053 昼前の団らん

「キィー! キュイー!」


 ルーシーの甲高い声で目が覚めた。


「おはよ、風斗」


 ベッドサイドに由香里が立っていた。

 俺を起こしたルーシーは布団の上に鎮座している。


「おふぁよ……」


 しぶとく残る眠気がアクビを誘発する。

 ふわぁと口を開けていると、布団から「チチチッ」と何かが登場。


 オコジョのコロクだ。

 俺が寝ている間に忍び込んでいた。


 コロクは凄まじい速度で俺の体を駆け回る。

 それから布団を出て、ルーシーの隣に伏せた。


「キュイー!」


 ルーシーは足でコロクを掴み、部屋の外へ飛んでいった。

 何も知らない者からすると捕食にしか見えない光景だ。

 実際はコロクが怪我をしないよう優しく掴んでいる。

 コロクのほうも自分ではできない飛行に喜んでいた。


「わざわざ起こしてくれたってことは……」


 サイドテーブルに置かれたスマホを取る。

 時刻を確認すると11時30分だった。

 朝ではなく昼前だ。


「やっぱり、いや、思った以上に寝ていたんだな」


「疲れていたんだと思う」


「それもあるが……いや、何でもない」


 たしかに疲労が一番の原因で間違いない。

 リヴァイアサン、脱出計画、合同作戦、ゼネラル討伐……。

 ここまで休みなく頑張り続けていた。

 平和ウィークの安心感から蓄積されていた疲労が爆発したのだろう。


 だが、その他にも理由はあった。

 昨夜、厳密には今日の午前2時~4時の間にあった美咲との一件だ。

 人生初のキスが不発に終わったせいで寝付けなかった。

 目を瞑ったまま1時間以上過ごし、それでもダメなので動画に頼った。


「この時間だと昼ご飯ができるんじゃないか」


「うん、もうすぐできると思う」


「すぐに準備するよ」


「部屋の外で待っている」


 俺は先日こしらえた洗面室で顔を洗った。

 それから歯を磨き、パジャマから洗濯済みの服に着替える。

 今日は制服だ。


「お待たせ」


「早かったね」


「髪の毛のセットとかしないからな」


「今のままでいいと思う」


 由香里と二人でダイニングに向かう。


「風斗、一ついい?」


「ん?」


「さっき風斗の部屋に入った時、なんか不思議な臭いがした」


「不思議な匂い?」


「適切な表現が浮かばない。独特な匂い」


 ギクッ。


「独特な匂いって、例えば……イカ臭かったとか?」


「そんな感じ。あれって何の臭い? たぶんゴミ箱から臭ったと思うけど、中にはティッシュしか入っていなかったから気になった」


「…………夢の香りだろう、たぶん」


「ロマンチストだね、風斗」


 俺は適当に笑って流し、「ところでさぁ」と話題を変えた。


 ◇


 ダイニングでは美咲と燈花が調理中だった。

 麻衣はソファにふんぞり返ってテレビを観ている。


「おはよーっす!」


「遅いぞ寝坊助ー!」


 燈花と麻衣が同時に言った。


「おはようございます、風斗君」


 ワンテンポ遅れて美咲が続く。

 彼女は何事もなかったかのように平然としている。


「お、おはよう」


 何食わぬ顔でいるつもりだったのに言葉が詰まってしまった。

 後で別の動画に頼るとしよう、などと考えながらダイニングテーブルへ。

 俺が席に着くと、麻衣はソファから立ち上がった。


「風斗、今日は何する予定?」


 向かいに座る麻衣。


「とりあえず――」


「ねね、いつも同じだと飽きるから別の作業でもしない?」


 麻衣が言葉を遮った。


「いいけど、何かあるか?」


「それは分かんない! でも別のことがしたいなぁ! 別に漁でもいいんだけどさ、別の漁法を試すとか、そういうのがしたいわけさね」


「わけさねって言われてもなぁ……」


 腕を組んで考える。


「よし」


