!」
「いっすねー!」
燈花の賛同もあり、低温殺菌に決まった。
「温度の管理は誰がするの? 風斗?」
「私がやりましょうか?」と美咲が手を挙げる。
「必要ない、機械に任せよう」
俺は〈ショップ〉を開いて小型の殺菌機を買った。
小型といっても業務用なので、俺達からすれば大型だ。
その機械にタンクの牛乳を移した。
「色々な味を楽しみたいから半分は超高温殺菌に回そうぜ」
「面倒だから全部低温コースで決定!」
ため息をつく俺。
「後はモードを選択してボタンを押すだけだ」
「簡単なんだねー!」
麻衣は低温モードに設定し、スタートボタンを押した。
タンクがブゥゥンと唸りを上げて加熱を開始する。
――30分後。
ピピピッと音が鳴って殺菌が終了した。
「よーし、飲むぞー!」
「待て」
「またかよ風斗ぉ! 今度は何!?」
「冷まさないと熱いぞ」
殺菌機の牛乳を新しいミルクタンクに移し、瞬間冷却器なる機械を購入。
どう見ても冷蔵庫なそれにタンクごとぶち込んでスイッチオン。
ゴゴゴォという轟音が何秒か響いた後、キンキンに冷えた牛乳が完成した。
「この瞬間冷却器……明らかに地球上には存在しない機械だろ。業務用の冷凍庫に突っ込んでもこんなに早くは――」
「何でもいいじゃん! さっさと飲もうよ!」
「あぁ、そうだな」
皆のコップに手作り牛乳を注ぎ、洞窟の前で乾杯する。
「見た目は普通の牛乳だな」
期待と不安を抱えながらグビッと一口。
(これは……)
俺の眉間に皺が寄る。
同じタイミングで麻衣も「うげぇ」と舌を出した。
「いつも飲んでる牛乳と味が違いすぎぃ!」
「低温殺菌だとこんな味になるんだな」
「ウシ君ごめん、低温殺菌だとあんまり美味しくないよ……」
申し訳なさそうにウシ君のお腹を撫でる麻衣。
ウシ君は「気にするな」と言いたげに鳴いた。
「私はこの味、好き」
由香里は気に入ったようでゴクゴク飲んでいる。
コップが空になるとすかさずおかわりをしていた。
「見て見て! 上にクリームの層ができてるっす!」
皆にコップを見せる燈花。
麻衣が「ほんとだー!」と声を上げ、由香里も「おお」と驚いていた。
「クリーム層ができるのはノンホモだからだな」
「ノンホモ!? なんすかそれー!」
「ノンホモジナイズ、つまり均質化されていないってことだ」
「もうちょっと分かりやすくお願いっす!」
「市販の牛乳は清浄化と殺菌加工の間に均質化って工程を挟むんだ。これをすることで味のムラがなくなってクリーム層もできなくなる」
「おー! そうだったんすか! 風斗は物知りっすね-」
「さっき見た解説サイトに書いていた」
「カンニングっすかー!」
燈花はケラケラと笑い、それから尋ねてきた。
「でも、なんで均質化しなかったっすか?」
「均質化しなくても飲めるし、専用の機械は数十万もするからポイントが勿体ないと思ってな」
「なるほどっす!」
しばらくの間、静かにノンホモ牛乳を飲む俺達。
馴染みない味だがすぐ慣れるだろう……と思ったが慣れなかった。
(やはり俺は市販の牛乳がいいな)
そんなことを思っていると。
「とーこーろーでー! 余った牛乳はどうしますか? 流石に5人じゃ30リットルは飲みきれませんよ」
謎の丁寧語を繰り出す麻衣。
「タロウに飲ませたら? 市販の牛乳と違って日を跨いで使うのは不安だ」
「いいねそれ! 採用!」
「やったっすねー、タロウ!」
燈花の傍で伏せていたタロウが高音の「ブゥ」で答えた。
「あ、いくらか分けてもらっていいでしょうか? バターやチーズ、ヨーグルト等を作るのに使ってみたいです」
美咲が手を挙げる。
「乳製品に回すとは考えたな。流石は美咲だ」
「面白そう! 美咲、私にも教えてよ!」
「私も教えてほしいっす!」
「私もお願いします、美咲さん」
女性陣が食いつく。
美咲は「分かりました」と微笑んだ。
「タロウ、ごめんね。牛乳をあげるの、もう少し後になりそう」
麻衣の言葉に、低音の「ブゥ」で答えるタロウ。
牛乳を楽しみにしていたようだ。
「どんまい、タロウ。これでも飲んで機嫌をなおせよ」
俺はコップに半分ほど残っていた牛乳をタロウに飲ませた。
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