055 インフルエンサーの苦悩
その日の夜は全力で調べた。
閃いたネタを実行するのに必要な情報を。
そして――次の日。
朝食後、俺達5人は海に来ていた。
手つかずの理想郷、それが海だ。
陸はペットに任せて、俺達は海で稼がせてもらう。
川を捨てて海で漁をするのが俺の作戦だ。
「船を持っているのは俺達だけだ。邪魔される心配はないだろう」
女性陣が「おー」と感嘆する。
しかし、すぐに麻衣が言った。
「所持しているのは私達だけでもレンタルできるっしょ?」
「たしかに借りることは可能だ」
船のレンタル費は販売価格の5%。
最安値のスループなら10万で借りられる。
自動操縦機能を搭載しても15万。
「じゃあ真似されるんじゃ? 簡単にペイできそうじゃん」
「たしかに真似をすることは可能だ。だが、実際は難しいだろうな」
「なんで?」
「他の連中には俺達が何をしているか知る術がない。陸地と違ってこっそり盗み見るのは不可能だからな」
「そっか! 作業内容を知るにも船が必要になるんだ!」
「万が一、相手が船をレンタルしてまで覗いてきたとしても問題ない。その時は何をしているか悟らせないよう作業を止めればいいだけだ」
「相手はレンタル費を払う必要があるけど、こっちの船は所有物だからタダだもんね」
「そうだ」
さらに栗原たちの拠点は海から遠い。
マウンテンバイクを使っても片道二時間近い距離だ。
往復で四時間も費やすなら川での作業を選ぶだろう。
「それじゃ海に出るとしようか」
スループを召喚する。
何もかも前回使用した時のままだった。
そこに50万で買った専用の漁具を搭載。
めちゃくちゃ長い漁網と専用の巻き上げ機だ。
巻き上げ機は船のど真ん中に設置した。
「これから俺達が行うのは底引き網漁だ」
「なにそれ?」
船に乗り込む麻衣。
「網を沈めて適当に走る。すると海底付近の獲物が網に掛かるって寸法だ」
「じゃあ私達の作業って網を沈めるだけ?」
「あとは巻き上げ機の操作だな」
「めっちゃ楽じゃん!」
「最高だろ? 上手くいけばの話だがな」
「でも楽すぎて退屈しそうだなぁ」
「暇を持て余したら投網なり釣りなりすればいいさ」
全員の乗船を確認したら船を動かす。
最寄りの魚群を突っ切るよう走らせた。
自動操縦機能が付いているので快適だ。
「そろそろ投下して大丈夫だろう」
全員で協力して漁網を沈めていく。
作業は楽でも、慣れるまで苦労しそうな気がした。
船の揺れや潮の香りが厳しい。
酔い止めを服用しているのに船酔いしそうだ。
「思ったんだけどさ、船を強化したほうがよくない? このままだと転覆してもおかしくないよ」
作業が済むと麻衣が言った
「一理ある」
人間だけでも窮屈なのに巻き上げ機を搭載している。
スループの積載制限を超えているのは明らかだった。
「よし、強化しておくか」
船を買って分かったことだが、購入後に強化することが可能だ。
拡張とも言う。
例えば最高速度や加速力、それに積載量を上げることもできる。
船の種類を変えることも可能だ。
億万長者ならこの船を現代の戦艦にアップグレードできる。
今回は積載量を強化した。
船の広さは据え置きでも効果は明白だ。
強化前に比べて船体が浮いている。
「これで転覆は免れただろう」
「ついでにアップグレードして広い船にしよう!」
「それは今回の結果次第だな」
アップグレード費用は決して安くない。
スループから他の船に変える場合、最低でも100万はかかる。
新たな船を買うより安いものの、躊躇せずに払える額ではなかった。
「みんな、作業の時間だぞ」
船を停める。
〈地図〉を確認すると魚群を突破していた。
巻き上げ機のボタンを押す。
眠っていた機械が唸りを上げて回り始めた。
舟底から網が回収されていく。
網にはたくさんの魚やカニ、貝が掛かっていた。
見たことのない種類ばかりだ。
川とは生態系が異なるようだが、毒々しい色合いは共通していた。
魚は船に揚がったタイミングでポイントになった。
単価は石打漁や投網漁よりも遙かに低い。
ただし数は圧倒的に多かった。
「稼ぎは魚群1つで約50万か」
漁獲が終わると現在地の魚群が消えた。
同じ場所を行ったり来たりして稼ぐのは無理みたいだ。
だが問題ない。
海には無数の魚群が存在している。
翌日には復活するから乱獲を気にする必要もない。
俺達は再び網を投げ入れ、新たな魚群を目指した。
こうして魚群を潰して回るのが底引き網漁の動きになりそうだ。
「約50万というのはどうなのでしょうか?」
「かなりいいよ」
魚群と魚群の距離は約1時間。
海と拠点の往来にかかる時間も考慮すると、潰せる数は日に4~5個。
他の魚群でも稼ぎは同じだろうから日に200万以上の収入が見込める。
