054 無意味な糾弾

 栗原の悪行にいよいよブチ切れた俺。

 そんな俺がすることといえば、単独で栗原のギルドに乗り込み、奴のギルドメンバーを片っ端からボコボコにしたあと、栗原のドレッドヘアを鷲掴みにして洞窟の壁に叩きつけ、連中に土下座させる――ことではない。

 それができれば苦労しないが、できないので別の手段をとった。


『栗原のギルドが俺達のペットボトルトラップを横取りしやがった!』


 グループチャットで糾弾したのだ。

 奴等の行為を晒し、こんな横暴は許せないと主張。

 すぐに何名かの生徒が栗原のギルドを批難した。


 栗原も即反応。

 おそらく最初からこの展開を予想していたのだろう。

 いけしゃあしゃあとふざけたことを言ってのけた。


『わりぃ、何も書いていなかったので勝手に頂いていいのかと思った』


 もちろん俺は「ふざけるな」と言い返す。

 それに第三者が続いてくれる――はずだった。

 ところが、ここでまさかの展開が起きた。


 なんと〈スポ軍〉の五十嵐が栗原を擁護したのだ。

「こういう時は持ちつ持たれつでいこうぜ」などと言い出した。


 こういう時とは平和ウィークのことだろう。

 狩りができず収入が減っているから皆で協力しよう、ということだ。

 なんという厚かましさ。


 五十嵐の擁護はこれだけに止まらなかった。

「栗原も謝っているんだし許してやろうぜ」と続けたのだ。

 それに〈スポ軍〉のメンバーが続々と同意する。


 こうなると俺は追撃の手を緩めるしかなかった。

 さもなければ俺の怒りすぎに見えてしまうからだ。

 汚い、あまりにも汚い。


「ありえねぇだろ、こんなの……!」


 はらわたが煮えくり返る思いだ。

 とはいえ、現時点では何もできない。


「それにしても五十嵐の奴、なんで栗原の擁護を……」


 つい先日まで栗原と五十嵐はいがみ合っていた。

 合同作戦に失敗したせいで犬猿の仲になっていたのだ。


(あれは見せかけの喧嘩だったのか?)


