059 酪農デビュー
転移12日目の朝――。
「やっぱり一日一回は美咲の作った料理を食べないとな!」
「分かるー! 美味しいだけじゃなくて体が軽くなるし!」
「最高っすよねー!」
「美咲さんの料理、いつも素晴らしい」
俺達はいつものように美咲の料理を食べていた。
「わるいな、休みなのに朝ご飯を作ってくれなんてワガママを言って」
「いえいえ」
「安心して美咲! 食器は風斗が洗うから!」
「俺かよ! 別にいいけど、じゃあ麻衣はトイレ掃除しろよ」
「無理でーす。なんたって今日は忙しいのでね」
ふっふっふ、と笑う麻衣。
「忙しい? 何をする予定なんだ?」
「ずばり酪農!」
「酪農ってアレっすか! 牛乳とか作るやつ!」
燈花が尋ねると、麻衣は「そそっ」と頷いた。
「美咲にはジョーイ、由香里にはルーシー、燈花にはタロウとコロクがいるでしょ? いよいよ私もペットを飼う時が来たと思うんだよねぇ」
「前から言っていたもんな、ペットを飼いたいって」
そもそも最初にペットの話を始めたのは麻衣だ。
「そんなわけで! 私、乳牛を飼います! 誰がなんと言おうが飼う!」
「誰も何も言わないよ。飼いたいなら飼えばいいんじゃないか」
「え、マジ?」
麻衣は目をパチクリさせて俺を見る。
「だって乳牛は安いからな。本体代10万に餌代1万だろ? しかも作業をしっかりしていれば黒字になることが判明している」
乳牛並びに生産タイプの仕様は既に解明されている。
〈サイエンス〉の増田が数日前に情報を発信していた。
乳牛のポイントは搾乳するたびに発生する仕様だ。
搾乳量の上限は1日30リットルで個体差はない。
獲得できるポイントの多寡は搾乳量と搾乳方法で決まる。
稼ぎは地味だが安定している。
タイプ的にはペットボトルトラップと同じようなものだ。
〈サイエンス〉では酪農がメインの収入源になっていた。
「飼っていいなら最初から言えよー!」
「むしろ何でダメだと思ったんだ?」
「ぐっ……そう言われると反論できない……」
麻衣は「とにかく!」と話を進めた。
「今日は麻衣レンジャーズ初の生産タイプよ!」
「麻衣レンジャーズってなんだよ……」
こうして、我がチームでも乳牛が導入されることになった。
◇
朝食が済んで食器を洗い終わったら、皆で仲良く洞窟の外へ。
麻衣が尋常ではない速度でスマホを操作して乳牛を購入した。
「いでよ! 私の可愛い乳牛ちゃん!」
彼女がポチッとスマホをタップすると――。
「モー♪」
乳牛が召喚された。
白と黒の斑模様が特徴的なイメージ通りのホルスタイン種だ。
「可愛いっすねー!」
「牛もいい」
燈花と由香里が乳牛を撫でまくる。
「で、家畜にも名前を付けるのか?」
これは不適切な発言だった。
「家畜ぅ?」
麻衣がギッと睨んでくる。
他の女性陣も眉間に皺を寄せていた。
「ほ、ほら、乳牛って家畜だろ? 誤解がないように言うとだな、愛玩動物、そう、ジョーイもそうだ! ジョーイも家畜! タロウやコロクも家畜! みんな家畜になるんだ! た、たた、他意はないよ、本当さ!」
慌てて言い繕うが時既に遅し。
「風斗君、ペットを家畜と呼ぶのは望ましくありません」
「家畜じゃなくて家族」
「そっすよ!」
「風斗、何か言うことはー?」と、麻衣がニヤリ。
「すんませんでした……」
「よろしい! で、名前だけど『ウシ君』にしようと思う!」
「ウシ君!? 正気かよ」
「なに? おかしいって言いたいの?」
「そらおかしいだろ。当然ながら乳牛はメスだぞ」
俺は「おかしいよな?」と他の女性陣に目を向ける。
自分の意見が正しいという自信があった。
「たしかに女の子に君付けは違和感があるかもしれません」
美咲が言う。
燈花と由香里も同意した。
「えー、でもウシ君にするって決めちゃったしなぁ」
「麻衣がそれでいいならかまわないが」
「じゃあウシ君で決定!」
乳牛の名前がウシ君に決まった。
「ウシ子さんでもよかったんじゃないっすかね?」
決まった後で燈花が言う。
麻衣は「あっ」と言って固まった。
顔に「そっちのほうがいいじゃん」と書いてある。
――が、彼女は首を振って打ち消した。
「ウシ君にするの! よろしくね、ウシ君!」
麻衣がウシ君の頭を撫でる。
ウシ君は嬉しそうに「モー」と鳴いた。
◇
皆で代わる代わるウシ君と触れあうこと小一時間。
いよいよ搾乳の時間がやってきた。
「たくさん搾ってあげるからねー!」
「モー♪」
麻衣は購入したバケツをウシ君の下に設置。
大きな牛の乳首を掴み、バケツに向かってギュッと搾る。
が、しかし――。
「なんかお乳の量が少なくない!?」
乳の出が明らかによろしくなかった。
それなりに出ているのだが、想像したほどの勢いがない。
「テレビで観た乳搾りはもっとブシャーって出ていたっすよ」
「麻衣のことが嫌いなのでは?」
「そんなわけないでしょー! なんてこと言うの由香里!」
「きっと正しい搾り方ってのがあるんだろう」
スマホで調べると大量のサイトがヒット。
「まずは親指と人差し指で輪を作るそうだ」
「こんな感じ?」と麻衣。
「そうそう。で、その輪で乳首の根元を圧迫する」
「やったよ。次は?」
「中指から薬指、小指へと順に搾っていく」
言われた通りにする麻衣。
すると、生乳が激しい勢いで放出された。
まさに俺達がイメージしていたものだ。
女性陣から歓声が上がった。
心なしかウシ君も気持ちよさそうだ。
「私もやっていっすか?」
「麻衣、私も」
「よろしければ私にも体験させてください」
「いいよいいよ! 皆で搾っちゃお!」
ウシ君に群がる女性陣。
誰かが搾乳するたび他の三人がキャーキャー盛り上がった。
「風斗もやってみなよ!」
いよいよ待機中の俺に声が掛かる。
この展開を見越して、俺は待っている間に備えておいた。
「わるいが俺は手搾りなんてアナログなことはしないぜ」
スマホをポチッと押して電動の搾乳機を召喚。
「見せてやろう、文明の利器ってやつを」
女性陣が唖然とする中、ウシ君の乳首に機械を装着。
取扱説明書に従って問題ないかを確認し、搾乳機のボタンを押す。
機械は重低音で唸りながら搾乳を開始した。
手搾りよりも効率的で、あっという間に専用のタンクが満たされていく。
女性陣はポカンと口を開けたまま眺めていた。
「こんなものか」
頃合いを見計らって機械を止める。
それから「うははは!」と声高に笑った。
「どうだ、これが搾乳機の力だ!」
対する女性陣は「搾乳機ヤバ!」と大興奮。
――するはずだったが、そんなことにはならなかった。
呆れ果てた顔をしている。
「自分の手でやるのがいいんじゃん! 風斗は盆栽を楽しめないタイプだなぁ!」
麻衣のセリフだが、それが女性陣の総意だった。
「そんなこと言いつつ、どうせすぐに搾乳機を使うようになるぜ! 俺には分かる! 間違いねぇ!」
不貞腐れた俺は捨て台詞を吐き、ウシ君の体を撫でるのだった。
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