また、今後は作業人数を減らせそうだ。
今回は全員で来たが、この程度の作業なら2~3人で事足りる。
漁と並行して別のポイント稼ぎもできるわけだ。
「底引き網漁に他の作業も加えたら毎日300万は稼げそうだ」
「300万!? 凄ッ! ヤバッ!」
声を弾ませる麻衣。
美咲と由香里も興奮している。
燈花は通販番組の外国人みたいに「ワオ!」と驚いた。
「想定以上だったな、底引き網漁」
「これだけ稼げるなら船のアップグレードもありえるっすね!」
「まぁな」
「船室や調理場のある船がいい!」と麻衣。
「船内キッチン……いいですね」
美咲がにこりと微笑んだ。
「ただ、アップグレードする際は注意が必要だ」
「なんで?」と由香里。
「大半の船がスループより遅いからだ。それに船体が大きくなれば小回りも利かなくなる。魚群間の移動に費やす時間が増えるわけだから、必然と底引き網漁の効率が下がってしまう」
女性陣は「あー」と納得した。
「とはいえ、アップグレードは前向きに検討していいだろう。いくらスループが機動性に優れているとはいえ、こうも狭いと窮屈でかなわないからな。スピードに不満があるなら強化すればいい」
話している間にも船は進み、新たな魚群に到達。
サクッと網を巻き上げてポイントをいただいた。
案の定、今度の収入も先程と同程度の約50万。
網を投げ入れずに別の魚群を目指す。
次の魚群では投網漁を試してみることにした。
「底引き網漁って現実でもこんなに楽なの?」
船の移動中に麻衣が尋ねてきた。
「今だって現実だぞ」
「そうじゃないってば! 分かっているくせに!」
俺は笑った。
彼女が言う現実とは日本のことだ。
「もちろん比べものにならないくらい大変だよ。普通の漁師は網に掛かった魚を生け簀へ移す必要があるし、作業時間だって長い。プロの漁師からすれば、俺達のやっていることはおままごとの範疇にすら入らないよ」
「やっぱりそうかー」
「どうかしたのか?」
「いやね、これだけ楽なら将来は漁師になるのも悪くないかなぁなんて思ったんだよね。ほら、漁師系YoTuberってやつ? 漁師自体儲かるイメージだし」
「流石に漁師を舐めすぎだろ、それは」と苦笑い。
「だよねー、あはは」
「YoTuberで思い出したけど、最近は撮影しなくなったな」
「私?」
「そうだよ。少し前は隙あらばスマホからカシャカシャ聞こえていたぞ」
初日の徘徊者戦で、麻衣は徘徊者と記念撮影を行っていた。
美咲が仲間に加わってすぐの頃もそうだ。
彼女の作った極上の料理にフラッシュの雨を浴びせていた。
だが、ここ数日はそういった振る舞いをしていない。
心なしかスマホを弄る頻度も減っているように感じた。
グループチャットに関しては俺のほうがよく見ている。
「だってもう――」
麻衣の表情が途端に曇った。
「――ネットに私の居場所はなくなっちゃったから」
皆が心配そうに麻衣を見る。
「居場所がなくなったって? インフルエンサーなんだから誰よりも気に掛けられているじゃないか」
「今はまだね。これからどんどん剥落していくよ」
麻衣は懐からスマホを出した。
慣れた手つきで検索エンジンに文字を打ち込む。
各SNSにおけるフォロワー数の推移をまとめたサイトが表示された。
「これは……」
「私のデータ、酷いでしょ?」
麻衣のフォロワー数は日に日に減っていた。
しかも減る速度が次第に激しくなっている。
最初は日に数人だったのが、今では100人前後。
今後はもっと減るだろう。
また、サイトには影響力という項目があった。
数値化されていて、麻衣によると高いほどいいらしい。
麻衣の影響力は右肩下がりで沈んでいた。
こちらも日を追うごとに下がる角度が増している。
「遠くない内に私はインフルエンサーじゃなくなる。その現実から目を逸らしたいんだよね」
「それで撮影しなくなったのか」
「うん」
麻衣の目には涙が浮かんでいた。
今まで密かに思い詰めていたのだろう。
全く気づかなかった。
正直、俺には麻衣の気持ちが今ひとつ理解できない。
インフルエンサーにどれほどの価値があるのか分からないからだ。
ただ、それが彼女にとって大事だということは分かる。
「ずっと辛かったんだな」
俺は麻衣を抱きしめ、背中をさする。
麻衣は頷き、俺の胸で静かに泣いた。
「ごめんな、カメラの話なんかしちゃって」
「いいよ、私こそごめん。泣くなんてダサいよね」
「まぁな」
「そこは『まぁな』じゃなくて『そんなことない』でしょ」
麻衣は顔を伏せたまま俺の胸を小突いた。
表情は見えないが、笑っていることは分かる。
だから俺は笑みを浮かべてもう一度言った。
「まぁな」
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