 いや、それはありえない。

 二人が争っていたのは平和ウィークが始まる前だ。

 その時点で不仲を装うことのメリットがない。


 ではどうして五十嵐は栗原の肩を持つのか。

 不思議でならなかったが、その答えはすぐに分かった。


『お前だって俺達の作業を妨害したくせに何言ってんだ』


 五十嵐に向かってある生徒が言った。

 それは合同作戦で第三グループに所属していた男子だ。

 今は第三の残存戦力を束ねたギルドのマスターをしている。


「そういうことか」


 五十嵐や彼の仲間も他所の食い扶持を奪っていたのだ。

 故に、栗原が叩かれると自分らも巻き添えを食う恐れがあった。

 同じ穴の狢とはまさにこのこと。


「なるほど、ゴミ共め」


 グループチャットを閉じた。

 これ以上は時間の浪費になってしまう。


「明日からどうするか……」


 ペットボトルトラップは今後も勝手に使われるだろう。

 栗原は「何も書いていなかったから」と言っているが関係ない。

 馬鹿正直に名前を書いたとしても、今度は別の言い訳が待っている。

 だからといって、朝っぱらからペットボトルの奪い合いなどごめんだ。


「明日よりもまず今日っすよ! 残った時間はどうするっすか?」


 眉間に皺を寄せる俺と違い、燈花の表情は柔らかい。


「そうだなぁ」


 うーん、と頭を抱える。


「やっぱり石打漁で荒稼ぎするしかないっすかねー?」


「それも悪くないが別の漁法を試してみよう」


「いいっすねー! 風斗の前向きなところ好きっすよ!」


「とりあえず近くの魚群に移動しよう」


「了解っす!」


 昨日の釣りによって、獲物の捕り方でもポイントが変動すると分かった。

 もしかしたら石打漁より稼げる漁があるかもしれない。


 ◇


 新たな魚群を前に、俺はとある漁具を購入した。


 漁網だ。

 網を引くための手綱や、沈子ちんしと呼ばれるおもりが付いている。

 この網で魚を一網打尽にするつもりだ。


「石打漁よりも真っ当な投網漁で一山当てるぜ!」


「おー!」


「だがその前に予習だ!」


「えー!」


「仕方ないだろ、俺達は素人だからな……!」


 動画サイトで漁師の講習動画を視聴。

 網を投げ込むだけの投網漁だが、これにも技術は必要だ。

 動画の漁師曰く「ヘタクソじゃ網を展開させるのも一苦労だぜ」

 ということで網の投げ方を勉強した。数分ほど。


「予習はこのくらいでいいな」


「やるっすよー!」


 俺達は網を持って川辺に立つ。

 互いの網が絡まらないよう約5メートルの距離を開けた。


「いくぞ」


「ラジャ!」


「「せーの!」」


 同時に網を投げる。

 束ねられていた網が宙を舞いながら開いていく。

 ふわっと円錐形に展開して着水。

 沈子によってするすると川の中へ沈む。


「上手く開ききらなかったっす」


「たしかに難しいな」


 動画の漁師に比べて俺達の網は展開力に欠けていた。

 それなりに開いているものの、更なる高みを目指す余地がある。

 ま、一発目にしては上々だろう。


「あとは手綱を手繰り寄せるだけだ」


 手綱は円錐状に展開した網の頂点に繋がっている。

 手繰り寄せることで開いた網が閉まっていく仕組みだ。

 大量の魚が絡まっているので重い。

 しかし美咲の料理を食べているので問題なかった。


「風斗、大漁っすよ!」


「俺もだ。魚群は嘘をつかないな」


 川から揚げた途端に網が軽くなった。

 掛かっている魚がポイントになったのだ。

 すぐに〈履歴〉を確認する。


「稼ぎはまずまずだな」


 稼ぎは釣り以上、石打漁未満といったところ。

 悪くない。


「いやぁ、投網って疲れるっすねー!」


 額の汗を拭う燈花。


「疲れるが安全性に優れている」


「安全性っすか? 石打漁ってそんなに危険すかねぇ」


「危険だよ。川底はぬかんでいるからな。いつ足を滑らせるか分からない」


「あー、たしかに。こけた拍子に頭を岩にぶつけたら一大事っすよね」


「溺れる危険もあるしな」


「溺れる? 膝にも満たない水深っすよ?」


「それでも溺れることはある。不意に吸い込んだ水が耳に流れるとめまいを引き起こすからな。そうなったら水の深さや泳ぎの上手い下手は大して関係ない」


「なんと!」


「むしろ泳ぎに自信のある奴ほど油断しやすいから危険だ」


 投網漁には石打漁のような危険がない。

 川岸から漁網を投げ込んで手綱を手繰り寄せるだけだから。


「見て見て風斗、私ってばもう投網マスターになったっすよ!」


「大したもんだ」


「でしょー!」


 燈花は数回目にして投網のコツを掴んでいた。

 投げられた漁網が綺麗に展開している。

 技量の向上に伴い漁獲量も増えていた。

 それでも石打漁には劣るが、安全性を考えたら投網漁に軍配が上がる。


「風斗、一ついっすかー?」


「ん?」


「私のこと投網で捕まえてみてっす!」


「はぁ!?」


 意味不明過ぎて大きな声になってしまう。


「魚の気持ちを体験してみたいんすよー!」


「理解できないが……陸でやるならいいぞ」


「それで大丈夫っす!」


 燈花は漁網を置き、砂利のひしめく川岸に寝転んだ。


「いつでもどうぞっす!」


 何をやってるんだかと思いつつ漁網を投げる俺。

 綺麗に展開した網が仰向けの燈花を襲った。


「これでいいのか?」


「最高っす!」


 燈花は「とぉ!」やら「おりゃ!」と言いながら手足をばたつかせる。

 ますます網が絡まっていき、いよいよ身動きが取れなくなってしまった。

 流石に動けないのは辛いようで「うげぇ」と嘆いている。


「魚の気持ちとやらはどうだ?」


「最悪っす……。風斗ぉ、助けてぇ」


「はいよ」と、絡まった網を解こうとする。

 だが、戸惑いが生じて体が固まった。


「早く助けてっす!」


「いやぁ……」


 視線が彼女の下半身へ向かう。

 スカートが捲り上がっていてパンツが丸見えだ。

 内股の太ももをもじもじしているのも素晴らしい。


(助けたらこの眼福とお別れになってしまう……!)


「風斗ー!」


 苛立つ燈花。

 残念だがこれ以上は引き延ばせそうにない。


「分かってるって! 怪我をしないよう丁寧に解くからじっとしてろ!」


 可能な限りゆっくり作業を進めた。


「いやぁ助かったっす! ありがとうっす、風斗!」


「こちらこそありがとう」


「何が『こちらこそ』っすか?」


「いや、気にするな」


「じゃあ気にしない!」


 燈花は立ち上がり、服やスカートの汚れを払い落とす。

 それから自身の漁網を拾った。


「風斗、風斗」


「今度はなんだ? 鳥の気持ちを体験したいのか?」


「なはは! それもいっすけど違うっすよー! 今度は真面目な話!」


「ほう」


「思ったんすけど、石打漁が危険なら今後は投網漁でよくないっすか? 【漁師】のレベルが上がって私にも魚群が分かるようになったし、二手に分かれてガンガン魚群を潰していけるっすよー!」


「二手に分かれたいなら今までもできたよ。グルチャか何かで魚群の座標を共有すればいいだけだ」


「ぐぁ! その手があった! 流石は風斗! なら明日からは二手に分かれてバシバシ投網で荒稼ぎっすね! ペットボトルトラップがなくても問題ないっす!」


「いや、それは望ましくない」


「二手に分かれるのはダメっすか」


「ダメじゃないよ。料理より漁のほうが儲かるし、料理担当の美咲を除く4人で漁に専念すればより稼げる」


「じゃあ何が望ましくないっすか?」


「川でがっつり稼ぐこと自体さ。ペットボトルトラップの二の舞になる」


「あ……! 栗原のことっすか!」


 栗原の名を呼び捨てにする燈花。

 先輩と付けるのに相応しい相手ではないということだ。


「そうだ。奴のギルドに俺達の漁を見せたくない」


 石打漁が無事だったのは知られていなかったからだ。

 栗原が知ったら絶対に真似してくる。


「これ以上、奴等にネタをパクらせるつもりはない」


「だったらどうするっすか?」


「別の金策を考えるしかないな」


「でも、それって無理じゃないっすか? どうせバレたらパクられるし。かといって、今の環境でバレても真似できない金策なんてあるっすか?」


「たしかに他所の連中が真似できなくて稼げる方法なんてものは――」


 そこで言葉が止まる。

 電流が走り、名案が舞い降りた。


「――あるぞ」


「えっ、ある!?」


「ある、一つだけだが」


「マジっすか!」


「稼げるかは不明だが、バレてもパクられない方法はある!」


 それはまさに天啓と言う他ない閃きだった。

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