「何か閃いた!?」


「いや、麻衣に考えてもらおう」


「またその役目かよー!」


「麻衣はウチの情報担当だからな」


「いつからそんな担当になったのさ」


「出会ってからずっとだぞ」


「えー」と言いつつ、「まぁいっか」と了承する麻衣。


「あとは普段通りでいいだろう。俺は漁をするよ。燈花か由香里のどちらかと」


「私が漁でもいっすかー? 料理は今しているんで次は漁がいいっす!」


 真っ先に手を挙げる燈花。


「じゃあ私は料理で。美咲さんに教わりたい」


「なら俺と燈花は漁、美咲と由香里は料理だな。美咲も問題ないか?」


 今度は詰まることなく言えた。

 美咲は振り向き、俺の目を見て微笑んだ。


「はい、大丈夫です」


 昼食後の作業分担が決まる。

 それから間もなく、美咲が料理の完成を告げた。


「皿、運ぶよ」と立ち上がる俺。


 麻衣が「えっ」と驚いた。


「風斗がお皿を運ぶとか珍しいじゃん! つか初めて?」


「風斗って何気に亭主関白ぽいところあるっすよねー!」


「洗い物とかも絶対にしないし! 家じゃ甘やかされているんだろうなぁ!」


「甘やかしたい」と由香里。


「好き放題に言ってくれるなぁ、おい」


 俺は料理を運びながら言った。


「我が家は役割分担を徹底しているんだ。この島でもトイレ掃除と風呂掃除は俺が一手に引き受けているだろ?」


「えー、知らないなぁ」


「知らないっすー」


「おい」


 麻衣と燈花がキャハハと笑う。

 俺は「やれやれ」とため息をついた。


 ◇


 昼食後、燈花と二人で川に来た。

 魚群を転々としながら石打漁を進めていく。


「魚群を狙う連中が増えてきているようだな」


「まじっすかー」


 〈地図〉を見ると一目瞭然だ。

 川にある魚群の数が昨日よりも少なかった。


 幸いにも俺達の使っている川は問題ない。

 栗原のギルドが使いそうな上流の魚群も手つかずだ。


「魚群は一日経てば復活するし、この島にはそこら中に川がある。わざわざ魚群を奪い合うような事態には陥らないだろう」


「なら安心っすね」


 話しながら作業すること約2時間。

 ペットボトルトラップの設置エリアに到着した。

 数百に及ぶボトルの列は壮観だ。


「あとはペットボトルでゆるっと稼ごう」


「了解っす!」


 手分けしてペットボトルの回収と再設置を行う。

 だが、ここで問題が発生した。


 獲物が全く掛かっていないのだ。

 大半のペットボトルが空になっている。

 もちろんポイントは発生していない。


「燈花、そっちはどうだ?」


「こっちもダメっす!」


 酷い有様だった。

 こんなことは初めてだ。


「石打漁は問題なかったのにどうしてっすかね?」


「さぁ……」


 とりあえずコクーンを起動。

 癖で〈履歴〉を開くと、一瞬で原因が判明した。


「分かったぞ!」


「おお! どうしてっすか?」


「横取りだ」


「えっ」


「俺達のペットボトルトラップでポイントを稼いだ馬鹿共がいる」


「馬鹿共って、もしかして……」


「そう、栗原たちだ」


 〈履歴〉には栗原ギルドの犯行が明瞭に示されている。

 俺の作ったペットボトルトラップで奴等がポイントを獲得していたのだ。


 昨夜、俺はグループチャットでペットボトルトラップのことを話した。

 金策に喘いでいる人が多かったので良かれと思って教えたのだ。


 それを見た栗原は思ったのだろう。

 チマチマ作るより奪うほうが手っ取り早いと。


「人の善意を踏みにじるなんて人間の沙汰とは思えないっす!」


「全くだ! 許せねぇよ!」


 温厚な性格だと自認している俺だが、流石に腹が立った。

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